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第82話 弔問者、そして追悼式 ①

 それから二日後の金曜日。陵星高校の昼休み。実瀬みらいは自席でパソコンをスリープモードに切り替え、猫のように両腕を伸ばしてストレッチをしながら、深く息を吸った。その様子を見ていた仲の良い女子同級生が声をかけてくる。


「イレアナちゃん、お昼はどうするの?」


「食堂に行こうかな?ハンバーグ定食を食べいたいね」


「いいね、早く行こう!」


 ふと周囲を見渡すと、陽太の席が空いているのに気づく。あの日、傘を貸してもらって以来、きちんとお礼も言えずにいた。今朝の授業には顔を見かけたが、すでに姿はなく、パソコンも完全に電源が切られていた。最近は欠席が続いており、今日も2時間目で早退したと聞いた実瀬は、気になってクラス委員長の錦織茜寧に声をかける。


茜寧あかねちゃん、日野くんって今日は早退したの?朝はいたよね?」


「うん、そうだよ。どうして急に気にするの?」


「期末テストも近いのに、ずっと休みが続いてるし……なにかあったのかなって」


「えっ、知らなかったの? 日野くん、ご両親が事件で亡くなったのよ。今は葬儀で忙しいみたい」


実瀬は一瞬、息を呑んで目を見開いた。


「……えっ……そうだったんだ……。あの、葬儀の場所、詳しく教えてもらえる?」


 その日の放課後、夕陽に照らされて赤く染まった入道雲が空に浮かぶ中、実瀬は学校近くの駐車場でマネージャーの潤軌が運転するマシンに乗り込んだ。


「マネージャーさん、今日のスケジュールは、デビューコンサートの集中レッスンだけですよね?」

「ああ、そうだけど……どうかしたか?」

「少し遠回りでもいいですか?市民センターに寄りたいんです」


 *


 市民センター近くの葬儀場には、「日野家葬儀式場」の看板が掲げられていた。100席ほど並ぶホールの入り口では、虎本桐哉と妃緒莉が来場者の案内に立っている。

喪主席には陽太と陽菜が並び、弔問客の対応をしていた。連日手伝いに来ていた瑤妤の姿は見えなかったが、おそらく仕事で研究所へ戻ったのだろう。

式場奥、花で彩られた位牌台の中央には、辰昭と黛璃の遺影が並んでいる。やわらかな黄色のライトが会場を包み、穏やかで落ち着いた空気が漂っていた。

この時間帯は弔問客もまばらで、椅子には二列ほどしか人が座っていない。

挨拶に来る人々の多くは両親の古くからの知人だった。黛璃の古筝部顧問や、伝統舞踊部の同窓生、地元商店街の店主たち――母との関係者が中心だ。対して辰昭の方は、勤めていたスポーツ用品メーカーの社長や理事会関係者、元プロ野球の関係者や広告代理店など、幅広い層が参列していた。

高校時代からの親友である虎本桐哉は、葬儀初日から手伝いに来ており、今回の追悼会のために、ピアノを弾ける妃緒莉を同行させていた。


 スポーツ用品メーカーの社長と話をして、陽太たちはようやく家が襲撃された理由を知ることとなった。福岡に単身赴任する予定だった父の心情……家族と離れる寂しさ。陽太はそれに、ようやく気づいた。

起こった出来事は、幸運か不運か、呪いか理不尽か。大人たちにとっては当たり前の転機でも、まだ高校一年の彼にとって、それはただ飲み込むしかない現実だった。

とはいえ、話しかけてくる人々すべてが、重苦しい気持ちを抱えているわけではなかった。多くの人が両親への感謝や思い出を語り、若き兄妹に優しい励ましの言葉を残していった。連絡先を直接伝え、「いつでも相談していい」と告げる人までいた。

両親の死は哀しくてつらい出来事だ。それでも、彼らが社会の中でどれほど人に慕われ、誇り高く生きてきたのかを実感できた陽太は、胸を張ってその背中を追いたいと思えた。


しばらくして、来場者が居ない、その内に妃緒莉が陽太たちに声をかける。


「陽太くん、陽菜ちゃん。まだ式は続くけど、体を壊さないように、ちゃんと休んでね」

「ありがとう、妃緒莉さん。今日は平日なのに……来てくれてごめんね」


 か細い柔らかい声する妃緒莉は、言葉に切ない気持ちが満ちるそうに伝えてくる。


「いいのよ。午前中は学校に行ってたし、午後はちゃんと休みを取ったから。それに、小さい頃から誕生日のたびに、叔父さんと叔母さんが服を買ってくれたの。ご恩をお返しはもうできないけど、せめて、追悼会でピアノを弾かせてもらえたら……」


涙を浮かべる妃緒莉の手を、陽菜がそっと握って微笑む。


「妃緒莉お姉ちゃん、ありがとう。お父さんもお母さんも、きっと喜んでるよ」

「……じゃあ、ピアノの練習してくるね」


妃緒莉は静かに仏壇の前へと歩を進めた。胸に押し寄せる深い想いが顔に影を落とし、閉じた目元には涙が滲んでいた。合掌し、そっと背を傾けて一礼すると、気持ちを整えるようにゆっくりと身を返し、式場の入口へ向かった。そして、受付に立つ桐哉へと声をかける。


「お父さん、ピアノのリハーサルに行ってきます」

「そうだな。追悼式典での演奏、頼んだぞ」

「はい」


そのとき、会場の外から静かに姿を現したのは実瀬だった。ふと、地元では見かけない制服をまとった妃緒莉の姿に目を留める。


(綺麗な方……あの制服、見たことない。陽太くんの従姉妹いとこかしら?)


視線に敏感な妃緒莉は、瞬時に実瀬の目線に気づく。視線が交わったのはほんの一瞬。実瀬はすぐに視線を逸らし、静かに会場の奥へと進んでいった。

アイドルの世界に疎い妃緒莉は、その後ろ姿を見送りながら、純粋な気持ちで想いを馳せる。


(あの人……まるで宝石のように、内側から輝いている)


そのまま、妃緒莉は何も言わずに会場を後にした。

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