あんこ
***
あんこは、基本的にポメラニアンの姿で過ごすことに決めたらしい。
夕飯時になって座敷に転がり込んできた白い毛玉に、佐助は微妙な目を向ける。
「なんかこっちの方が落ち着くみたいです」
なるほどこの妙な小型犬の化け姿は、いわばこいつの一張羅みたいなものなんだろうが……。
佐助は小春のキラキラした目を見た後、あんこに視線を移した。
狸よりもこの姿の方が可愛がられそうだからじゃないのか?
確かに見た目だけなら類を見ないほどに愛らしい。
だが、口の悪さを知っている佐助からすれば、何ぶりっ子してんだテメー、という感想しか出てこない。
「この子、普通の狸じゃないんでしょう? 人間の言葉を話したりとかできないんでしょうか」
小春が尋ねたので、佐助は「できますよ。さっきも——」と返しかけたが、それを遮るようにあんこがうるさく鳴き出した。
小春に向けて、首をブンブン横に振っている。
「喋ったりはできないの?」
こくこく、と頷くあんこ。
「こっちの言葉はわかるけど、話したりはできないんだ」
「キューン……」
「そうなんだね。ちょっと残念だなあ」
何が「キューン……」だ! 明らかに高い声出しやがって!
さては口の悪さを隠すために、喋れないフリをしてるな!?
心の中でツッコみを入れまくる佐助。だが顔には微塵も出さない。
いつものちょっとムスッとした表情のままである。
「人間に化けることはできないんだし、あんこと話せることはないのかあ……」
夕飯の前に佐助とあんこは面談した。小春抜きで。
「お前の名前はなんという」
「あんこだよ」
「それは小春につけてもらった名前だろう。本当の名前はなんていうんだ」
「ないよそんなの」
「ない? はぐらかすつもりなら、これから捨てにいくぞ」
「待って待って本当なんだって。……名前、つけてもらってないんだよ。いつも『おい』とか『お前』とか言われてた。クソとかゴミって呼ばれた時もあったな」
自嘲気味に笑ったあんこを見て、佐助は自分の子ども時代を思い出す。統一郎に出会う前のこと——。
今となっては遠い昔のことだ。
「だから小春が初めてだ。名前で呼んでくれたの」
「お前はこれまでどうやって生きてきた」
「三ヶ月くらいまでは、家族と一緒に山に住んでたよ」
「家族とはどうなったんだ」
「絶交状態。二度と顔を見せるなって言われたよ。人間にも化けることができない出来損ないの狸は、一族にいらないって」
家族だけでなく、化け狸の一族から追放されたらしい。
「お前は本当にその白い犬にしか化けられないんだな?」
「そうだよ。嫌なこと言わせんなよ。ったく」
「お前は狸たちから見捨てられ、かといって人間たちの中に溶け込むこともできない存在というわけか」
「マジでなんなわけ? ウチをいじめてそんなに楽しい!?」
「……いや。なんでもない」
こいつは帰る場所がない。この家を出たら、また盗みで生きていくのだろう。それしかない。生きる術など。
「いいか。ちょっとでも妙なことしてみろ。狸鍋にしてやるからな」
「そんなおっそろしい言葉を出すな!」
狸鍋という言葉に、あんこはプルプルと震え出し、茶色いしっぽを出してしまった。
狸にとって、鍋にされて食われることは最も恐ろしくて残酷な最後と言っても過言ではない。
「やっぱお前嫌いだ! 嫌なやつ嫌なやつ嫌なやつ!」
シャーっと威嚇されて、佐助は肩をすくめた。
……と、まあ佐助とあんこの面談はこんな感じで幕を下ろした。
話を小春たちの夕食の場面に戻す。
「統一郎さんは動物とかお好きですか?」
「そうですね……猫は好きです。見ているだけで癒されます」
「私も猫大好きです! 実は実家の方で猫も何匹か飼っていて……なんとしっぽが途中で二股に分かれてる猫なんですよ! すごくないですか!?」
「すごいですね。そんな猫がいるんですか」
二人の会話が盛り上がっているのを、佐助は気配を薄くして眺める。
小春の実家で飼っていた猫というのは、ただの猫ではなくて猫又と呼ばれるあやかしだろう。
年老いて尾が二つに裂け、よく化けるという化け猫だ。妖力を持っていて、人に化けたり物を操ったりといったことができる。
「なんだ」
ずっと小春のそばにいたあんこが急に佐助の隣に来て、ウキウキと実家にいた猫の話を披露する小春を見つめる。
「ウチも猫に化けられるように特訓しようかな……」
ため息をつきながら、あんこはそんなことをこっそり呟いた。
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