第80話 襲来、失いた宝物
「間違いない……この反応はシャドマイラ。種類は……?」
M.P.ディバイスを装着した瞬間、低周波マップに紺色の雲のような反応がいくつも出現し、家の真上までもが覆われていた。
さらに、シャドマイラを示す赤いポイントが多数、10体以上が動いている。
陽太はディバイスの画面を操作し、種別情報を展開する。
「これって……井口さんが言ってたケンファクニードスか?いきなりこんなに大量に現れるなんて……」
住宅街の道沿い、壁の影から現れた3体のケンファクニードスが、音もなく駆けていく。
まるで獲物に狙いを定めた野獣のように、さらに速度を上げて迫ってくる。
赤点の軌道は三方向に分かれ、それぞれ時速50キロ以上のスピードで、まっすぐこの家、陽太たちの居場所を目指していた。
それを見た陽太は、ゾッとするような悪寒を覚え、目を見開いた。
「嘘……こっちにも向かってる?でも、なんで……?」
混乱する思考を振り払うように、陽太はすぐさまメッセージアプリを立ち上げ、救援要請を送信した。
夫婦の間には、言葉を失った沈黙が流れていた。お互い目を逸らし、空気は凍りついたまま。
そのとき、インターホンの呼び出し音が鳴り響いた。
廊下の方を振り向いた瑤妤が不安げに言う。
「……配達かしら?」
時刻はすでに午後9時半を過ぎていた。
辰昭は怪訝な顔を向けて応じる。
「いや、違うだろ。こんな時間に……配達ってには遅すぎる」
そう言って立ち上がり、リビングのモニター付きインターホンのもとへ向かう。
「まさか……瑤妤が来た?」
「だったら先に連絡が来るはずよ」
「……メッセージすら送ってないよ?」
インターホンの映像を起動すると、そこには――真っ赤な単眼を持つ、狐のような異形の生物が映し出されていた。
「な、なんだこいつ……化け物か……!?」
後ろから覗いた瑤妤は、思わず両手で口を覆った。
「辰っちゃん……あれ、なに!?」
「分からん!防犯ボールとテーザーウェブ銃を――!」
辰昭はテレビ棚の下の引き出しを開け、防犯グッズ一式を取り出す。
それは警察やUCBDによって一般家庭に配布された、シャドマイラ対策用の自衛武装だった。
防犯ボール数個とテーザー銃、そして丸型弾を取り出し、弾倉に装填、スライドを引いて構える。
そのとき、陽太が2階から飛び出し、廊下に響くような声で叫んだ。
「父さん!シャドマイラが襲って来てる!」
「くっ……すぐにUCBDに通報しろ!」
「もう通報済みだ!でも、もう戦うしかない!」
――ドガァン!!
玄関が破壊され、衝撃音が家中に響き渡る。
「お前は下に来るな!陽菜を守れ!」
陽菜は自室のドアを開け、廊下を覗き込んで訊ねる。
「兄ちゃん……今の音、なに……?すごく大きかったよ……」
「シャドマイラが来た。家が襲われてる」
顔面蒼白になった陽菜は、かすれるような声を漏らす。
「え……う、うそ……?」
「今は考えてる時間はない。俺が対応する。お前は下がってろ」
陽太は父の命令に従い、1階には降りず、陽菜を守ることを選んだ。
1階では、辰昭が玄関に這い寄るケンファクニードスに防犯ボールを投げつけていた。
ボールは床で炸裂し、刺激性の粉末と粘着性の液体が辺りに散布される。
コンコンオォーーッ!!
先頭の1体が悲鳴を上げ、怯んだように見えた。
その隙を突き、辰昭はテーザー銃を連射。網状に広がる弾が獣を貫く。
カシャン!!
リビングの掃き出し窓が突如として破壊され、別の個体が裏庭から侵入してきた。
「きゃああっ!辰っちゃん、助けてっ!!」
「化け物め……瑤妤に触るなッ!」
辰昭はすぐさまリビングに戻り、銃を構え、再び発砲。
バシュッ、バシュッ!
が、獣は軽快に身を翻し、かわしたかと思うと、残る2体が突入してくる。
1体は階段を駆け上がり、もう1体はリビングを這い回っていた。
「……辰っちゃん、こわい……!」
辰昭は冷静に銃を構え直し、追い詰められた妻に言う。
「俺がついてる。後ろに下がって!」
2人はリビングの壁際へとゆっくり後退していった。
2階では、ケンファクニードスが階段を這い上がってくるのを見た陽太が、陽菜の前に立ちふさがり、両腕を広げて言った。
「……陽菜は下がってろ。ここは俺が守る」
「でも、兄ちゃん……こんなの、本当に倒せるの……?」
「……大丈夫。あんなビル級のシャドマイラを倒した僕だ。目の前のこいつなんか、怖くない」
陽太は体勢を低くし、睨み据える。敵のコアが、体内のどこにあるかを正確に見極めていた。
咄嗟に飛び出した尾を、陽太は素手の右手で受け止めた。
拳が高温を発し、オレンジ色の輝きを放つ。
焼けた尾が瞬時に炭化し、へし折られる。
敵は悲鳴を上げ、続けて突進してくる。
しかし、陽太の目にはすでにその動きがスローモーションのように見えていた。
「出ていけ、我が家からッ!!」
陽太の拳が敵の首元に突き刺さり、そのまま2階廊下の行き止まり所の壁を突き破り、壁に激突して倒れ込んだ個体は立ち上がることすらできない。
陽太はすぐにプラズマボールを作り出し、右手でそれを一直線に投げ放つ。
――ズドォン!!
直撃を受けたシャドマイラの核が焼き尽くされ、爆発と共に霧散した。
陽菜がそっと目を開けると、ケンファクニードスが壁に叩きつけられて動かなくなっていた。
陽太の戦う姿はよく見えなかったが、最後に放ったプラズマボールが直撃し、敵を確実に仕留めたことだけははっきりと分かった。
「……お兄ちゃん、今の……シャドマイラ、倒せたの?」
「ああ。倒したよ」
陽菜は小さく頷いたあと、少し震えた声で言った。
「じゃあ……父さんと母さんを助けに行って。私はもう大丈夫だから、早く……お願い」
「うん……」
陽太は階段の下を見下ろし、一階に向かって声を張る。
「父さん!母さん!無事か!?」
だが返事はなかった。対峙する音すら聞こえない――あまりに静かすぎる。
彼の感覚によって感じられていた二人のエネルギー反応も、今は完全に消えている。
不吉な予感を抱えながら、陽太はゆっくりと階段を下りていった。
陽菜も彼のTシャツの裾をぎゅっと掴み、黙って後ろにぴったりとついてくる。
一階の廊下は、戦いの痕跡でめちゃくちゃになっていた。
砕けた壁、ひしゃげた家具、散らばる破片と異臭――まるで嵐が通り過ぎたあとのようだった。
「お兄ちゃん……父さんと母さんは……?」
陽菜が震える声で訊ねる。
「……わからない」
廊下を進んでも、残る二体のケンファクニードスの姿はどこにもなかった。
その代わり、リビングに足を踏み入れた瞬間、二人は言葉を失った。
そこには、辰昭と瑤妤が並んで倒れていた。
両手を地面についたまま、動かない。
腹部には何か鋭いものに貫かれた痕があり、辺り一面が血で染まっていた。
赤黒い血だまりが、床を覆い尽くす、まるで地獄絵図だった。
「いやぁ……っ!!」
陽菜が絶叫する。
陽太も、目の前の光景に言葉を失った。
心臓を突き刺されるような衝撃が胸を貫き、表情が凍りついたまま、ただ両親の亡骸を見つめていた。
怖くて直視できない陽菜は、陽太の胸元に顔をうずめる。
空気が止まったように感じた。
何も言えない。何もできない。
陽太は、泣きじゃくる妹をただ強く、抱きしめることしかできなかった。
その5分後、瑠衣が率いるUCBDの重装特務隊員3名が、ようやく家に到着した。
*
灰色の雲が重く垂れ込める空の下、赤城山研究所、科援隊の事務室。
そこでは、瑤妤がいつものように机に向かい、残業の手を止めずに研究レポートをまとめていた。
そのとき、机の上に置かれたディバイスが突然振動し、着信音が鳴った。
画面に浮かび上がった発信者名――《陽太》。
「……どうしたの、陽太?こんな時間に?」
通話に出た瑤妤の耳に届いたのは、低く震えるような、今にも崩れそうな陽太の声だった。
「瑤妤姉さん……父さんと……母さんが、亡くなった……」
息を呑んだ瑤妤は、ディバイスを握る手が止まる。
目を見開き、思わず声を荒げてしまう。
「えっ……どういうこと!?」
その瞬間、研究所の窓の外で、鋭く雷鳴が轟き、嵐のような雨が激しく降り始めた。




