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【完結保証】のけものの幸せな結婚  作者: 絶対完結させるマン


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佐助と小春の出会い

 ***


 佐助が小春と出会ったのは、佐助が6歳の頃だった。


 赤い髪の毛が原因で、近所の子どもから目をつけられていた佐助は、必死に逃げていじめっ子をまいたはいいものの、どうやって帰ればいいのかわからなくなってしまった。


 途方に暮れて道端に座り込んでいたところ、小春に声をかけられた。


 「お腹痛いの? 大丈夫?」


 佐助は正直に、道に迷って帰れなくなったのだと説明した。


 幼い佐助は、自分よりも小さい女の子の前で泣かないように、顔面に目いっぱい力を入れて耐えていた。


 もう家には帰れないのかもしれない。


 佐助の脳裏に、汚くて狭い長屋の一室が浮かんだ。そこでいつも長い黒髪を荒れ放題にして俯いている母の姿も。


 父親はどうでもいいけど母親に会えないことは嫌だ。自分がいなかったら、母に振るわれる暴力はもっと苛烈になるかもしれない。


 絶対に帰らなければと思うのにそれを叶える方法がわからないのが、歯痒くて我慢ならなかった。


 「大丈夫だよ! 帰れるよ!」


 会ったばかりの女の子が謎に自信満々で言い切るので、佐助は少しばかり反感を覚えた。


 「無理だよ。簡単に言うなよ」

 「ちょっと待ってね」


 すると女の子は、道の端っこで昼寝していた野良犬のところへ駆けていった。


 小春が犬を揺すって起こそうとしたので、佐助は慌ててすっ飛んでいき、小春を守るように犬の前に立った。


 野良犬はえてして気性が荒いものだ。何もしなければ関心を向けてこないものの、ちょっかいをかけられたり邪魔をされると、敵意をむき出しにして獰猛に襲いかかってくる。


 佐助は後ろに隠した小春に逃げるように言ったが、小春はニコニコと得意げに笑うばかりで動こうとしない。


 そうこうしているうちに犬が起きてしまった。


 今に牙を出して飛びかかってくる。


 佐助はそう思って身構えたが、犬は大きなあくびを一つすると、ゆっくりと体を起こした。


 まるで長年連れ添ってきた飼い主に起こされた老犬のような落ち着きぶりだった。


 「こっち来て」


 小春が佐助の背後から顔を出すと、犬は小春に歩み寄る。


 小春に頭を撫でられて、気持ちよさそうに目を閉じている犬を見て、佐助は呆気に取られていた。


 「この子、帰り道がわからなくなっちゃったんだって。だから教えてくれない?」


 小春が犬に話しかけると、犬は佐助に鼻を近づけて、すんすんと匂いを嗅いだ。


 それから少しの間視線を蠢かすと、犬は歩き出した。


 「ついてこい」というように、数歩歩いた先で二人を振り返って見る。


 ただの犬ではない。人の言葉を解する魔犬だった。


 「道に迷ったら、動物に聞くと教えてもらえることあるんだよ」


 小春が教えた豆知識は、彼女にしか役に立たないことだった。佐助にあやかしを操る力はない。


 当時の小春は、力の弱い魔犬や魔鳥などであれば従わせることができた。退魔の一族に生まれた者として当然の素養だった。


 魔犬は佐助の匂いを辿ってずんずん進んでいく。その後を佐助の手を握った小春がついていく。


 この女の子は妖術使いなのかと、佐助は前を行く小春の小さな背中をまじまじと見つめた。


 母親以外の誰かに手を握られたことなんて初めてだった。


 握られた手のあたたかさが佐助の不安を溶かしていく。グイグイと小春に引っ張られて進んでいくと、悲しみや心細さなどの負の感情も遥か後ろに飛び退っていくようで、佐助はこれまでに感じたことのない清々しい気分になっていった。


 やがて見覚えのある場所に到着し、佐助は安堵のため息をつく。


 「帰れてよかったね!」


 小春が自分のことのように喜んでくれるので、人の優しさに慣れていない佐助の胸に熱いものが込み上げてきた。


 「お前はどうやって帰るんだよ」

 「犬さんに教えてもらうから大丈夫!」

 「明日も犬に教えてもらって、こっちに来ることってできるか?」

 「できるよー! この犬さん、いつもあの辺にいるから」

 「じゃあ明日もここに来て」


 佐助は小春が気になっていた。もっと話したいと思っていた。


 小春の持つ不思議な力が気になるのもあるが、小春自身に会いたいという気持ちも強かった。


 小春は、佐助がこれまで関わってきた人たちとはまったく違っていた。雰囲気がふわふわしていて、攻撃性なんて欠片もなくて、一緒にいるとあたたかい気持ちになってくる。


 「いいよ!」


 自分なんかとまた会ってもいいと言うばかりか、そんなに無邪気に笑ってくれるなんて。


 小春は特別な人間なのだと思った。そんな特別な人間に巡り会えたのだから、道に迷ったことに感謝しなければならない。


 翌日も、その翌日も、小春は犬を伴って待ち合わせ場所にやって来た。


 普段は手のつけられない犬も、小春の前だと借りてきた猫のように大人しかった。小春の歩く速度に合わせて歩く犬を、佐助は驚愕の眼差しで見た。


 会ったところで佐助は遊び方を知らない。口数も少なくあまり自分のことを話す性格じゃないので、自然と小春ばかりが話すようになった。


 小春は家族の話をよくした。彼女が家族全員を愛していることがよくわかった。


 使用人が大勢いることから、小春が良いところのお嬢さんらしいと知った佐助は、家の者が探しているのではないかと慌てた。


 小春には侍女がついているのだが「大丈夫!」と小春は胸を叩いた。


 「狸の友達に化けてもらってるから!」

 「狸の友達?」

 「うん。その子はね、化けるのすごい上手いんだよ。本物の私と全然変わらないの! お母さんたちはともかく、たまきちゃんなら大丈夫。絶対バレっこない」


 たまきというのは、小春の侍女の名前らしい。


 小春が持つ不思議な力を、小春の家族たちも持っているようだった。


 当時の佐助は知らなかったが、皆小春よりもよほど強い力を持ち、自在に使いこなせるようになっていた。


 侍女には人間に化けているあやかしを見破る力などないので、本物の小春と狸が化けた小春を見分けられない。


 「いつも友達に化けてもらってこっそり一人で町に出るの」


 佐助は危ないな、と思ったけれど、余計なことを言うともう会えなくなるかもしれないので黙っていた。


 いざという時は犬がついているから大丈夫かと、佐助は自分に言い聞かせた。


 一度、佐助の家を見てみたいと小春が言ってきたことがあったが、佐助は強く断った。


 この子をあんな場所に連れて行けないと思ったし、自分の家の惨めな有り様を見られたくなかった。


 自分がどこでどんな生活をしているか。どんな人間か知られてしまったら、この子も俺を見る目を変えるはずだ。


 自分のことを気味悪がらない、嫌そうな顔もしない、いじめない。そんな奇跡のような人間を失いたくなかった。


 6歳の佐助には、小春が唯一安心して話せる相手だった。


 自分の存在がどれほど相手の支えになっているか知りもしない小春は、陽気に笑い、楽しげに喋る。


 それから佐助が一家総出で夜逃げするまで、佐助と小春の交流は一週間続いた。


 夜逃げは予告も何もなしに行われた。家に帰ると唐突に「逃げるぞ」と父が言って、小春にさよならを言う暇もなかった。


 小春には変わった友達がたくさんいるようだったし、一週間遊んだだけの自分のことなんてすぐに忘れるだろう、と佐助は思った。


 この赤い髪を見せていたら、少しは印象に残ったかもしれないが。


 小春と初めて会った時、それ以後に会う時も、佐助は必ず笠を被っていた。笠の中に髪を押し込んで、決して赤毛を小春の前にさらさないようにした。


 佐助はそれを隠すべきものだと思っていた。父と同じ色の髪——その髪を褒めてもらったことなど一度もなく、いつも大人には気味悪がられ、悪ガキにはからかいの種にされていたから。


 でも——。


 ——何か懐かしいような感じがしたんです。


 小春は覚えていた。たかが一週間一緒に遊んだだけのガキのことを。


 彼女の記憶の片隅に、自分の居場所があった。

 それだけのことがこんなに嬉しい。


 佐助は、小春と過ごした時間を一度も忘れなかった。


 あの日彼女に手を握られた時の温かい感触と、不安がグングン後ろに追いやられていくような爽快感は、多分一生忘れることはない。


 小春にとってはたわいない時間でも、佐助にとっては人生の中で唯一清らかなだけの思い出だった。


 汚れや歪みの一切ない、貴重な思い出だった。


 もう二度と会えないだろうけど、彼女が無邪気に笑っていられる生活はこれからも一生続いていくのだと思っていたのに——。


 まさかもう一度彼女と会うとは。


 しかし、その再会は佐助に歓喜ではなく大いなる苦悩をもたらした。


 彼女が永爽家の人間だったなんて。


 佐助は目を閉じて、五年前の壮絶な死闘を思い出す。


 統一郎が佐助も含めた隊員たちと共に永爽家に攻め入った日、永爽家は地獄に変わった。

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