第95話 チーム・ウィクトーリア ①
瑤妤は陽太と陽菜に話を終えると、肩をわずかに落とした。理性を保ちながらも、知性的な眼差しに不安を滲ませ、軽くため息をついた。
「ふむ……日野くん。次に研究所へ来るときには、もうヤングエイジェントになっているだろう」
「はい」
「その時は儂の研究室に来なさい。サポートプロジェクトのコンセプトと、今後の方針を説明する。日程が決まったら李くんに知らせてくれ」
「分かりました」
「ところで、ヤングエイジェントの申請は上層部の承認が下りるまで、しばらく時間がかかる。……それまでに、私が率いる『チーム・ウィクトーリア』の集まりに参加しないか?この機会に皆に紹介しておきたい」
陽太は大きく頷き、目を輝かせた。
「はい!ぜひ行きたいです」
陽太の決意に前向きな表情を見せ、瑤妤は涼やかな笑みを浮かべた。
「きっと皆とも良い友人になれるでしょう。陽菜も一緒に行く?」
「私はヤングエイジェントじゃないけど……行ってもいいんですか?」
「堅苦しく考えなくていい。集まりといっても、若者同士が打ち解けるための遊戯会みたいなものだ。異能者が苦手でなければ歓迎するよ」
「ううん、全然苦手なんかじゃありません」
陽菜は首を横に振り、明るく笑った。
「お言葉に甘えて、私も参加します」
「よし。沖田くん、子どもたちを頼みます」
「はい」
「陽太、陽菜。私は夕方まで仕事がある。集まりが終わった後は、この研究所に残るか帰るか、好きにしなさい」
「分かりました。お仕事頑張ってください、お姉さま」
そう言って瑤妤と大原博士は接客室を後にした。
*
陽太と陽菜は沖田純一に導かれ、エレベーターで三階へ。室内連絡橋を渡って別棟へ移動し、さらに平面エスカレーターで継続に進むこと十五分、天井に円形の採光口があるビルにたどり着いた。純一がセキュリティカードをかざすと扉が解錠され、一行は中へ入る。
一階ロビーには花壇と噴水、カフェカウンターと座席が並び、まるでホテルのような落ち着いた雰囲気だった。
「ここは……先ほどの研究棟と雰囲気が違いますね」
陽太が目を丸くすると、純一が答えた。
「ここは研究員や職員が暮らす社員寮だ」
「へぇ……素敵なタワーマンションですね。絵画が飾られていて、噴水の音も心地いい……なんだかリラックスできそうですね」
一行はエレベーターで八階へ上がり、廊下を進む。その先に、一人の大柄な男が戸口の前に立ち尽くしていた。身長一八五センチを超える筋骨隆々の体格、金剛力士のような目に太い眉。黒いタンクトップに無造作な長髪を後ろで束ね、両手をポケットに突っ込んだまま戸惑っている。
「伊達くん、もう来ていたか」
「沖田さん、こんにちは」
「どうした、外に立ち寄って、何があったか?」
純一に声を掛けられた男は、首筋をかきながら不器用に答える。
「いえ……友人の家に伺うのは初めてで、緊張してしまって」
「なら呼び鈴を押せばいいじゃないか」
「それに、集まりに来る人は料理を一品持ち寄るって……忘れてしまって」
「なら適当に飲み物でも注文すればいい」
「なるほど……そうします」
苦笑する伊達を横目に、純一が呼び鈴を押した。その時、陽太は彼をじっと見上げて息を呑む。伊達の背中に、異常なまでに濃いエネルギーの紋様が凝縮しているのを視たからだ。
「ん?お前は……」
伊達の目が陽太を射抜く。
「彼は日野くん。これからチームに加わる」
「日野陽太です」
名乗った瞬間、伊達は低く唸るように言った。
「……やはりか。君も俺と同じ、因果を背負った人間だな。その匂いがする」
「因果ですか……?」
陽太は思わず問い返した。
伊達はゆっくりと首を縦に振り、その眼光は鋭く陽太を射抜いた。
「君の力は偶然ではない。両親や先祖から受け継がれた血の流れ……その奥に刻まれた宿命が、今のお前を形作っている」
「宿命……?」
陽太は視線を伏せ、唇を噛む。自分はただの事故のせいでプラズマ人間になっただけだと信じてきた。両親も普通の人間で、特別な力など持っていなかったはずだ。
「でも、僕の両親は一般人です。特別な力なんて……」
「表に出るとは限らん」
伊達は低く唸るように言った。
「血に刻まれたものは、本人も、時に親ですら気づかない。代を重ね、ある瞬間に芽吹くこともある。それも“因果”を表す一つ仕組みだ」
陽菜がそっと兄に寄り添い、囁くように口を開く。
「お兄ちゃん……それって、遺伝のことじゃないかな。両親が知らなくても、もっと昔の誰かから……」
陽太は苦笑し、肩をすくめた。
「考えたこともなかった。でも、もしそうなら……僕がこの力を持ったのも、偶然じゃないってことか」
伊達は無言のまま頷いた。その顔にはどこか諦念めいた色が浮かんでいる。
なかなかインターホンを応じる人が応答しなかった事に陽菜が訊ねる。
「沖田さん、中の人、なかなか返事が来ませんね……。まさか留守?」
「集まりの日時は間違っていないはずだが……妙だな」
純一がもう一度インターホンを押す。
扉の向こうから、明るい声が跳ね返ってきた。
「鍵、開いてるよ〜〜!」
ワイヤレスイヤホンを耳に付けた少女が顔を出す。
「――あっ、沖田隊長に伊達さん!お久しぶりです!」
ミディアムの内巻き、艶のある栗色の髪。丸いアーモンドの瞳に、飾らない素肌。胸が膨らみが目立つ彼女はアッシュブラウンのキャミソールと白のミニスカートの軽やかな装いで、元気いっぱいに手を振る。
「姫路さん、戻っていたのか」
「はい、東シベリア州のシャドマイラ対応から帰ってきました!見ない顔もいるし、今日はポットラックで賑やかになりますね。さ、どうぞ中へ。ビリーくんとレイミちゃんも来てますよ」
「「お邪魔します」」
陽太と陽菜がそろって挨拶する。




