砕かれた信頼・第一部
みなさん、こんにちは!今回の章では、激しい戦いの後、レンが新しい場所で目覚めるところから始まります。仲間たちとの朝食の時間を通して、新しい出会いや会話が進み、それぞれの思いが少しずつ見えてきます。
一方、寮ではアヤカとタツヤがレンのことを心配しながら日々の訓練に励んでいます。普段通りのように見える日常ですが、やがて予期せぬ出来事が起こり、彼らは思わぬ展開に直面することになります。
新たな人間関係の絆や葛藤が深まり、これまでとは違う一面が徐々に明らかになっていく一章です!
灰色の朝焼けが汚れた窓ガラスから差し込む。先日の混沌とした激戦とは一線を画す、静かすぎる光景だった。俺は目を瞑ってまた開けた。ヨムレイとの激突、手探りの逃亡、不安定な同盟関係……そして今、この場所で。汚れたソファーの上に無造作に横たわり、埃と金属のような匂いが鼻を刺す。眠りから覚めさせてくれたのはコウキの料理の音だった。ありふれた日常の音が、あまりに非日常的な出来事の後だからか、不思議な違和感を覚えた。
体を起こそうとすると筋肉が抗い、痛みが走る。このソファーでの睡眠は全く休息にはならなかった。廊下に覗き込むと、ユウトの背中がトイレに消えていくのが見えた。普段は整えられた髪がぼさぼさに乱れ、眠れなかった夜の証拠だ。年齢以上に疲れを抱え、重荷を背負ったような佇まいだった。
「あいつがリーダーなんだろうな……」頭の中で考えが巡る。状況全体に疑問符がついているような気がした。「まだ本当に顔もよく見てないしな」昨夜の蝋燭の炎では、かすかな印象しか残っていなかった。
服を整え、なるべく格好良く見せようと努めるが、どうしようもない疲労感は隠し切れない。キッチンに向かう足取りは重く、ここ数日の出来事が心にのしかかる。破壊された街並み、俺が解き放った力、揺れ動く人間関係……あまりに多すぎて、すぐには整理しきれない。
コウキが小さな鍋で何かをフリップしている。醤油とニンニク、それに何か甘い香りが混ざり合い、意外と美味しそうな匂いだ。俺が入ると、彼は顔を上げて温かい表情で挨拶する。
「起きたかレン?朝食の後、アカデミーまで送ってやるぞ」
あたかも誘拐したりモンスターの群れと戦ったりするのが日常茶飯事であるかのような、軽い口調だ。
「いつ出発するんだ?」
俺も彼に合わせてノリノリの態度で聞くが、心底は不安でいっぱいだ。アカデミーに戻ることは、もはや合わない生活に戻るような気がした。
「ユウトが9時だって言ってた。後で任務があるから、早めに出ないとな」
コウキは鍋に集中しながら答え、料理を器に盛り付ける。色鮮やかな炒め物は、ここ数週間で食べたどんな料理よりも美味しそうに見えた。
トイレから出てきたユウトは、先程の乱れ姿とは打って変わって整然としていた。髪も綺麗に整えられ、制服も汚れ一つない。まさに信頼できるリーダーの格好で、先ほど見た不精な姿とは対照的だ。
「あっ!きちんと自己紹介してなかったな。風凪レンくんだろう?俺は緋波ユウトだ。このチームのリーダーで、チーム名は『林花山』だ。よろしく!」
手を差し出す彼の笑顔は誠実に見えた。握りが力強く、目つきも真っ直ぐだ。落ち着いた外見の裏に、何か暗いものが潜んでいるような、切ない強さを感じさせる。
「こちらこそ、よろしく」
俺も無理やり笑顔を作って応じる。どうしてもぎこちなく、演技みたいな気がした。信頼なんて簡単には生まれない。今更なおさらだ。
テーブルに座ると、ユウトは目を細めて尋ねる。「アヤはまだ寝てるのかな?」声には微笑ましさが滲んでいる。
「まあ、あいつだからな。当たり前だよ」
コウキは笑いながら料理をテーブルに置き、配膳をする。香りが狭い部屋に充満し、空気に漂う緊張感を一時的に紛らわせてくれた。
ユウトは柔らかく笑い、本当に周りの者を気遣うタイプなのだと感じさせた。「風凪くん、昨夜はあいにく会えなくてすまなかった。君がヨムレイと戦って壊れた家や建物の復旧を見ていたんだ」
言葉は誠実で、心からの後悔が伝わってくる。事実上誘拐された俺に対してそんな言葉をかけるのは不思議だが、その気持ちの真実味は否定できなかった。
考えてみれば、彼は単なるヨム・エグゼキューショナーではない。人々のことを責任を持って考えるリーダーなのだ。外見や態度、生き方から見て、敵などいないはずだ。少なくとも最初はそう思っていたが、昨夜の出来事がすべてに疑いの影を落としていた。
アヤはまだ熟睡しているので、三人だけで食事を始めた。「いただきます」三人がほぼ同時に言葉を発し、不思議な仲間意識がテーブルの上に漂った。
やがてアヤが部屋から出てきた。目をこすりながら眠そうだ。「もう起きてるの?食事も始めちゃったの?待っててよ!」大きなあくびをしながら文句を言う。
「やっぱり朝型じゃないな、いつも通りだな」コウキは愛想ある表情でからかう。
「どうでもいいわ……」アヤは文句を言いながら椅子に座り、目をキラキラさせて言った。「そうだ、昨夜皇女さんと電話番号交換したわ。あなたたちが連絡したいときは私に聞いて」
「アヤカが?」意外だ。彼女がそんな行動を取るとは思わなかった。
「うん。ユウトがまだ帰ってないって言ったら、後で電話するよりメールした方がいいから、交換することにしたの」アヤは顔を洗いにトイレへ向かった。
この当たり前のようなやり取りが……どこか違和感を抱かせた。まるで何もなかったかのように平然としているが、俺は誘拐され、信頼関係は崩れ、何か根本的なものが変わってしまったのだ。
――昨夜――
アヤカは寮の部屋で落ち着きなく歩き回っていた。心配が重くのしかかり、一睡もできなかった。レンは他人の手に渡っているのに、自分には何もできない。無力さに苛立ちが募る。
「レンを戻していただくのは、どのくらいですか?」電話越しにアヤに問いかける。声を安定させようと努める。
「ええと……リーダーがまだ帰ってないの。いつも何をするかはリーダーが計画してるの」アヤの口調は軽く、まるで無関心なように聞こえた。
リーダーが全て計画するなんて……子供みたいじゃない?アヤカは心の中で呆れを感じ、焦りが募る。情報が欲しいのに、アヤは協力的ではない。
「それで……皇女さん、携帯持ってる?」アヤが沈黙を破って尋ねた。
「はい……電話番号が必要ですか?」アヤカには一筋の希望が見えた。
「うん!後で電話するよりメールした方がいいから」アヤは意欲的な声で答える。
「いいですよ」アヤカは近くのメモ帳に番号を書き留める。どんなに些細な繋がりでも、頼りになるような気がした。
それからアヤカは自分の番号を教え、アヤも彼女の番号を伝えた。小さな行為だったが、まるで救命ボートのように感じられた。
「……はい、できました」アヤカは声を潜めて言う。
「ありがとう」アヤの言葉には、言い尽くせない重みが込められていた。
――現在――
トイレから戻ったアヤは、すぐに話題を変えた。「レン、皇女家の末っ子と住んでるんだって?何か特別な想いがあるの?」いたずらっぽく目を輝かせてからかう。
俺は炒め物を口に含んだまま咳き込み、顔を真っ赤にしてしまった。唐突な質問に全く手も足も出ない。息苦しくて苦し紛れに「あ、風凪くん!大丈夫か?」とユウトが心配そうに尋ねる。
「アヤはいつも人をからかうのが好きなのに、自分がからかわれるのは大嫌いだからさ」コウキはアヤの仕草に目を細めて説明する。
水を大きく一口飲んで落ち着こうとする。「ごめんねレン……少し興奮しちゃったわ」アヤは謝るような口調だが、顔には悪戯っぽい笑みが残っていた。
「いいよアヤ。アヤカもタツヤも、俺にとって大事な友達だ。これからも三人でいつも助け合い、仲良くいられるといいな」
心からそう思って言った。日常に戻りたいと願うような言葉だが、それが叶うとは思えなかった。
「君は本当にいい人だね」ユウトは真心からの笑顔で言い、つぶやくように付け加えた。「俺たちが出会ったのが君であれば、あのクズヨム・エグゼキューショナーなんかよりマシだったのに」
声は小さく、ほとんど聞こえないくらいだった。何を言っているのだろう?
「何て言ったんだ?」俺は頭を傾け、彼の目を見つめようとした。
「ああ、別に。急いでいこう。風凪くんをアカデミーに送った後、俺たちにも任務があるんだ」ユウトは慌てて別の話題に変え、笑顔を作ったがどこか強張っているように見えた。何かを隠しているのは明らかだ。平然とした態度が少しずつ崩れ、不安がにじみ出していた。俺は彼にも悩みがあるのだろうと思い、深く考えることはなかったが、その言葉だけが心に残り、調和の取れているはずの空気に不協和音を投げ込んだ。
――月蝕チーム寮――
タツヤはソファーに硬く座り、テレビの光が感情のない瞳に反射していた。冷蔵庫から取り出したクラッカーを手に取っているが、一口も食べていない。感覚は最高の警戒態勢で、無表情な外見の下には常に不安が渦巻いていた。
朝8時56分だ。タツヤは冷蔵庫から菓子を取り出しソファーに座り、リモコンを手に取ってテレビをつけた。アヤカは皿洗いを終え、乾いた布で手を拭いている。
「朝からお菓子?太るぞタツヤ。アカデミー第三の強さを誇るヨム・エグゼキューショナーの座を失うぞ」彼女は緊張した空気に日常の風を送るよう、からかうような口調で言う。
「後で剣の稽古をする。今はただリラックスしてるだけだ」
いつも通りの無表情な態度だが、アヤカはその下に流れる不安を感じ取れた。
「用があったら呼んで。この機会に鍛錬しようと思う。外は暑いから氷が溶けちゃうかもしれないし、高温でも溶けない氷を作れるように練習するの」
心配を紛らわせるように、アヤカは言った。
「頑張れ」タツヤはテレビから目を離さないまま答えるが、いつものような一蹴するような口調ではなかった。
アヤカは部屋に戻り、制服に着替えて剣を手に取る。準備をしていると携帯に通知音が鳴った。
「もう向かってるよ皇女さん!レンに会えて嬉しいでしょう✨」アヤからのメッセージだった。
あまりに明るすぎる文面に、アヤカは背筋に寒気を感じた。どこか違和感が拭えない。
「友達同士だと言ったでしょ?でもレンを守ってくれてありがとう」普段通りの態度を装って返信する。
アヤからは笑顔の絵文字とハートマークが返ってきた。あまりに浮ついた反応が、まるで安心させるための嘘のように感じられた。
準備が終わるとアヤカは部屋を出る。「タツヤ、シオンアリさんたちがレンを送りに来てるって。笑顔で迎えなさいね」本音とは裏腹に、明るい口調で言う。タツヤのためにも落ち着いた態度を保たなければならない。
「どうしてだ……この不安な気持ち。何かがおかしいような気がする」タツヤはつぶやきながら、気晴らしにテレビのチャンネルをニュースに変えた。
「……強力なヨムレイの追跡調査が進行中――」報道は突然途切れ、画面が切り替わった。まるで誰かが意図的に情報を消したかのようだ。
――車内――
車輪が轢き、エンジン音が轟く。車内には俺とユウトが後部座席、運転席にコウキ、助手席にアヤが座っていた。窓の外の景色はブレながら流れ、俺の混乱した心のようだった。
「アヤが言った通り、隠してる力のことは無理やり聞くつもりはない――ただ、一つだけ聞いていいか?」ユウトが俺の方を向き、真剣な表情で尋ねる。読み取れない空気が漂う。
胸の鼓動が早くなる。あいつは何を企んでいるのか?
「ああ……聞けよ」用心しながら応じる。まだ完全に信頼できるわけではないが、彼らの人柄からすれば害はないのかもしれない。だが同時に、体内に潜む闇を明かしたくない気持ちも強かった。
「お前は世界に拒絶されたと感じたことがあるか?」
重たい問いかけが頭の中に響き渡り、心の傷口を抉るようだ。俺自身も何度も考えたことがある、夢の中でも悩まされる問いだ。答えようがない。「ええと……どういう意味ですか?」知らないふりをして、彼の鋭い視線を逸らそうとした。
ユウトは悲しげな、何かを知っているような笑顔を浮かべた。その空気を和らげるように言った。「悪いな風凪くん。まだ若すぎて答えられないかもしれないな。じゃあ変えよう:初めて力を使ったのはいつだ?」
答えを躊躇う。どこまで話せばいいのか?どこまで信じていいのか?信頼度は半々だ。まだ完全に心を許せる状態ではない。だから俺は一部の真実に嘘を混ぜ、自分を守るための話を組み立てた。「俺の話はつまらないよ。四年間前だ。ヨムレイに襲われて死にかけた時に初めて使ったんだ。コントロールもできず、力加減も分からなくて……一瞬でヨムレイを倒しちゃった。でもあれはただの下位ヨムレイだった」ユウトに向かって無理やり笑顔を作る。「ほら、つまらないだろ?」
「つまらないとは思わないよ。面白い。どうやって手に入れたかは聞かない――今でも自分でも分かってないかもしれないが――お前の力は全てを変えられる」ユウトの目には読み取れない輝きが宿っていた。
案の定、彼はいくらでもいいことを言う。優しい人間なのだろう。その時突然、コウキは本道から外れ、細い土道へと車を曲げた。
「あれっ?アカデミーへ行く道じゃないんじゃ……?」戸惑いと不安が募り、声が震えそうになった。間違った方向に進んでいる。
「昨日の戦いで壊れた家や建物を復旧してるから、先は工事だ。あっちから行くと時間がかかる」ユウトは落ち着いて説明するが、俺には嘘にしか聞こえなかった。
だが今のところ信じるしかない。この土地は知らないし、文句を言い続けるわけにもいかない。だが疑心暗鬼が募り、胃の奥が締め付けられる。何かが明らかにおかしい。
――アカデミー地下、皇女家の訓練場――
アヤカは氷の技を修練していた。氷が溶けないよう温度管理された冷たい空気が満ちている。彼女は限界まで力を込め、どんなに高温でも溶けない氷を作ろうとしていた。皇女家は氷の神縁を使う最強のヨム・エグゼキューショナーを輩出する家系だ。だがここは本格的な訓練場ではないため、力を全開にすることはできず、控えめに練習していた。
寮の裏庭は草むらの広場で、神縁訓練用の設備は何もない。アヤカは剣を地面に突き刺す。氷が広がり、五メートル先まで到達して尖った形状を作り上げる。しかしすぐに溶け始め、地面に水たまりができてしまう。「本当に疲れるわ」額の汗を拭い、悔しさがにじむ声で言う。
タツヤが近づいてきた。「皇女……」無感情な口調だが、アヤカはその下の心配を感じ取れた。
「タツヤ……やっと稽古するの?あと、初めて名字で呼ばれたわ。でも名前で呼んで欲しいな」気を紛らわせようとからかうが、なかなか通じないようだ。
「それはいい。戦いの前に体を慣らしておきたいだけだ」タツヤの視線は遠く、明らかに別のことを考えていた。
「どの戦いのこと?」アヤカは胸が高鳴る。どこかで何かが起ころうとしているのは感じていた。
「いつ起こるか分からない、どんな戦いに備えるためだ。結局、何が起こるか分からないだろ?」謎めいた言葉で答え、アヤカの背筋に寒気を走らせた。
「それはそうね。じゃあ二人とも頑張ろう!」力強さを装って笑顔を作るが、心の中は全く別の気持ちだった。
タツヤは剣を抜く。剣身から稲妻がパチパチと鳴り響き、不気味な光で顔を照らした。
一時間半が過ぎ、二人は疲れ切って筋肉が痛むほどだった。「一時間半もやると本当に疲れるわ。中に戻って休憩するわ」アヤカは筋肉を伸ばしながら言う。
「俺もだ」タツヤは剣を鞘に収め、表情は依然として読み取れないままだ。
二人は寮に戻り、アヤカは携帯をソファーに置き、汗を拭った。タツヤは冷蔵庫から冷たいペットボトルの水とグラスを取り出し、注いで一気に飲み干す。アヤカもグラスに水を注ぎ、飲み込んだ。
「……すっきりするわ」アヤカは溜め息をつき、目を閉じて不安な気持ちを押し殺そうとした。
「レンはまだ戻ってないな。鎌倉から新宿まで車なら一時間くらいだろ?渋滞に巻き込まれたのかな」タツヤは時計を見て、微かな不安が滲む声で言う。
「そうね。焦っても仕方ないし、待とう。明日アカデミーに戻るんだし急ぐことはないわ」自分を安心させるように言うが、言葉は虚しく響いた。
話している最中、アヤカの携帯に通知音が鳴った。ソファーから手に取って開くと、アヤから写真が送られていた。暗い部屋で俺が椅子に縛り付けられている姿だ。頭上の一つだけの電球が光を落としていた。メッセージも添えられていた。
「皇女アヤカ、蓮堂タツヤ。友達の風凪レンは我々の手元にいる。助けたければこの場所へ来い」
地図アプリの画像も送られてきた。メッセージは続く。
「二人だけで来い。誰かに知らせたらレンを殺す。覚えておけ、我々はお前たちを監視している」
メッセージはそこで終わり、アヤカとタツヤは呆然としてしまった。
「これは……!シオンアリさんが?あんな人がこんなことをするはずがないわ!」アヤカは声を上げて不信を叫び、目は恐怖で大きく見開いていた。
「人は表面だけで判断できない。誰にでも隠された顔がある。今は落ち着け」タツヤは平然とした口調だが、体に込められた緊張感はアヤカにも分かった。
「そうね。考えすぎても仕方ない。落ち着かなきゃ」アヤカは深呼吸して落ち着こうとし、状況を論理的に分析し始めた。「監視されてるって言ってるけど、もし嘘なら助けを呼べるけど、本当かどうか分からない。センランクだって言ってたけど、戦えるチャンスはあると思う。でも嘘かどうかも分からないし」頭の中で戦略を練り始めた。
「さすがにアカデミー知識面で二位の生徒だ……だが俺は二人だけで行くべきだと思う。何があったか分からないが、レンを信じている」タツヤは固い眼差しで、揺るぎない声で言った。
「レンの力が目的なのかもしれないね。でもレンを信じてるわ。簡単に力を明かさないから。できれば戦わず話し合いたいけど、どうしようもなくなったら戦うしかないわ」アヤカは厳しい表情を浮かべた。
昨夜、シオンアリさんがレンのことを聞いていた時……直接的には聞いていなかった。興味津々で驚いているフリをして、皇女にレンの隠し力を話させようとしていたんだ。それで皇女は油断して、俺にまで話しかけそうになった――タツヤは心の中で思ったが、口に出すことはなかった。
「なあ……お前は本当に幸せ者だな、風凪くん」ユウトの声は低くなり、毒にも似た憎悪が込められていた。表情はゆがみ、苦しみと恨みに満ちた醜い仮面のようだ。「だからお前みたいな奴が嫌いなんだ」
俺の心に恐怖が走った。彼の言葉は殴りかかるようで、友情の幻想を打ち砕き、彼の敵意の本性を露呈させた。
後ろ手で縛られたロープを解こうと、僅かに作り上げた神縁の破片を使った。純粋なパニックから生まれた必死の試みだが、何かしなければならなかった。
ユウトは横にあった椅子を持ってきて、俺の前に座り込んだ。「無駄だ。この縄はアヤの神縁で作られてる。彼女の神縁はどんな素材も壊れにくくする――つまり、お前には切れない強さが足りない」
俺の試みは見透かされていた。彼は正しかった――ロープは鉄のように固く、どんな努力も虚しかった。俺は怒りと絶望が混ざり合う眼差しで彼を見つめた。「友達が来るまで、俺たちのことをもっと話そうか?ゆっくりしてるようだから」残酷な笑みが口元に浮かんだ。
何も答えなかった。言い争ったり懇願したりしても無駄だと分かっていた。彼の歪んだ話を聞くしかなく、裏の動機を理解しようと努めるしかなかった。
「俺たち三人は子供の頃から友達だ。親はいなかった――自分たちの幸せな人生を歩むために、俺たちを捨て去ったんだ。俺の親はヨムレイに襲われた時、身を捧げることを拒み、俺を捨てた。生後一ヶ月の俺を雨の中、歩道に置き去りにした。優しいおばさんが泣く俺を見つけ、小さな家に連れて行ってくれた。豪華でも立派でもなかったが、温かかった。中には他にも二人の子供がいて、男の子と女の子だった。彼らにも名前はなく、俺にもなかった。実際、親が名前をつけたかどうかも分からなかったから、おばさんが名前をつけてくれた――別々の名字で、コウキ、アヤ、そして俺……ユウトだ。彼女は貧しかったが、食べ物を分けてくれた。時には自分は食べず、俺たちに譲ることもあった。十三歳になるまで、毎日そんな日々を過ごした。それだけで幸せだった。俺たちは彼女を『お母さん』と呼ぶようになった。彼女は色んなことを教えてくれた――優しくあること、人に感謝すること、そして何よりも、不必要な争いをしないことだ」
「ある日、俺たち三人は村を歩いていた。小さな村だったが、清らかな水と美味しい食べ物があり、一部の人はお金も持っていた。お母さんが地面に倒れていて、野菜を入れたカゴが散乱しているのを見つけた」
「『このビッチめ!不良なガキどもと一緒に村を出て行け!ここはお前たちの居場所じゃない』男が言っていた。お母さんを押し倒して騒ぎを起こしたようだ。俺たちは群衆をかき分けた。『お母さん!』俺は叫んだ。彼女を起こそうと手を差し伸べた。『心配しないでお母さん、俺たちがいるから』アヤが言った。『彼女に何をしたんだ!?』コウキが問いたてた」
「『貧乏くさいクズどもがここに居る資格はない。この世に居る資格すらない。ヨムレイに殺されてしまえばいいのに』男は唾を吐いた。群衆は男の味方だとばかりに声援を送っていた」
「『てめえ――!』コウキが言いかけたが、お母さんが肩を掴んで止めた。『大丈夫だ、気にしないで。家に帰ろう』争う気などないかのように、落ち着いて言った」
「『へへ……弱い女だ。だからここにはいられないんだ』男は地面に唾を吐き、お母さんの顔のそばに飛び散らせてから立ち去った。群衆は散り、俺たちは家に戻った。部屋に入ると、俺は怒りを爆発させた。『なぜ反撃しないんだ!あいつらはお母さんの優しさなんか知らない!自分のことをもっと守るべきなのに!』意図しなかったが、怒りを抑えきれなかった」
「彼女は俺の前にひざまずき、頬に手を当てた。温かい手が俺の怒りを少しずつ鎮めてくれた。『ユウト、覚えているか?無意味な争いはしないってね』彼女は言った」
「『さっきのことは無意味だったの?』アヤが声を震わせて尋ねた」
「『うん、人間同士の争いは俺たちの仕事じゃない。人々を守ること、ヨムレイから守ることだ』彼女はコウキとアヤを優しく寄せつけた。『三人はヨム・エグゼキューショナーになって人類を守ってくれるか?人間と戦うのではなく、守るためにね』彼女の声は優しく、後悔なく死んでもいいような口調だった」
「俺は涙を堪え、咽び泣きそうになった。俺もコウキもアヤも、ヨム・エグゼキューショナーになりたかった。アカデミーは家や家族、大切な人を失った子供たちのためにあると聞いていたから、必ず入れるはずだった。日本にはたくさんアカデミーがあるが、一番有名なのは東京のものだ。だがもちろん、行くためのお金はなかったから、一番近いアカデミーに入学した。東京のように大きくはなかったが、教育や訓練内容は同じだった。彼女が俺たちにヨム・エグゼキューショナーになって欲しい理由があった――きっと、俺たちにはいつか独り立ちして、ずっと彼女に頼り続けないで済むようにと願っていたのだろう」
「アカデミーでの新生活が始まったが、思ったようにはいかなかった。一週間の厳しい訓練の後、実技試験の日が来た。教官たちが俺たちのパフォーマンスを見ていた。俺たち三人は運が悪かった――訓練戦闘は俺たちにとって難しすぎた。他の生徒たちは予想通り合格したが、俺たちは違った。訓練内容は神縁の制御、木製の人形と戦うための武器の使い方、そして最後に一番簡単な試験――安定した神縁の円を作ることだった。これは最も基本的な技術で、神縁の制御能力の一環だった」
「俺たちが挑戦した瞬間、神縁同士が衝突して崩れ、地面に粒子が散らばった」
「『あまりに弱い。このレベルではヨム・エグゼキューショナーになる気があるのか?』」
「『今年の生徒は全員優秀なのに、この三人だけは駄目だ。成績も悪いし訓練にも不合格だ。神縁の数値が5以下なのかもしれない。新生児の方が高いぞ』」
「教官たちの会話が聞こえてきた。聞きたくなかったが、それが真実だった。やがて噂はアカデミー中に広まった」
「『新生児より神縁が低いガキども』」
「それが誰もが話す主要な話題になり、教室でも同じだった。俺たちはここに居るべきではないと感じた。だが数年間耐え抜いた。霊量計で測定したところ、教官たちの予想通り、神縁は5以下だった。3か4だった。普通の人なら20以上だが、俺たちは違った。三年間、拷問のような訓練と、俺たちを嫌悪の眼差しで見る生徒たちに耐えた。神縁はせいぜい30まで上がった。廊下を歩くと、周りの人たちはひそひそ話していた」
「一人の男が俺たちの前に立ちはだかった。端正な顔立ちの男だった。訓練戦闘と試験で常に一位だった。肉体と精神の両方の強さで、全生徒や教官から尊敬されていた。名前は青柳タクミだ」
「『失礼だが、本題に入るよ。緋波、シオンアリ、円黒田。アカデミーを去れ。生徒たちの邪魔になっているし、負担にもなっている』」
「俺は我慢できなくなった。ある静かな夜、俺たちは夕食を食べていた。『きっと三人は必ず強いヨム・エグゼキューショナーになれるよ。絶対にね』お母さんは俺たちを励まそうとしていた」
「外から物音が聞こえてきた。はっきり聞こえなかったから、俺は窓辺に行って開けてみた。ヨムレイに殺されていく人々の姿が見えた。『助けて!』『お願いだ!』『ヨム・エグゼキューショナーはどこだ!?』彼らは叫び、悲鳴を上げ、絶望に暮れていた」
「どういうわけか、その光景が好きだった。だが俺たちも安全ではないことは分かっていたから、コウキとアヤ、そしてお母さんに状況を伝えた。武器を手に取り、戦う準備をした。村の人々を助ける気はなかった――お母さんだけを守ればいいと思っていた。だが俺はまだヨム・エグゼキューショナーだったから、ヨムレイと戦うのが俺の務めだった。コウキと俺は外に出て戦い、アヤは家に残ってお母さんを守った。ヨムレイがあちこちにいるから避難することはできなかった。当時はヨムレイ探知機なんて存在しなかったから、人々は外に出ることを恐れていた」
「コウキと俺はヨムレイと戦った。一人のヨムレイが俺の後ろから襲いかかり、コウキは即座に剣で斬りつけた。別のヨムレイが家の屋根から飛び降りてきた。コウキは神縁を使ってヨムレイを吹き飛ばし、仲間のヨムレイの群れに叩きつけた。だがそれでも足りなかった。もはや避難して逃げるしかなかった。アカデミーが対応してくれるだろう。俺はアヤにそう言い、家を出てアカデミーへ向かった。三人はお母さんを守るため、自分たちの体を盾にした。ヨムレイは全て下位レベルで、DかD+クラスだった。三年前にお母さんを押し倒し、『ここはお前たちの居場所じゃない』と言った男を見つけた」
「『あいつだ……』アヤが言った」
「『放っとけ!彼を助ける時間はない!』俺は言ったが、本当は助けたくなかっただけだ。だがお母さんは優しすぎた。『ユウト、お前はヨム・エグゼキューショナーじゃないの?人々を守るのが仕事だよ。たとえ嫌いな人でもね』」
「お母さんの言葉に逆らって戻るわけにはいかなかった。近くにヨムレイがいない隙を見て、すぐに彼を襲っているヨムレイの元へ走り、二つに斬り裂いた。『大丈夫か!?』俺は尋ねた」
「『お前は……なぜ助けてくれるんだ……?』」
「『俺は助けたくなかったが、お母さんが言うからだ』俺は彼を起こす手を差し伸べた」
「『ごめんな……ありがとう』それだけで、これ以上の言葉はなかった。その後、俺たちは村の出口へ向かって走った。出口には大量のヨムレイが集まっていたが、なぜか分からなかった。深く考える暇もなく、アカデミーまで無事にたどり着かなければならなかった」
「『数が多すぎる!』コウキは声に恐怖を込めて言った」
「『絶対に諦めるな!きっとアカデミーから援軍が来る!我慢するしかない!』俺は言った。一人だけが逃げられる隙間があったが、そこまで行くにはヨムレイを分散させなければならなかった。俺はあの男を犠牲にしようと思ったが、お母さんががっかりすることは分かっていた。ヨムレイは俺たちを取り囲み、ゆっくりと近づいてくる――まるで俺たちが次に何をするか見ているかのようだ。一人のヨムレイがアヤに飛びかかった。彼女は手を伸ばして触れようとしたが、その前にヨムレイは彼女の腕を引っ掻き、血が流れ出した。だが彼女が触れた瞬間、ヨムレイはゆっくりと石に変わっていった。俺は剣を振りかざし、強風が吹き荒れ、ヨムレイたちは吹き飛ばされた。彼らが積み重なっている隙に、コウキは空中に跳び上がり、全てのヨムレイに一斉に斬りつけた。
しかし一匹のヨムレイが彼の足を掴み、逃げることができなくなった。ヨムレイはコウキの足を引きちぎった。彼は激しい痛みで悲鳴を上げた。「コウキ!」アヤと俺は叫んだ。俺は力を失ったヨムレイに駆け寄り、コウキの足を掴んでいた手を切り落とした。「ユウト!危ない!」アヤの叫び声が聞こえた。振り返ると、手を剣のように尖らせたヨムレイが俺に突き刺そうとしていた。
「避ける時間がない!」俺は思った。ヨムレイが空気を切る音と共に、俺は目を閉じた。そして刺さる音と血の飛沫が散る音が聞こえた。目を開けると、アヤがそのヨムレイを抱え、石に変えていた。だから彼女の胸に突き刺さっていた手も石になり、胸に穴が開いたまま地面に倒れ込んでいた。雨がゆっくりと降り始めた。俺は何もできなかった。アヤとコウキが地面に倒れているのを見ながら、お母さんとあの男がヨムレイに取り囲まれているのが見えた。「お母さん!」俺は叫んだ。コウキとアヤを置いて、俺の目はお母さんだけに向いていた。しかしそこに辿り着く直前、強力な重力が俺を地面に押しつけ、ただ見つめることしかできなかった。あの男は自分自身を守るため、ヨムレイからの餌食や気を逸らすためにお母さんを押し倒し、ヨムレイがいない隙間から逃げ出した。お母さんが倒れる時、彼女は微笑んでいて、涙が頬から落ちていた。俺はまだ重力に押されて地面にいる最中、彼女がヨムレイに殺されるのを見た。
「お母さん……?お母さん!コウキ!アヤ!お母さん……コウキ……アヤ……」声は枯れていった。「生きる意味なんてもうない。なぜ微笑んでいたんだ?あの男のことを嫌わなかったの?周りの人たちを嫌わなかったの?本当に嫌いじゃなかったのか……?」俺は気を失いそうになったが、ヨムレイが倒れる音を聞いて、すぐに意識が戻った。重力は消え、立ち上がることができた。コウキとアヤは無事で、地面に眠っていた。コウキの足は元通りにつながり、アヤの胸の穴も消えていた。何が起こったのか?一人の男が見えた――ヨム・エグゼキューショナーの制服を着ていた。顔ははっきり見えなかった。俺にとっては強い存在だった。だが一般の人から見れば、彼はただ下位ヨムレイと戦っているだけだった。しかし彼は速かった――ヨムレイには全く抵抗するチャンスさえなかった。
彼は一人で全てのヨムレイを倒し、俺の元へやってきて手を差し伸べた。「俺が理由を与える。俺についてこい、願いは叶えてやる」
だから俺たちは彼についた。人のために良いことをしてもクズ扱いされるなら、そんなことは無意味だと分かった。俺は世界が嫌いになり、ただ世界だけでなくお母さんも憎んだ。なぜ死ぬ時に微笑んでいたんだろう?」ユウトはついに話を終え、声には感情がなく、瞳は虚ろなままだった。
だが俺はもっと隠された真実があると分かっていた。彼は何か重要なことを伏せていた。あの謎の男が叶えると約束した願いとは何なのか?そして彼らの同盟の究極の目的は何なのか?
「ではさあ……」ユウトは座席から立ち上がり、動きは流れるようで捕食者のような危険さを帯びていた。「友達が来たぞ」
突然、金属製の扉が爆発的な力で蹴り破られ、歪んだ鉄板が内側に押し込まれた。しかし割れた木材やゆがんだ鉄鋼ではなく、きらめく氷の波が入り口から湧き出て、扉は厚い霜で固められた。
「レン!助けに来たよ!」アヤカの声が部屋に響き渡り、闇の中に希望の道しるべのようだった。彼女の瞳は怒りに燃え、剣を強く握り締めていた。隣にはタツヤが立ち、表情は厳しく、剣身から稲妻がパチパチと鳴り響き、攻撃の準備ができていた。
この章を終える頃、登場人物たちの「表」だけでなく、「裏側」にある物語へと一歩踏み込んだことになります。見た目はシンプルなやり取りでも、その奥には様々な思いや過去が隠されており、これからさらに複雑な絆が育っていきます。
どんなに当たり前に見える日常も、突然の出来事で一変することがあります。そして計画通りにいかない時ほど、信頼や絆が試されるものです。レン、アヤカ、タツヤ、そして「林花山」チームのみんなにとって、これからの道のりは決して平坦ではないでしょう――でも、困難な状況こそが、お互いを理解するきっかけになります。
これまでの旅路にお付き合いいただき、ありがとうございます。次回は、交差する運命と、避けては通れない選択が待ち受ける展開をお届けします。では、また次の章でお会いしましょう!




