第91話 親友四人、それと五人の食卓 ②
彼の向かいに悠乃、左隣に静琉、右に陽菜、そして悠乃の隣に光玲が座り、一番奥の席が埋まった。
「夏休みの初めに――乾杯!」
陽菜の掛け声で、五人はジュースやお茶の入ったグラスを掲げる。
「「「「乾杯!!」」」」
弾ける声とともに、食卓は一気に賑やかになった。
「うん、美味しい!やっぱり陽ちゃんとシーちゃんの料理コンビは最強だね」
「ふふ、またたくさん作ったから、いっぱい食べてね」
「このハンバーグ、ソースが市販のとは全然違う味だわ」
「お兄ちゃん、味はどう?」
陽菜に問われ、陽太はナイフでハンバーグを切り分け、フォークで口に運んだ。噛みしめた瞬間、思わず笑みが零れる。
「シーちゃんが特別に出汁から作ったんだよ」
そう言って飲み込み、満足そうに感想を述べる。
「うん、これは美味い。肉汁とソースがぴったり合ってる。これならライスがいくらでも進むな!」
陽太の屈託ない笑顔に、静琉は頬をわずかに赤らめ、恥ずかしそうに小声で答えた。
「……味が合っていて、よかったです」
「いいなぁ〜!陽ちゃんはスーパーヒーローみたいなお兄ぎを持ってて羨ましいよ!」
悠乃が感激混じりに叫ぶ。
「それって……?」
「あっ、そうか!私がお兄ぎをもらっちゃおうかな?」
からかうように言う悠乃に、陽菜が即座に突っ込む。
「無理無理!ゆゆちゃんはお兄ちゃんの好みじゃないし。だいたいお兄ちゃんが気にしてるのは、エアーリアルズのイレアナさんだから!」
いきなりの話題転換に、陽太は飲んでいたジュースを盛大にむせた。
「ぼ、僕のことか!?」
若い女子四人に囲まれ、食卓で自分が話題に上がる――陽太はどう返すべきか分からず、ただ苦い笑みを浮かべる。
――陽菜……いつも彼女たちに僕のこと、何を話してるんだ……。僕、ここに居ていいのか?
「でもさ、アイドルでしょ?恋人作るなんて業界的にタブーだし、そもそも天の星に手を伸ばすより、地上の隣の誰かと付き合う方がいいと思わない? シーちゃんはそう思わない?」
視線を振られた静琉は、肩をすくめて小さく答える。
「う〜ん……よく分からないけど、恋する相手は人それぞれじゃないかな」
「光玲ちゃんはどう思う?」
問われた光玲は、涼しい笑みのまま淡々と答えた。
「静琉と同じ意見よ。でも、もし私がアイドルなら恋人を作る余裕なんてないわ。新生グループならなおさら。それより、ゆゆ、異能を持つ彼氏が欲しいって、どういう考え?」
「だって、強い力を持つ彼氏なら安心できるし、困ったときに頼れるじゃん!」
「あきれた……ただ見栄を張りたいだけでしょ。異能者と付き合うのは普通の恋愛の倍の覚悟が必要よ。軽い気持ちならやめておきなさい」
「え、どうして?」
「相手の立場を考えなさい。日々頼ってばかりじゃ、人助けの邪魔になる。迷惑をかけるだけよ」
「何それ、まるで遠洋派遣の軍人の妻みたいな言い方だね」
「たとえがちょっと違うけど、要は同じことよ」
光玲の冷静な意見に、陽菜は「そうそう!」と首をぴこぴこと何度も縦に振る。
「さすが光玲ちゃん、理屈がしっかりしてて説得力あるね!」
女子たちが熱心に恋愛談義を繰り広げる中、陽太はただ苦笑いしながら、冷や汗をかくばかりだった。
――あの……僕、本当にこの場にいて大丈夫かな……。
やがて食事が終わり、友人たちを見送った後。その夜、人々が眠りにつくべき静かな時間帯に、陽太は机に向かい、パソコンで連邦天文センターの観測ネットを開いていた。宇宙天文望遠鏡が捉えた「ヴァリテリオン」の録画映像が画面に流れ、彼の瞳を淡い光が映し出す。
コンコン、と扉を叩く音がした。
振り向いて扉を開けると、パジャマ姿の陽菜が両手に自分の枕を抱きしめ、廊下に立っていた。
「お兄ちゃん……今日は一緒に寝たい」
「また眠れなかったのか?」
小さく頷いた陽菜の顔は、どこか寂しげだった。まだ両親の死を思い出してしまうのだろう。枕をぎゅっと抱く姿に、陽太は静かに頷いた。両親を失って以来、彼女が眠れない夜にこうして部屋に来るのは珍しいことではなかった。
「うん」
「いいよ」
二人は部屋の灯りを消し、ベッドに横になる。並んで寝転びながら、陽太は片肘をついて頭を支え、涅槃のような姿勢で妹を見つめた。
陽菜はふっと笑みを浮かべる。
「ねえ、お兄ちゃん。赤星さんからデビューコンサートのVIPチケットをもらえたこと、本当に良かったね」
「ああ……そうだな。でも、まさか彼女があんな大事なチケットをくれるなんて、意外だった」
「それは、お兄ちゃんが“特別な友達”だからでしょ」
楽しげに話す陽菜だった。きっと、悲しい記憶と親が失った寂しさを少しでも忘れたいのだ。親友たちと夏休みに家で宿泊勉強会をする計画も、そのためだろう。早く立ち直るために。
「そうか……そういえば、この前、瑤妤姉さんに聞かれたこと、陽菜も考えたのか」
「うん。私はこの家を離れたくないし、友達とも一緒にいたい……。お兄ちゃんは?」
「僕もだ。父さんと母さんが過ごしたこの家を大切にしたい。少なくとも高校を卒業するまでは、引っ越すなんて考えていないよ」
そんな他愛もない会話を続けているうちに、陽菜はやがて安らかな寝息を立てた。
起こさぬよう静かにベッドを抜け出した陽太は、机の前に戻る。光を灯し、再び「ヴァリテリオン」の観測映像に視線を注ぎながら、ふと眠る妹の横顔に目をやる。
――父さん、母さん。僕は必ず、陽菜を守り抜きます。
今日までも陽太は何度も胸の奥でそう誓いした、兄として責任を持って深く意識して彼は夜の静寂の中に身を沈めた。




