貴女を守る
「小春!」
佐助は一言断ることも忘れて、小春の部屋の障子を開け放つ。
「佐助さん! 大丈夫ですか!?」
小春の無事な姿を見た途端、強張っていた体から力が抜ける。
良かった……本当に良かった。ここまで生きた心地がしなかった。
「怪我はありませんか? 何者かが屋敷に侵入したりは?」
小春の肩を掴んで問いかける。焦りと動揺を隠す余裕は消えていた。
「だ、大丈夫です。何ともありません。隊員の方が一人『あやかしの襲撃があったから決して外に出ないように』と忠告しに来てくれました。だから私はずっとここで……」
「そうですか……」
平静を取り戻した佐助は、肩に置いた手を急いで離す。
「大変失礼しました」
「やめてください」
「無礼を働いて申し訳ない。どうか一発殴って——」
「そうじゃなくて。かしこまるのをやめてくださいって言っているんです」
小春は少し拗ねているようだった。
「私をどこかの国のお姫様みたいに扱うのはやめてください。なんだか佐助さんは、私のことを拒絶しているみたいです」
「そんなことは——」
ないとは言い切れない自分がいる。
今朝だって小春の顔を見たくなくて、食堂に逃げ込んだ。
彼女を見るのは、とても苦しいから。
こんなに醜く汚れている自分が、彼女のような純粋で尊い存在を騙している。
それだけでも許されないのに、そんな彼女と距離を埋めるなんて——。
「俺と貴女は住んでる世界が違いますから」
小春から顔を背けて、佐助はそう言った。
小春は黙り込んでしまう。
横目でチラリと小春を一瞥した佐助は、慌てふためく。
「ど、どうして泣くんですか」
「すみません。泣いたって佐助さんを困らせるだけなのに……」
小春は手の甲で涙を拭うと「悔しくて」と言う。
「確かに佐助さんのやっていることは、私なんかには想像も及ばないほど大変で大切なお仕事なんでしょう。見えている世界が違うことくらいはわかっています。でも……」
小春は涙を引っ込めて、真っ直ぐ佐助の目を見て言う。
「こんな私でも佐助さんの力になりたいんです。迷惑かもしれません。何もするなって思うかもしれませんけど……でも、私の存在があなたにとって少しでも良いものであるようにと願ってしまうんです」
「なぜそこまで……」
「だって佐助さんは私の命の恩人で、これからお世話になる同居人なんですから」
小春は、京士郎から救ってもらった時のことを片時も忘れたことはなかった。
あのまま死ぬんだと思っていた。自分の人生にとって、幸福とは過去の遺物でしかなかったのか——そう絶望していた時に、佐助と統一郎が助けに来てくれた。
「家族……というのは図々しいですけど一緒に住んでいる以上、他人ではいられません。だから住んでる世界が違うなんて、そんな悲しいこと言わないでください」
続いた言葉に、佐助は心の脆いところを撫でられたようになった。
「私とあなたは同じ人間です。違いなんてどこにもない」
一瞬目の前が開けたような感覚に襲われるが、すぐにそんなわけはないと思い直す。
自分と小春が同じ人間なわけがない。
その時、拠点の方で大きな歓声が上がった。
「佐助。襲撃犯たちを捕らえたぞ」
樹が佐助のそばに来て報告する。
彼は発足当時からの古株で、佐助が副長の立場を与えられる前からの付き合いである。だから他の隊員のいないところだと、名前で呼んでしまうことが多々ある。
「今、"あの部屋"に移動させたところだ」
「わかった。今行く」
佐助は立ち上がろうとしたが——。
「? あの……」
小春が佐助の袖を掴んでいた。
小春はハッとした顔になると、すぐに手を離す。
「すみません。いってらっしゃい、佐助さん」
小春が両手を膝の上でガッチリと組み合わせている。
それに力がこもっていることを察した樹は「座ってろ」と佐助に言った。
「お前は来なくていい。わざわざお前が来なくても、必要な仕事は俺がやっといてやる。佐助はお嬢さんのそばにいてやれ。——すまないな、お嬢さん。一人にさせちまって。怖かったよな」
樹は頭をかいて、気が回らなかった自分を恥じるような苦笑いをした。
「じゃあ、こっちは大丈夫だから。佐助。お嬢さんを安心させてやるんだぞ」
樹は片手を上げて、部下たちの元へ戻っていった。
「すみません、佐助さん。迷惑かけちゃいけないって思ったばかりなのに……」
小春の手は震えていた。
佐助はハッとする。
いきなり拠点の方が騒がしくなって、襲撃があったとだけ伝えられて。近くで戦っている気配を感じながら、家で一人きり祈っていたのだ。嵐が過ぎ去るのを。
どんなに怖かっただろう。
「迷惑なんかじゃない」
声を張る。彼女に自分の本心が余すことなく伝わるように。
「謝るのは俺の方だ。そばにいてあげられなくてすみません。貴女のことは俺が守らなければいけないのに」
今回は大事にはならなかったが、次はどうなるかわからない。小春の身が害されることもあるかもしれない。
「貴女に降りかかる危険はすべて俺が斬りますから。誰が相手だろうと貴女には傷一つつけさせません」
佐助がそう言うと、小春は安心したように「頼もしいですね」と笑った。




