表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/153

第73話 虎本道場 ⑤

「黒川さん、やっぱり腕前が素晴らしいですね」


 妃緒莉が声をかけたのは、少年・黒川銀士くろがわ ぎんじ。道場に通い始めてわずか一年でA級と鑑定され、黒腕章へと昇格した実力者のひとり。寡黙な微笑を絶やさず、感情の起伏も少ない彼の声は頼もしくも冷たく、どこか人間としてのピースが欠けているようだった。


「本格的な戦場を幾度も経験した自分にとっては、こうしたパターン化されたシミュレーション訓練は、やや物足りない部分があります」


驚いた様子で、妃緒莉が口元に手を当てて尋ねる。


「こんなに多彩な攻撃パターンを……すべて覚えているんですか?」


「はい。この剣術訓練プログラムには、全5000種のパターンがあります。出題は一見ランダムに見えますが、実際には一定の法則があります。それを10パターン目までに見極めれば、残りの攻撃はすべて予測できます」


「……それはすごい。お父さんにパターンデータの更新を頼んでおきますね」


銀士は視線を逸らし、無愛想な面を見合わせて静かに答える。


「恐縮です。私のためにわざわざ更新していただくのは、設備への追加投資となるでしょう。それは虎本コーチに対して、少々申し訳ないです」


妃緒莉はあたたかく微笑んだ。


「遠慮しなくていいんですよ。お父さんは、教え子たちのための投資は、すべて未来の平和に繋がる意義あることだと常に言ってます。黒川さんが初めてこのシミュレーターを使ったとき、楽しそうに笑っていた顔、今でも覚えていますよ。まるで、おもちゃで遊ぶ子供のようでした」


銀士は僅かに視線を落とし、相変わらず控えめな笑みを浮かべながら言う。


「そのようなことを覚えておられるとは……面目ありません。自分は、もう子供ではありませんから」


「黒川さん、人間なんですから、感情を見せるのは恥ずかしいことじゃありませんよ」


一瞬だけ笑みを失い、銀士はしっかりとした首を少しうなだれさせて呟く。


「……そうですか。ですが、自分はどんな顔をすればいいのか、よく分からないんです。戸惑います」


「焦らなくていいと思います。迷っても大丈夫、ゆっくりでいいんですよ」


「そこまでだよ」


ふいに割り込んできたのは、松原心桜まつはらこころだった。二人の間に立ち、小柄な体で銀士を庇うように両手を広げる。


「虎本さん、その言い方、銀ちゃんを余計に混乱させてない?」


「松原さん……私はただ、黒川さんに少しでも役立てればと思って……」


「コーチ代理とはいえ、本来の指導者じゃないのに、その立場を不純異性交遊関係を築こうとするのは、正直よくないと思います」


その言葉に、妃緒莉は顔を真っ赤にして、怯えたように言う。


「不純異性交遊なんて、違います……そんなつもりじゃ……」


場の空気が急に重くなり、妃緒莉は銀士の方へ視線を向け、申し訳なさそうに頭を下げた。


「黒川さん……もし気分を害してしまったなら、本当にごめんなさい。これで失礼します」

そう言って、妃緒莉はそっと背を向け、静かに去っていった。


「心桜、お前……今のはちょっと言いすぎじゃないか?」

「私はただ、銀ちゃんの気を乱す原因を取り除いただけだよ」

「でも、どうして彼女が逃げるように去っていったんだ?」

「そりゃあ、悪いことがバレたから、逃げたんでしょ?」

「彼女、何も悪いことしてなかったよな?むしろ好意でアドバイスしてただけじゃないか?」

「そんな細かいこと、どうでもいいの」


銀士はその言い合いを聞きながら、無言のまま視線をそらした。


* 


約70球を投げ終えた陽太が、レール式の訓練設備から降りてきた。ナックルカーブの投球感覚が掴め、両手で小さくガッツポーズを作る。

「……これなら、いける」


――力やスピードに頼りすぎてたんだ。力を抜けば、もっと狙いやすくなる……

陽菜が駆け寄ってくる。


「お兄ちゃん、稽古終わった?」


「午前の部はね。でも僕が選んだのプランは午後にも稽古があるから、一度休憩して、昼飯食べたらまた戻るよ」


「近くにおすすめのお店ある?」


「和食の定食屋もあるし、隣のホームセンターの中には洋食屋やフードコートもある」


「じゃあ、見回ってから決めようかな。お腹ペコペコだし!」


近くにいた心桜が銀士の腕を取り、うるんだ瞳でお願いする。


「銀ちゃん、私の射撃シミュレーションの挑戦、観てくれなかったの?」

「結果は分かってる。観る必要はない」


熱心な心桜に対し、銀士は冷たく突き放した。

それを聞いていた陽菜が思わずつぶやく。


「……うわ〜、それはショックだね〜」


二人の会話を聞きながら、陽菜は複雑な表情を浮かべた。


「黒川先輩、何かあったのかな……」

「三角関係ってやつ?ちょっとドロドロしてそうだけど……微妙な空気だね」


妹の比喩表現に苦笑しつつ、陽太は首をかしげる。


「そうなのか……」

二人の関係に疎い陽太は、銀士の方を見てつぶやいた。


「今日は松原さんも来てたんだな」

「お兄ちゃん、あの二人のこと知ってたの?」

「うーん、あまり。黒川先輩が来てる時、彼女が外からよく見てるのは知ってたけど、あまり道場の外では話してないしな」

「でも、松原さんって可愛い子だったよ。黒川さんのこと、すごく気にしてたみたい」

「さすが陽菜、もう友達できたのか?」

「ちょっとだけね。でも……あの二人、きっと何かあるよ。深い事情とか」

「虎本コーチも言ってたよ。この道場に来る人は、みんな何かしら悩みを抱えてるって。黒川先輩は、改人サイボーグで、実戦経験も豊富だから」


そのとき、銀士が静かに陽太の方へ歩み寄る。


「日野くん。君の訓練、終わったのか?」


陽太は顔を銀士に振り迎え、軽くお辞儀で応じる。


「はい、ちょうど今終わりました。お疲れ様です」

「一緒に昼を食べに行かないか?」

「はい、ぜひご一緒したいです」

「なら、場所は君が決めてくれ」

「僕が……いいんですか?」

「ああ。俺は食にこだわらない。腹が満たされれば、それで十分だ」

「分かりました!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ