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第74話 虎本道場 ⑥

後ろをついて歩いていた心桜は、どこか寂しげな表情を浮かべていた。

その様子に気づいた陽菜は、いつもの明るさを抑えた、真摯で優しい口調で声をかけた。


「黒川さん、余計なお世話かもしれませんけど……松原さんのこと、少しだけ見てあげてくれませんか?」


「君は……日野くんの?」


「妹です」


咄嗟に前に立ち止まった陽太が、困ったように苦笑しながら言った。


「先輩、ご迷惑をかけてしまってすみません……」


「陽菜、あんまり他人のことに口出ししないほうがいいよ」


「でも、かわいそうでしょ。お二人はパートナーなんだし、だったら、もっと気にかけてあげてほしいの」


目を伏せて少し考え込んだ銀士ぎんじは、静かに問いかけるように言った。


「なるほど……だが理解に苦しむ。彼女が優れた結果を出せると分かっているのに、なぜ見る必要がある?信頼とは結果に裏打ちされたものではないのか?」


「信頼って、結果だけじゃなくて……過程を共にすることだと思います」


「わざわざ相手に合わせて何かをするメリットがあるか?戦場でリスクを抱えるだけでは?」


まるで他人事のように冷たい言葉だった。パートナーでありながらも、心桜への接し方はよそよそしく、思いを一方的に遮断しているようだった。


それを見た陽菜は、静かに言葉を紡ぐ。


「でも、松原さんは、黒川さんと一緒に戦ってるんパートナーですよね?だったら、チャレンジを一回だけでも見てあげることが、何かの支えになるかもしれません。そうすれば、これからの戦いも、もっと強くなれるかもしれませんよ」


そのまっすぐな言葉に銀士は一瞬だけ考え込み、やがて心桜に目を向けた。


「俺が見るだけでいいのか?」


心桜は潤んだ瞳で頷く。


「……うん。銀ちゃんに、見ててほしいの」


「……なら、やってこい」


心桜は空いていた訓練用レールへと立った。


選んだのはマスター級のプログラム。高難度のコースだ。

彼女の右腕が変形し、銃口が静かに伸びる。

照準ボードにはランダムに赤いターゲットポイントが点灯。3秒ごとに切り替わるそれを、次々と正確に撃ち抜いていく。

瞬きひとつせず、瞳はひたすら光を追う。

サイレンサー付きの銃口から放たれる弾丸は、軽い音を立てて的に命中していった。


――プシュッ。プシュッ。プシュッ。


五分後、チャレンジが終了すると、画面には結果が表示された。

命中率:98.89%。評価:AA。

それを見た陽太と陽菜は、驚きと感心の入り混じった声を上げた。


「すごい……」と陽太が呟き、

「うわぁ〜!心桜ちゃん、ほんとすごい!」と陽菜は無邪気に拍手を送った。


その一方で、銀士は無表情のまま問う。


「ココロ……どこか壊れてないか?」

「え……壊れてないよ。どこも異常なし」

「だが、君なら100%命中できるはず。3つ、9つ、19つ、26つのターゲットが微妙に外れた。反応速度が平均より0.023秒遅れていた。それは故障の前兆ではないか?」


厳しい口調に、心桜は肩をすくめて笑った。


「ううん、それはたぶん……モチベーションの問題かな?」


にこりと笑って答えたその表情は、明らかにわざとの失敗だった。もっと彼に見てほしい。気にかけてほしい、そんな女心が透けて見えた。


陽菜が不思議そうに首をかしげる。


「全部当たったように見えたのに……どうして100%じゃないの?」


「目には見えなくても、弾の中心がほんの少し外れていたんだ。正確には命中と見なされない」


陽太が補足するように答えた。


「ゲームじゃないんだよ。命中率の精度が、プロには厳しく求められてるから」


「なるほどね、異能者って大変だね……」


心桜の笑顔を見て、銀士は静かに呟いた。


「……俺が大事な話をしているとき、なぜお前はそんな顔をする……?」


「銀ちゃんが見てくれて、嬉しかったから。銀ちゃんが言ったことが分かるよ、でも、心桜はそう簡単に壊れないから」


「……お前が今まで、そんな顔を見せたことはなかった……けれど、脳波と心拍は確かに“喜楽”の範囲に入っていた。これは……」


理解できない感情に、銀士の声がわずかに戸惑いを帯びていた。

陽菜は笑顔で言葉を添える。


「黒川さん、それが“絆”っていうものですよ。心で繋がるって、そういうことです」


「……絆は、信頼の証。それだけのことで、感情に影響するものなのか……」


その時、心桜がふわりと声を掛けた。


「ごめんなさいね、私たちのせいで休憩時間が伸びちゃって。銀ちゃん、お昼行こ?」


「もしよかったら、私もご一緒してもいいかしら?」


大人しくて細い女声を聞いたら、陽太に陽菜が彼方に振り迎え、陽菜はその人に声を掛ける。


「綺麗着物を着ているお姉さん」


静かな声が空気に溶けるように響いた。全員が振り向くと、そこには羽織をまとい、長くまっすぐな白髪を垂らした少女が立っていた。

目を閉じたまま、ほんのり甘い香りを漂わせて、柔らかく微笑んでいる。


「わたし、ただの十七歳よ?」


陽太は彼女に声を応じる。


「紅先輩、お疲れ様です」


「目の細い、泥棒猫が来たか……」


 心桜の皮肉交じりの突っ込みは、まるで風のない湖に石を投げ込んだかのように、すぐに波紋も消える静けさで返された。


「心ちゃん、ご機嫌で何よりよ」


そう微笑んだのは、白い羽織に身を包み、長く艶やかな銀髪を垂らした和装の少女――紅 糸世(くれない いとせ)。目を閉じたまま話す彼女は、どこか現実離れした雰囲気を纏っている。人間とは思えぬ感覚器官を宿す彼女の正体に、気づいている者はごくわずか。道場でも、その秘密を知るのはおそらく師範の桐哉だけだろう。


「脈拍が異常なほど静か……やっぱり、気が合わないわね」


銀士が静かに声をかける。


「紅、お前は普段、昼食は摂らないはずだろ?」


「ええ。でも、ほかほかと明るいものがあると、つい引き寄せられちゃうのよ。普段はあまり食べないけれど、甘いものなら楽しめるから」


「甘いものは……食べ物ではないのか?」


「銀ちゃん、スイーツは女の子にとっては別腹っていうのよ」


「またよくわからないことを……」


「黒川先輩、良かったら紅先輩もご一緒してもいいですか?」


「……構わない。『《《ほかほかと明るいもの》》』って……そういうことか」


 それを言った銀士は再び陽太を見て、その意味が納得そうに頷いた。

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