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第66話 水精霊の子 ①

観測時間が制限されたため、陽太はいつもより早く学校を後にした。


どこにも寄り道せず、真っ直ぐ帰宅しようと通学路を歩いていると、T字路に差しかかったところで、右から歩いてきた少年が陽太の姿を見つけて足を止めた。


「おーい、お前、陵星りょうせいの……あの時の!」


背後から声をかけられ、陽太は聞き覚えのある荒っぽい声に眉を動かした。

確かに誰かのエネルギー反応が近づいてきている。しかし、陽太はそのまま無視して歩を進める。


「名前なんだっけ……そうだ、日野だろ!」


相手は陽太の前に回り込むようにして歩み寄ってきた。


顔を見て、陽太はようやく思い出す。


「あなたは……井口さん?」


茶髪に赤みの混じったショートヘア。その左側頭部には、かすかに手術痕のような線が残っていた。天城学園ジャスティスキーパー、井口瀧生いくちたきお


「そうだ、よく覚えていたな。ちょっと話がしたくてさ。今、時間あるか?」


「ええ、特に予定はありませんけど……」


「それなら決まりだ。ちょっと喫茶店でもどうだ?」


内心、あまり気が進まないものの、現場で活動する異能者の先輩の話を聞ける機会とあって、陽太はその誘いを受けることにした。


ふたりが向かったのは、住宅街から少し離れた場所にある個人経営の喫茶店だった。

店内はレトロな和モダン調で、重厚な木製家具と深い茶色のカウチが並び、照明も落ち着いた雰囲気。彼らはカウンターから離れた隅の席に腰を下ろす。

瀧生はアイスカフェオレを、陽太はアイスコーヒーを注文した。


「で、お前……あの事件のあと、検査を受けたって聞いたけど、どうだ?訓練ばっかりか?」


「はい。実績はまだ何も……ずっと訓練ばかりです」


「そちらの高校のジャスティスキーパーの方に声を掛けたか?」


 つい先に、部活の制限通告を言ってきたチェスターと来未のことを思い出すと、陽太は頷いた。


「うん、一応……詳しく話は全くないでが……」


「そうか、それで、お前のランクは?俺はBマイナスだけど」


「Dです」


瀧生は眉を上げる。


「おいおい、あのナイフを溶かしたやつがDって、ちょっと信じられねぇな」


「素質評価はA++でしたけど、制御評価がEなので……」


「なるほどな。つまり人に“使いこなせればヤバい”ってやつか」


そう言いながら、瀧生はふと目を逸らし、何か思案しているように低く呟く。


「……なあ、ちょっと俺の話、聞いてくれるか?」


「ええ、井口さんの話なら」


「俺の力、水を操る能力なんだけどさ。なんで俺がそれを持っていると思う?」


「何か由来があるんですか?」


「俺、人間と水精霊のハーフなんだ」


「水精霊……?」


「俺の親父が言うにはな、俺は赤ん坊のとき、湖のほとりで拾われたらしい」


「どうして精霊ってわかるんですか?」


「UCBDで遺伝子検査してもらった。結果、母親は『氷澪族ひょうりょう』――人魚ティーネ族の一種だってさ」


「アイドルではなく、人魚って、本当にいるんですね……」


陽太は驚いたように目を丸くする。


「まぁ俺も半信半疑だったけどさ。でもな、水中での息がめちゃくちゃ長いし……なんか納得しちまったよ」


「その力、いつ覚醒したんですか?」


「10歳のとき。小学校のキャンプで、スズメバチに襲われてさ。そんとき、水のレイザーが使えるようになった」


「井口さんは水を触ったら人魚に変身できますか?」


「できない。でも数時間に深い水底に数時間無呼吸でも生きる、手足指にしわしわが出ない」


「そうなんでか」


「それと」


そう語る瀧生は、グラスの中のカフェオレを指先でふわりと操作し、一口分だけを球体にして宙に浮かせた。それをまるで無重力の宇宙飛行士のように、パクっと口に入れる。


「……つまり、水気のあるものなら何でも操れるってことですか?すごいですね」


「さて、次はお前の番だ」


「僕の……?」


「聞いたんだから、今度はお前が話せ。どうやって『超人』の力を覚えた?」


陽太は少し考えた後、口を開いた。


「僕は普通の家庭に育ちました。父は元プロ野球選手ですけど……」


「マジか!まさか辰っちゃんって、あの辰昭選手のことか?!」


「顔は母に似ていますから、よく言われます」


「いや、眉とか輪郭、言われてみりゃ似ているな」


「そうですか?」


陽太は苦笑する。


「で、力の覚醒は?」


「シャドマイラの襲撃事件で……巻き込まれて、一度死にかけました。そのとき、UCBDが放ったプラズマ集束砲に巻き込まれて……目が覚めたら、力が……」


「なるほどな。人為的なトリガータイプか。そりゃ大変だったな」


「……はい」


瀧生は興味深そうに頷き、話を続けた。


「お前さ……自分の血筋に、もっとすごい秘密があるかもしれないぞ」


「えっ?」


「だってよ、普通ならあんなもん食らったら、跡形もなく吹っ飛ぶ。けど、お前は生きている。ってことは、《《先祖に何か特別な力を持っていた奴がいるってことだ》》」


瀧生は陽太の肩をポンと叩いて笑う。


「いいじゃねえか。気に入った!俺とコンビ組まないか?」


「コンビって……僕はまだ戦ったこともないし、自分の力も制御できてなくて……」


「だったらなおさらだ。現場で積まなきゃ意味ない。修行だけしてても、実戦で通用するかは別問題だぜ?」


瀧生の理屈は陽太にも分かっていた。しかし、それでも心のどこかに自分の力が暴走するかもしれないという不安がつきまとう。


「でも……僕の技、まだ未完成で……」


「対人じゃない案件なら問題ない。今俺が追っているやつ、相手は人間じゃないし」

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