限界オタクども
翌日、佐助は久しぶりに隊員たちが利用する魔性討伐軍専用の食堂で朝食を食べることにした。
小春の顔を見ながら食事することが、苦痛に思えたからだ。
統一郎は起きて早々に町奉行所に出かけていった。
一人で朝食を食べさせることに少し心が痛んだが、そもそも小春と親密になるべきではないのだと自分を納得させた。
「あれ、副長じゃないっすか! おはようございます! 珍しいっすね、食堂に来るなんて」
「七男。おはよう。そうだな……たまには気分転換にと思って」
「ここのおばちゃんが作る飯はうまいから、おすすめっすよ! あれ? その子は——」
七男が、佐助の足元に目をやる。
「何見てんだよ、やんのかコラ」
あんこが不躾な視線を向けてくる七男を睨む。
ちなみにポメラニアンの姿なので、一ミリたりとも怖くない。
現に七男も、キラキラした目になっている。
「その犬、副長が飼うことになったんすよね! 局長から聞きました!」
「犬じゃない。狸だバカ。間違えるな」
「うわ、喋った! すげえ〜!」
「そりゃ化け狸だからな。喋るだろ」
「俺、化け狸って初めて見るんすよ。すげー……本当に動物が喋ってる……」
あんこが手を使っておにぎりを食べた時の小春のような反応になっている。
「そのうちたくさん見ることになるかもしれないぞ」
そう言いながら七男の肩を組んできたのは、発足当時から在籍している強端樹。
隊員の中では最年長の40歳だ。まだ40歳ながら、その髪は一本残らず真っ白になっていた。彼はいつも落ち着いた雰囲気で飄々としている。
その顔には、額から鼻っ柱にかけて刀傷が斜めに入っていた。見るだけで痛々しいそれは殺人鬼につけられたものである。
「よう副長。令嬢だけじゃなくて、犬の面倒まで始めるの? 相変わらず面倒見がいいねえ〜」
「だから犬じゃないって」
あんこが頭を撫でようとしてくる樹から逃げる。佐助の背中に隠れる形になり「懐かれてんじゃん」と言われてしまう。
佐助とあんこが、まったく同じ渋い顔になった。
「あ、そうだ。さっき局長が来たんだよ。軽く飯食って出てった」
樹が言う。
自分の家の方の飯炊き婆さんに、わざわざ一人分用意させるのは忍びなかったのだろうと佐助は思った。ここならサッと出してくれる。
「ああ……だからこんな空気になっているのか」
佐助は食堂にいる隊員たちを見回して、肩をすくめる。
飯を食う手を止めて、虚空をボーッと眺めている者。
「もう一生手洗わない!」と右手に頬擦りしている者。
さっきから同じ場所を行ったり来たりして、ひたすらに「局長……」と呟いている者。
興奮気味に話している集団に近づいてみると、やはり話題は局長のことだった。
「局長におはようって言ってもらえたから、今日の俺は二倍仕事ができるんだ」
「俺なんか笑いかけられたぞ。今日の訓練は負けなし確定だな」
「いやいや、あれはどう考えても俺に笑いかけてただろ。お前じゃないし」
全員に平等に挨拶と笑顔を振りまいたんだと思うが……。
そう思っても、佐助はわざわざ突っ込まない。
隊員の挙動がちょっとおかしいくらいで一々取り乱していては、キリがないからだ。
「みんな局長が大好きですね〜」
「笑うだけで士気が何倍にもなるんだから、みんなチョロいよな」
七男と樹も、日常風景のように異様な隊員たちを生温かい目で見ている。
あんこだけが「何こいつら……怖……」という目になっている。
この魔性討伐軍という集団、半数以上の隊員が統一郎に心酔している。
魔性討伐軍の隊員は、全員が志願して入隊した者たちである。
入隊してきた理由は、以下の通り。
その一、殺人鬼に恨みを持っているから。
その二、統一郎に憧れて。
その三、三食飯つきの上に住み込みで働かせてもらえるから、生活のために。
その三、の理由で入隊してきた者は稀で、隊員のほとんどが一と二の理由で入隊してきた者たちだ。
ちなみに、一と二が混ざり合っている隊員も多数だ。
殺人鬼に家族や大切な人を殺されて、殺人鬼を憎んでいる者。
元々統一郎は、そんな人間に目をつけて声をかけていった。
共に力を合わせて殺人鬼を根絶やしにしよう、と。
圧倒的なカリスマ性と、傷ついた心をくすぐる巧みな言葉で、統一郎は最低限の隊員を集めて魔性討伐軍を発足した。
それから永爽家の企みを未然に防ぎ、市民からの信頼と知名度を上げていき、入隊希望者も増えた。
殺人鬼に恨みを抱いている人は想像以上に多かった。
統一郎の評判もメキメキと上がっていった。
圧倒的な強さと統率力を持ち、その上にあの天女のごとき美しさだ。
190センチという頑強な恵体の上に、女性のように麗しい顔面が乗っている。一見アンバランスに思えそうな組み合わせだが、そんなことは誰一人として感じなかった。
この人はこれで正解だ、完璧な生き物だと感じさせる美貌を、統一郎は持っていた。
類稀な美貌に加えて、圧倒的な戦闘力とカリスマ性に、話に聞く統一郎の影響で入隊した者も、殺人鬼への復讐心で入隊した者も、皆大なり小なり統一郎に好意を抱いた。
皆、この人についていけば間違いないという安心感を抱いていた。
特に永爽家襲撃に同行していた初期の隊員たちは、俺たちには局長がいるから大丈夫! という自信を持っている。
殺人鬼のいない国。
そんな途方もない夢をこの人なら実現してくれる。だったら俺たちはこの人の手となり足となろう。
魔性討伐軍とは、そのような考えの者が集っているのである。
ゆえに、統一郎に対する崇拝の気持ちが、強く出すぎてしまう隊員たちもいる。
右手に頬擦りしてうっとりしている隊員は、握手でもしてもらったのか。食べづらいことこの上ないだろうに、利き手じゃない左手で箸を操っている。掴んだ米粒がポロポロと落ちていくのも構わず、強引に食事を続行していた。
同じ場所を行ったり来たりして、ひたすらに「局長……」と呟いている隊員は、統一郎が通った後の空気を吸い込むのに忙しいのだろう。
あいつは数多くいる隊員たちの中でも、特に変態じみている。
この前なんか、局長が入った後の風呂場で全裸で佇んでいた。何をしているのかと尋ねたら、
「邪魔しないでください! 今同衾中なんですから!」
と言われてしまった。
「直前まで局長が全裸でここにいたんですよ! まだ良い香りが残っている……。ああ! 一糸纏わぬ局長から放たれた香りが僕を包んでる……。全身の毛穴から局長が入ってくる! これって実質同衾ですよね!」
と鼻息荒く身をくねらせていた。意味がわからない。
そんな愉快な仲間たち、仕事ぶりはすこぶる優秀だ。
腕が立つ者が多く、凶悪な殺人鬼に勇敢に立ち向かう姿は、江戸の民たちからも評判高い。
真面目に仕事している以上、挙動が変でも一向に構わない——統一郎はそんなスタンスだ。
「副長。今日は何か仕事入ってるんですか?」
七男の声に、佐助は遠い目をやめる。
「いや、急ぎの仕事は今は入っていない」
近いうちに忙しくなる予感はあるが……佐助は、妙な薬を売っているという謎の人物に思いを馳せる。
でも、今は殺人鬼の目撃情報も入っていないし、依頼ゼロの状態だ。
そんな時にやることといえば訓練だ。あとは——。
佐助は、まだ肌寒くはあるものの日が照っている外に視線をやる。
「見回りに行くぞ。お前はまだやったことなかったよな、七男。お前もついてこい」




