第89話 別れる思い、守りたい思い ③
ケンファクニードスを倒した陽太は、すぐに冴姫の容態を確かめに駆け寄った。
爆発の残滓を見つめながら、瀧生が亮に問いかける。
「……あの子は、生きているか?」
すでに失神している冴姫の胸元がかすかに上下しているのを確認し、陽太が答える。
「呼吸があります。ただ倒れているだけだと思います」
そこへ、UCBD重装特務隊のマシンが緊急着陸した。横のドアが開き、瑠衣が降り立つ。冷却装置から吹き出す乱気流に長い鬢髪が舞い、青紫色に輝く武装スーツに身を包んだ姿は、毅然として凛々しい。彼女は真っすぐ陽太たちのもとへ歩み寄った。
「お疲れさま、日野くん……それに、井口くんも」
「赤星さん、お疲れさまです」
「井口くん、今回は無茶をせず、ちゃんと連携したようね?」
「……ああ、こいつとコンビを組んだからな」
気まずそうに顔を背ける瀧生。その態度に、瑠衣は小さく頷いた。
「そう。では、倒れている彼女は今回ケンファクニードスに狙われた被害者ね?」
「はい。赤星さん、救急マシンを呼んでください」
「もう要請済みよ。すぐに到着するわ。それにしても、君たち、随分派手にやってくれたわね。特に日野くん、資料で目を通してはいたけれど……実際に見て、君の力は本当に大物だわ」
瑠衣に微笑みかけられ、陽太は赤面しながら首を振った。
「いえ……赤星さんたちが干渉機器を投下してシャドマイラの動きを封じてくれたおかげです。僕は、ただその隙に倒せただけで……」
今回の戦いの主役を奪われたように感じている瀧生は、冷遇された気分で小さく舌打ちした。その音に気づき、陽太は一瞬視線を瑠衣から瀧生に移す。
「これで……ご両親の仇を討てた、そう思うかしら?」
瑠衣の問いに、陽太は肩をすくめて答える。
「……そんなふうには考えていません。ただ、僕と同じ悔しさを、誰にも味わってほしくない。それだけです」
「可愛いことを言うわね。ますます君の今後が楽しみだわ」
ほどなく救急マシンが到着し、冴姫は担架に載せられて搬送された。陽太と瑠衣は簡単な説明を行い、瀧生も事情聴取を受けたあと、他に用がないため現場を後にした。
鋭いサイレン音が響き、救急マシンが飛び去る。
瑠衣はディバイスを操作し、UCBDのエンブレムが映し出された画面で冴姫の学生証情報を照合する。だが、記録は一般市民のデータのみで、異能に関する履歴は一切なかった。
その様子を見ながら、陽太は空を仰いで呟く。
「……豊城先輩、大丈夫でしょうか」
「治療は医師に任せましょう。家族も病院に向かっているはず。それにしても、あの子は強運ね。ケンファクニードスに続けて襲われても、こうして生き残ったのだから」
「でも、先輩があんな力を持っていたなんて……僕は全然知らなかった」
「解析機器に映ったのよ。ほんの一瞬だけれど、彼女の手から高エネルギー反応が確認された。君も見たのでしょう?」
「はい。まるで、ケンファクニードスが白い穴に吸い込まれて消えたみたいでした」
腕を組んで思案した瑠衣が口を開く。
「次元空間を開くような力……。もともと隠していたのか、あるいは偶然目覚めたのか。どちらかね」
「僕は……後者だと思います」
「根拠は?」
「空間移動なんて便利な力なら、とっくに使いこなしていたはずです。でも、彼女はそんな素振りを見せたことがありません」
「なるほど……」
瑠衣は小さく頷き、さらに問う。
「日野くん、彼女とは知り合いなの?」
「はい。天文部の先輩です」
「そう。でも、君が知っているのは、彼女のほんの一部かもしれないわ。異能者は誰しも、他人に言えない秘密を抱えているもの。特に能力のことはね」
「でも先輩は、いつも欲望や悩みを口にする人です。もし力を持っていたなら、観測合宿の費用で悩んでいることも、きっと隠さず言っていたはずです」
「それもそうね……。ただ、私も能力分析の専門家じゃない。今の時点で結論を出すのは早計かもしれないわ。いずれにせよ、記録には残しておくべきね」
瑠衣はディバイスに入力を続け、冴姫を「未確認異能者」として報告に記録する。
「能力を申告していない人間は、どう扱われるのですか?」
「そうね。場合によっては異能者の検査診断を受けてもらうことになるわ。ただ、彼女には悪事の記録もないし……今回の件もあくまで事実の確認として資料庫に保存されるだけでしょう」
「そうですか……。僕が受けた検査を、先輩も受けることになるんですね」
「ええ。そういうことになると思うわ。日野くん、この先の処理は私たちUCBDに任せなさい。君は元々の予定に戻っていいわよ」
「分かりました。失礼します」
軽く会釈した陽太は私物を拾い、現場を後にした。
マシンの中で部下が瑠衣に問いかける。
「副隊長、彼を帰してよろしかったのですか?」
「ええ。今回は彼に役目はもうなかったし……彼は見られる存在。むしろ帰したほうが自然でしょう」
「勇敢な少年ですね。389番隊Bチームからも高い評価を聞きました。」
「ええ。正直、強くて、そして……可愛い子よ。だけど、こんな濁った世の中だからこそ、ああいう稀有な人材が必要なのね。」
瑠衣の視線の先には、夕暮れの光の中、走り去る陽太の背中。
小柄な体に大きな力を秘め、控えめな態度と、人を安心させる温かな笑顔。
その姿は、彼女の心に強く刻み込まれていた。




