第67話 水精霊の子 ②
「え……もしかして、最近ニュースになってる……化け物の連続殺人事件?」
周囲に気を配りながら、陽太はそっと尋ねる。
店内の客はまばらで、カウンターの奥に店主らしき老人がグラスを拭いている以外、近くには誰もいなかった。
「お前も知っているなら話が早い。今回の事件の犯人は、おそらく、シャドマイラの仕業だ」
「どうしてそう思うんですか?」
「調べたんだよ」
そう言って瀧生は青いディバイスを取り出し、あるアプリを起動する。画面には、まるで天気予報の雨雲レーダーのようなインターフェースが表示され、数分ごとに変化するマップが映し出されていた。
「これは……?」
「エネルギーレーダーだ。《《シャドマイラは低周波発生領域にしか姿を現さない。》》これまで起きた9件の被害現場その全てで、事件直前に低周波エネルギーが観測されていた。ほら、これを見ろ」
瀧生は保存されたデータを表示する。拡大された1/50メートルスケールの地図に、血のように赤い雲の輪郭が浮かび、その中心には紫色の反応が映っている。最初の事件現場・秦野市を皮切りに、全ての発生地点に同じ反応が記録されていた。
「偶然じゃ済まされないよな。これだけ証拠が揃えば、UCBDの連中だって気づいているはずだ」
そう言いながら、瀧生は異形生物のデータベースアプリを開き、しおりを付けたページをホログラムで映し出した。
「ケンファクニードス。こいつが正体だ」
映像に現れたのは、狐のような顔つきに、カンガルーのような体躯を持つ生物だった。陽太は思わず声を漏らす。
「なんだか……狐みたいですね」
「ああ、目が一つしかない、狐と袋ネズミを掛け合わせたような姿だ。俊敏で、細長い針状の尻尾を持っている。厄介なのは、食った相手の“声”を模倣できる能力だ。油断させて、近寄ったところを襲う。それに、捕食したらすぐに姿を消す。狡猾で、手強い相手さ」
「それだけの能力を持っているなら、確かに厄介ですね。井口さんは、これを退治したことがあるんですか?」
「ああ、一度だけな。こいつを仕留めるには、獲物を襲う瞬間を狙うしかない。タイミングがすべてだ」
「なるほど……見た目より、ずっと恐ろしい生き物なんですね」
「それだけじゃない。こいつが狙うのは“何かと別れようとしている人間”なんだ。別れた恋人同士、転校を控えた生徒、離婚を目前にした夫婦……そういう“離別”の気配に引き寄せられる傾向がある」
「“別れ”がキーワードですか……なるほど、それだと意味の幅はかなり広いですね」
「お前、何か心当たりでもあるのか?」
「はい。実は、これまでの9件の中に、うちの学校の生徒も被害に遭っているんです。プラモデル部の井上先輩が襲われました。きっかけは……たぶん、制作したプラモデルを、依頼主に渡しに行ったそのタイミングだったと思います」
「……そうか。その一人が、あんたの学校の生徒だったとはな。気の毒に……」
瀧生はわずかに表情を曇らせながらも、すぐに話題を切り替えた。
「それでな、さっき見せたエネルギーレーダーのほかに、シャドマイラの追跡に特化した専用アプリもある。これはプロ仕様だけど、お前も入れておけ。いざという時、きっと役に立つ」
瀧生の言葉に、陽太は一瞬迷った。本来なら、事件現場への接近は禁止されている。師範と両親からも、力を制御できるまでは実戦への関与を避けるようにと言われていた。
「……そうですね。でも、やっぱりこういう事件は、プロの人たちに任せた方がいいんじゃないかと」
「お前、何のために力を鍛えているんだ?人を守るためだろ?今、誰かが命を落としているかもしれない。使わないで、いつ使うつもりだ?」
その言葉は重く、陽太の胸に突き刺さった。彼なりに慎重に動く理由がある。しかし、瀧生の正義感と信念にも心を揺さぶられる。
父・辰昭が言っていた。『ひとりで突っ走るな。信じられる仲間と力を合わせろ』と。今ここで、陽太にとって人脈を広げるのは、将来への一歩でもある。
少し逡巡したのち、陽太はゆっくりと口を開いた。
「……分かりました。直接戦うのはまだ無理ですが、情報の提供ならできる範囲で協力します」
瀧生はふっと笑って肩をすくめた。
「お前、意外と理屈っぽいな。まあ、最初はそれでもいいさ。だけどな――」
彼は真剣な表情で言葉を続けた。
「現場じゃ、“迷い”が命取りだ。中途半端な覚悟じゃ、何も守れないぜ」
「……肝に銘じます。ありがとうございます」
「じゃあ、連絡手段を確保しようぜ」
陽太はディバイスを取り出し、友だち登録用のキューブ型コードをホログラムで表示する。瀧生がそれを読み取ると、すぐに登録完了の通知が表示された。
「よし、これでいつでも連絡が取れるな。よろしく頼むぜ!」
「はい、こちらこそ、よろしくお願いします」
アカウント情報を交換し、エネルギーレイダーアプリもダウンロードした。軽く挨拶を交わすと、ふたりは喫茶店を後にし、それぞれの帰路についた。




