2 偶然の出会い
暇つぶしに読んでいただければ嬉しいです。
クリスは手紙を届けるアルバイトの帰りに、通り抜けようとした公園のベンチで泣いている女の子を偶然見かけた。夕暮れが迫る時間に見たその姿があまりに危なくて思わず声をかけた。
「あのこんな所で泣いているのは危険ですよ」と。
クリスの実家の伯爵家は時代の波に乗れず貧乏になり学院に通うのがやっとだった。
学院に許可を得たアルバイトを今日もしていた。代書屋さんに手紙を預かり依頼者に届けて来たところだった。脚の悪い人や高齢の人がお客さんには多い。
いつもなら声をかけたりは絶対にしない。人付き合いは得意ではないからだ。
夕暮れの周りに誰もいない公園は泣くのに丁度いいかもしれないが、危険だ。
クリスはそろそろと近づいてハンカチを差し出した。汚れていなくて良かった。
「あの、良かったら使ってください。こんな所にいつまでもいると危ないです。早く帰った方がいいです」
びっくりしてクリスを見た女の子は驚くほど可愛かった。紫色の大きな瞳をぱちぱちと瞬かせ僕を見た。艶のある綺麗な金色の髪が顔に三本ほど張り付いていて取ってあげたくなったが我慢した。
触れるのは良くない、うん良くない。
年は同じくらいか?どうしてこんなに可愛い子がこんな所で泣いているんだ。
見れば着ているドレスも上等だ。
「あ、ありがとうございます。ハンカチは持っていたのだけどぐちゃぐちゃでもう使えなくなってしまいました。でもどうしてなのか涙が止まらなくて」
「でも泣くのはやめて早く帰った方がいい。君みたいなお嬢様だと狙われるよ」
こんな言葉普段なら言わないし言えない。周りに誰もいなかったから出来た。
それだけ言うとクリスは踵を返して帰ろうとした。
「待って、デートしてくれたらお金を払うけどどうかしら?」
「えっ?泣いているくせに出会ったばかりでそんなことを言う娘だったの?放っておけば良かった。嘘泣きなの?頭可怪しい?」
「可怪しいのかもしれない。軽蔑するわよね?私さっき婚約破棄されたの。小さい頃から嫌われていたけど、まさか有ることないことでっち上げられて破棄されるなんて思っていなくて、取り乱してしまったの。ごめんなさい」
頭が可怪しいわけでは無さそうだ、良かった。
「君良いところの娘だろう?馬車とか侍女は?」
「侍女と馬車は一度先に帰ったの。もう少ししたら迎えが来ると思うわ」
「迎えが来るまで一緒にいるよ。何かあったら寝覚めが悪い。ねえ、使用人って普通ずっと待っているものなんじゃないの?」
「帰りは元婚約者の家が馬車を出してくれていたから今日もそのつもりだったの。でも流石に今日は乗るのが嫌で家に使いを送ったからもう直ぐ来ると思うわ」
「嫌っているのに送るんだ。何とも言い難いけど・・・それは災難だったね。でもさっきの様なことを誰にでも言わない方が良いと思う。奔放な女性だと思われるよ。それで良いなら構わないけど」
彼女に声が届く範囲に距離を広げ、余計なことだとは思ったがそう言った。
「家から婚約者の義務だとでも言われていたんでしょう、馬車を出すだけで本人はいないわ。次の縁談は年の離れた人になる。それも多分後妻よ。それを拒めば修道院に行かされる。その前に甘い言葉で傷を埋めて欲しかっただけ。
偽りでもいいから、デートをして甘やかしてくれる人がいたら良いのにと考えていたらあなたがハンカチを差し出してくれたから、つい口から出てしまったの。ごめんなさい。言ってから恥ずかしくなったわ」
「そいつのことが好きだったの?」
「会った時から嫌われていたのよ、好きではないわ。でも冤罪をでっちあげてまで嫌われる程だとは思っていなかったの」
「冤罪だと言わなかったの?」
「言ったけど無駄。どうしても私のせいにして破棄したかったらしいから」
「冤罪の証拠はあるの?」
「学院に通っていないのに相手を虐めたそうよ。それが反撃できる証拠かしら。思ってもみなかったの。こうなる事を見通せ無かった私が甘かっただけ」
「酷いな、悔しいだろう?」
「そうね、でももういいの。別れて良かったと思えてきたわ。ずっと嫌われたままで生きていくほうが辛い人生よね。いくら父が決めたと言ってもどうして我慢していたのかしら。もう少し抵抗すれば良かった」
「親の言う通りに結婚するのが当たり前の世の中だからね。自分を責めることは無いと思うよ。でもお金を出すからデートしてはいただけないな。自分を安売りは良くないよ」
「あなた真面目そうで優しそうだったから言ってみただけ。褒め言葉で傷が癒されれば良いなって思ったの。叱ってくれてありがとう。心がなくても、か、かわいいとか、す、すきだとか言って貰えたらなって思ったの。婚約破棄ブルーってところかしら」
「君の元婚約者ってそれすら言わなかったの?」
「嫌われてたって言ったわよね」
「ごめん、君名前は?僕はクリス。貴族学院の三年生だ」
「レイチェル・リンドバーグよ。学院には結婚するから行かなくて良いと言われたの。一通りは家庭教師に教えてもらったわ。これで傷物になったから普通の嫁ぎ先は望めない。ため息ものよ」
「リンドバーグって大商会の?男爵家だったよね。僕貧乏だけど一応伯爵家の嫡男で卒業したら王宮で文官になるんだ。契約で良かったら婚約者になる?後妻の話は来なくなると思うよ」
自分でも大胆なことを言ってしまった。
「良いの?迷惑がかかるかもしれない。多分かかるわ。私にばかり都合がいい話だし。それに別れた後、あなたの結婚に差し障るわ」
「伯爵家と言っても貧乏だ。結婚は諦めていたから大丈夫だ。君が落ち着くまで、婚約者としての役目は果たすよ」
「私ばかりが得をして貴方に利がないわ。婚約者としての契約金は父に話してみるわ。向こうの浮気での破棄だから慰謝料は取れると思うし、伯爵家なら父も喜ぶと思うわ。喜ばせるのは業腹けど。
あなた人が良すぎるわ。騙されるわよ。でもありがとう、勇気が出てきたわ」
こうして変なきっかけで僕たちは契約婚約をしたのだった。
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