第84話 夏休みの始まり
両親の追悼式が終わってから数日後。逃げ延びた2体のケンファクニードスは依然として姿を見せず、期末試験も無事に終了した。
そして迎えた一学期の終業日。ホームルームが終わると、生徒たちは夏休みの開放感に包まれ、教室から賑やかに散っていった。
陽太は自席のパソコンからハードウェアに保存していた学習データをメモリキューブに移し終えると、シャットダウン操作を行い、完全に電源が落ちるのを待っていた。そのとき、実瀬がそっと声をかけてきた。
「日野くん、夏休みって、何か特別な予定あるの?」
つい先日まで、天体観測に夢中で、気になる女の子のことばかり考えていた少年。
けれど今の陽太は、両親を喪い、妹を守る責任を背負うようになっていた。その眼差しは年齢よりもずっと大人びていて、どこか5歳は年を取り込んだような落ち着きをまとっている。
「納骨式とか、家の修繕工事とか……いろいろあるよ。なるべく妹と過ごす時間を大切にしたいと思ってる」
「旅行とかは?気分転換になるかもよ?」
「一応予定はある。第二週の水曜から、天文部で屋久島に二泊三日の観測キャンプに行く予定なんだ」
それを聞いた実瀬は、想像するように目を細めて微笑んだ。
「天文キャンプか。いいね、ロマンチックね」
「赤星さんは? 夏休みは何か予定が?」
「もうスケジュールはパンパンよ。テレビ番組のロケに始まって、ネット配信のインタビュー、陸上大会でのライブ、広告撮影……夏休み中はずっとアイドル漬けになると思う」
「それは大変そうだね。でも、赤星さんの活動、応援してるよ」
陽太は特別な感情を表には出さず、ただ一人の友達として、静かに言った。
「ありがとう。デビューしたばかりだし、今はエアーリアルズの知名度を上げる大事な時期だから。……そうだ、夏休みの第一日曜日って、予定空いてる?」
楽しそうに話す実瀬に、陽太は少し戸惑いながら首を横に振った。
「ううん、特にないけど……どうして?」
「その日、私、初めてのデビューコンサートをやるの」
「あ……八月の最初の日曜だったよね?でもごめん。最近ずっと葬儀のことにかかりっきりで、あまり調べられてなくて……。妹が調べたけど、公式サイトではもうチケット完売してたって」
「VIPチケット持ってるんだけど……欲しい?」
「えっ、それってすごく大事なものじゃ……僕なんかがもらっていいの?」
「うちの両親はアメリカで駐在中だし、《《姉もいつも仕事でスタンバイ状態だから》》、誰も来られないのよ」
「それでも……錦織さんや河村さんたちに声かけた?」
「かけたよ。でも、茜寧ちゃんは吹奏楽のコンクール前で練習漬け。蘭ちゃんも先輩の彼氏とデートらしいし、他の子も用事があって来られないみたい。だから……知らない人に渡すより、君に行ってほしいと思ったの」
彼女の笑顔の奥に、どこか寂しさが滲んでいた。初めてのステージを、身の周り知る人は誰にも見てもらえないかもしれないという不安。それを感じ取った陽太は、優しく微笑んだ。
「分かった、チケットいただくよ。妹と一緒に観に行く」
「本当?ありがとう。じゃあ後で、キューブコードのリンク送るね」
「うん、楽しみにしてる」
「あ、もう行かなきゃ。マネージャーさんが待ってるから。……またね、日野くん!」
身軽な身振りで手を振り、実瀬は教室を駆け足で後にした。




