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第85話 決めた決意 ①

廊下を抜け、階段を降りようとしたその時、陽太の意識の中に、静かな男の声が響いた。


(――日野くん。私だ、エリオットだ。もし今、手が空いているなら、少し話をしたい)


(はい、大丈夫です。どこへ行けばいいでしょうか?)


(部活棟の3階、生徒会室の隣にある控室に来てくれ)


(わかりました。今、向かいます)


短い脳内やり取りを交わしながら、陽太は足を止め、階段を軽やかに下り始める。

エリオット・チェスター先輩。ジャスティスキーパーの委員長であり、常に冷静沈着で信頼できる人物。


陽太の胸に、緊張とも期待ともつかない感情が静かに芽生え始めていた。


(……あの先輩が、僕に何を?)


 部活棟の3階へと向かう途中、校内はもう夏休みを目前に控えた解放感に包まれており、どこか浮ついた雰囲気が漂っていた。だが陽太の表情には、その喧騒から切り離されたような静かな決意が浮かんでいた。


やがて、生徒会室の隣――

控室の前に立ち止まると、見慣れた木目の引き戸が、まるで主を迎えるように音もなくスッと開いた。


陽太は控室の前で立ち止まり、軽く深呼吸をした。以前にも一度来たことのあるこの場所。だが、今日は違う雰囲気を感じた。


取っ手に手をかけるより早く、ドアが音もなく内側から自動で開いた。


 中は9畳ほどの広さ。中央に六人掛けのテーブルと椅子が置かれ、左手にはロッカーと資料棚、右手には簡易な給湯設備。奥には一つの事務机があり、その前に座っているのは、センター分けの髪型をした男子生徒――山吹智悠(ともひさ)だった。


 彼は机に展開した紋章の中心に、半径1キロ圏内の立体マップを浮かび上がらせていた。白い光で描かれた縮小都市の中には、人影のような光点がいくつも動いており、それがまさにこの陵星高校とその周辺のリアルタイム状況を表しているのだとわかる。


 もう一人、右手のソファに腰かけていたのは、妖艶な空気を纏う女子生徒――蛇塚灯翠ヘビつかひすい。艶のあるベージュレットの長い髪を流し、片目が前髪で隠れている。彼女は手元の金属製の鱗を丁寧に磨いていた。どうやら、装備のメンテナンスらしい。


陽太が入ってきたのに気づくと、彼女はひとこと――


「お疲れさま」


続いて、奥に立っていたエリオット・チェスターが、穏やかな笑みを浮かべて声をかけた。


「来たか、日野くん」


「はい」


「ご両親の件、心よりお悔やみ申し上げます」


「ありがとうございます。……それで、今日は何のご用件でしょうか?」


「話が少し長くなるかもしれないが、座って聞いてくれるか?」


「もちろんです」


エリオットが灯翠に視線を送ると、彼女は無言でうなずき、冷蔵庫から冷えたアイスティーと水饅頭を取り出してテーブルに運んできた。


「蛇塚先輩、ありがとうございます」


「ふふっ、こんなサービス、私にしては珍しいのよ?いつもより高くつくかも」


からかうように微笑みながら、灯翠はそっと陽太の頬に指を伸ばす。


「えっ、あの……」


その柔らかな指先に触れられた瞬間、陽太の身体は一瞬こわばった。まるで蛇に睨まれたネズミのように動けなくなる錯覚。


「ねぇ、抱きしめてあげようか?疲れてるでしょ?ぎゅっと」


耳まで赤くなった陽太は、焦った様子で身を引いた。


「ここ、学校ですよ……しかも、ジャスティスキーパーの方がそんなことしていいんですか……?」


「まあまあ、そんな堅いこと言わないで。抱擁って愛情の一種じゃない?服を脱げとは言ってないし……それとも、日野くん、変なこと想像しちゃった?」


「そ、そんなことありません!」

「灯翠、後輩をからかうのはそのくらいにしておけ」


エリオットの苦笑混じりの声に、灯翠は小さく舌を出して引き下がった。そして、陽太の隣に腰を下ろした。

陽太が改めて問う。


「それで……先輩が僕を呼んだのは、例の件ですか?」


エリオットは静かにうなずいた。


「そうだ。君にあのとき訊いたこと、もう答えは出たか?」


陽太は一瞬、目を伏せたが、すぐに力強く顔を上げた。


「はい。もう決めました」


「では訊こう。君はその力で何を戦い、何を守るのか?」


陽太は深く息を吸い、強く、そしてはっきりと答えた。


「僕は……シャドマイラの防災退治に協力したい。自分が味わった喪失の痛みを、他の誰にも経験させたくないんです」


その真っ直ぐな意志を感じたエリオットは、静かに目を細め、柔らかく微笑んだ。


「どうやら君は、しっかりと決意を固めたようだね」


 チェスターは落ち着いた声で続ける。


「ジャスティスキーパーの役割は、学校と地域の治安を守ること。明確な任務が設定されているわけではなく、人身への脅威や公安を揺るがすような事案に随時対処するのが基本だ。中には怪異や怪人との対処もあるが、多くは人間による犯罪への対応だ。……日野くんのような力は、対人には危険が伴う。だからこそ、シャドマイラ専任で活動できる道を選ぶのも賢明だと思う」


「なるほど……確かにそうですね」


「もしシャドマイラ退治に専念したいのであれば、君にはUCBD(クーリーバ)のヤングエイジェントとしての道がある。きっと重用されるはずだよ」


「連邦政府が設置した法務実行組織……確か、年齢・性別・出身を問わず、10代から20代前半の異能者を“ヤングエイジェント”として起用しているという話を、社会科で学びました。UCBDにもその制度があるんですね?」


「あるとも。ただし、なるには相応の条件が必要だ」


 チェスターは少し声を落とし、慎重に語る。


「だが、今の日野くんなら、その資格がある」


「僕が、ですか?でも、僕はD級評価の異能者で……」


「ランクよりも大切なのは、人間性と行動の実績だ。UCBD(クーリーバ)のヤングエイジェントになるには、まず前提として“犯罪歴がないこと”と“公安を侵害した記録が一切ないこと”が絶対条件。そして、公的に認可された組織において、事件解決への協力実績が三件以上。加えて、親族以外の法務機関関係者三名からの推薦が必要になる」


「それって……かなり高いハードルですね」


「それだけの権限を与えるのだから当然だよ。我々異能者が、警察官やエージェントと同等の法執行権を持つのだからね。だからこそ、力や才能以上に品性が問われる。入隊後は個々の適性と志望に応じた部門に配属され、定期的な講習と実地訓練が課される。厳しいが、君のようにシャドマイラと戦いたいという強い意志があるなら、そこに進むべきだろう」


 その説明を聞きながら、陽太は大きくうなずいた。新たな未来の選択肢が、自分の目の前に静かに拓けていくような感覚だった。


「……そうか。UCBDのヤングエイジェント……」


「ただし、そこに進めば、私たちのような学校拠点のキーパーとは違い、他の現場に呼ばれることが多くなる。特に、同時に複数の事案が発生した場合、支援要請のあった方に優先的に出動しなければならない。それゆえ、学校のジャスティスキーパー活動への顔出しは難しくなるかもしれないよ」


「なるほど……厳しいし、難しい道かもしれない。でも、それでも僕は……ヤングエイジェントになってみせます!」


 陽太は拳を握り、真っ直ぐな目でチェスターを見た。


「ご武運を祈るよ」


「ありがとうございます、エリオット先輩。今日のアドバイス、本当に感謝します」


「とんでもない。校内の異能者の進路を見守るのは、ジャスティスキーパー委員長としての務めだからね」


 すると隣で静かに聞いていた灯翠が、いたずらっぽく言った。


「でも、せっかくこんなに可愛い後輩がいても、もう可愛がれなくなるなんて……寂しいわね?」


 あまりに素直な言葉に、陽太は反応に困り、肩をすくめて苦笑する。


「……あの、それで……他に何か用件はありますか?」


 改めて問うと、エリオットは真剣な眼差しで陽太を見つめ直した。


「もう一つ、確認しておきたいことがある。私のところに届いた情報によれば、君は、天城学園のジャスティスキーパー、井口瀧生くんと協力関係にあるという話を耳にした。それは……事実か?」

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