ポメラニアン
***
「あっ、光ってます!」
すぐに反応を示す感知機に、これは想定よりも早く仕事が終わりそうだと思う佐助。
「こっちです。こっちからあやかしの気配がします……!」
光が強くなる方角に従って、早すぎるヒソヒソ声で怪しい歩き方をする七男。目立たないようにしているつもりなのだが、逆に注目を集めている。
曲がり角に差し掛かった時、一段と光が強くなる。すぐそばにいるのだ。あやかしが。足音が聞こえる。
「来るっす!」
七男が小声で言い、腰に差していた刀に手をかける。
「きゃっ! なになに!?」
「えっ、討伐軍の人? なんで抜刀の構えしてんの?」
曲がり角から顔を出したのは、二人の若い娘。
それと、二人の娘に両側から挟まれるように絡まれている男。
右側の娘の頭から角が生えているのを見て、感知機はこの娘に反応したのだと佐助は落胆する。
「あれっ、佐助じゃん」
「よりにもよってお前かよ……」
宿短子の顔を見た佐助は、ゲンナリする。
「なんだよ露骨に残念そうな顔して。失礼なやつだな」
「別に。今日も両手に花か。純粋な若い娘たちたぶらかしてご機嫌そうだな」
「うん。今ちょーご機嫌。佐助くんは今日も仕事しかすることないんだろうけどさ〜。俺は女の子と逢い引き。羨ましいだろ〜」
「三人で逢い引き?」
「好きな人は一人だけ、なんて考えは古いぜ佐助くん。三人で逢い引きするような時代も近々来るかもしれないぞ」
「そんな時代来てたまるか」
「俺は全ての女の子に幸せになってほしいだけなの〜。頭の固いお前にはわかんないだろうけど」
「性欲で脳みそまで溶けてるお前の考えなんか、理解したくもない」
「あ、あのっ!」
ずっと蚊帳の外だった七男が、鯉口から手を離して問う。
「その人、副長の友人なんすか?」
「友人ではない」
「ええっ!? 仲良さそうですけど……」
「「それはない」」
佐助と短子がハモる。
「ただの顔見知りだ。あとこいつは人じゃない。あやかしだ」
「君は新人くんかな? どうも。俺、宿家短子って言います〜。怪しい者じゃないから、刀は抜かずに肩の力は抜いてねー」
「宿短子って——あの宿先生っすか!?」
「お、知ってんだね」
短子は名の知れた絵師である。彼の描く躍動感溢れる絵は大衆から絶大な人気を得ていて、巷では美形天才絵師ともてはやされている。
「あの宿先生に会えるなんて感激っす! お願いします! 握手してください!」
「いいよ〜。なんだよお前、めっちゃいいやつじゃん! 佐助にいびられたら俺に言いなよ。助けてやるから」
「いい加減なこと言うな」
「あうちっ!」
脳天にチョップを喰らった短子が「みさちゃーん。こいつが殴った〜」と猫撫で声で角が生えていない方の娘の肩にしなだれかかる。
「私の名前、はるなんだけど」
「あ、ヤベ」
「みさって誰よ!」
バチン、と綺麗な音が響く。
「名前呼び間違えたくらいでそんな怒んなくてもいいじゃんね」
短子が去っていった娘の背中を未練がましく眺めながら、紅葉が刻まれた頬を撫でさする。
もう一人の鬼娘の方も踵を返して歩き出す。今の一幕でさすがに愛想を尽かしたようだ。
「あっ、帰んないで! ちょっと待ってよ〜!」
短子は鬼娘を追いかけるが、娘はもう振り向きもしない。二人の背中が遠ざかっていくにつれて、感知機の光は弱くなっていった。
「宿先生、噂通りの男前でしたね……!」
両手を合わせて感激している七男。
あいつ顔だけはいいからな、と佐助もそこは否定しない。
短子は、キリッとした眉毛に大きな目。小さすぎず大きすぎずの高い鼻がついていて、顔立ちはなかなか整っている。
癖っ毛と口元には染み付いているような軽薄な笑みが、短子の性格をよく表している。
現代でいうところの天然パーマ。佐助はそれを見て「こいつは毛先まで遊びたがりなんだな」と思っていた。
佐助は気を取り直すため、咳払いを一つする。
「変な奴と遭遇したが、気持ちを切り替えて捜索を再開するぞ。さっきのように無関係のあやかしに引っかかることもあるから、抜刀するのは相手の様子を見てからにしろよ」
「あっ、はい! すいませんっした!」
町内にいるあやかしは数こそ多くはないものの、違和感なく日常に溶け込んでいる。今回のように無関係のあやかしにぶつかることもある。
便利な道具だが万能ではないな。
佐助は感知機を見下ろして、ため息をついた。
「ん? また反応してるっす」
感知機が光り出したので、佐助は周囲を見回す。
七男は七男で、感知機を東西南北に突き出しまくって、あやかしのいる方向を絞り込もうとしている。
その時、七男が手を滑らせて感知機を落としてしまった。
「うわっ! すんません!」
行き交う人の群れに踏みつぶされる前にと、慌てて拾い上げようとした七男だったが——。
「え——」
「どうしたんだ」
「なんか……めっちゃ光ってるっす……」
感知機の反応は、先ほど短子と接触した時と同じくらい強いものになっている。
「落とした途端光が強くなったということは——」
佐助はしゃがみ込んで、改めて視線を彷徨わせる。今度は地面近くに着目して。
落とした視線の先に、留まる者があった。
「あっ、ちょっと副長!?」
佐助が人波の中に飛び込んだので、七男も後ろに続く。
「どうしたんですか……ってなんすかその犬? それとも猫ですか? わかんないすけど、なんかめちゃくちゃ可愛い!」
佐助は、白くて小さな毛玉を抱き抱えていた。
見たことのない犬種だ。しかし類稀な愛らしさを備えていた。自然と七男の頬が緩む。
暴れる毛玉を抑えながら、佐助は七男が手にしている感知機にその犬を近づける。
すると、感知機が今日一番の輝きを放った。
光に目が眩んだ毛玉から、真っ白な毛並みにふさわしくない茶色のしっぽが生えてくる。
「狸だ!」
七男が叫ぶのとほぼ同時に、白い毛玉が佐助の手から逃れる。
「あっ!」
「追うぞ」
しっぽを出したままの白毛玉は、小さい体に似合わない俊敏さで人の足と足の間を器用に駆け抜けていく。
七男と佐助は通行人たちに謝りながら、化け狸を追った。
ちなみにこの化け狸、この時代の日本には存在しなかった犬種の小型犬に化けていた。
小さな頭に丸い大きな目、これまた小さな手足に、背中に向けて巻いてあるしっぽ、ふわふわの被毛。全体的に丸いシルエットで、多くの人間の庇護欲を刺激するかわゆい見た目——。
ポメラニアンである。
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