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第65話 うまく行きそう日々中 ②

 陽太が部室に入ると、仮眠をとっている沙也加、腕を組み椅子に胡座をかき、眉をひそめて難題を思案している冴姫さき、そして髪を赤く染めたベリーショートの男子生徒――井上雄星いのうえゆうせいの3人がいた。

机に寄って座っていた雄星が、明るく声をかけてくる。


「おう、来たな、日野くん!」


「井上先輩、豊城先輩、こんにちは」


雄星は、近所の小学生たちに天文の面白さを教える活動をしている2年生の先輩だ。


「風沢くんは?」


「今日は自由観測で、女子野球部のところに行ったみたいです」


「へぇ〜、やる気満々だな。あいつの観測テーマ、本当に面白いよな。この陵星でオリジナル星座を作るってさ、ユニークだし話題性もある。手作りプラネタリウムって、結局どこも似たような星空になるじゃん?……よし、俺も協力しに行こうかな。ついでに、別の部の可愛い子と仲良くなれるチャンスもあるかもだし?」


そんな軽口に、冴姫が目を見開いてピシャリと言った。


「あんたは絶・対ダメ!そんな色男が行ったら、天文部が災難に見舞われるわよ!」


「えー、俺、本気で手伝いたいだけなのに〜」


とぼける雄星だったが、冴姫の返しは容赦ない。


「この前も小学校の先生にフラれたじゃないの。今度は別のターゲットってことでしょ?」


「いやいや、俺の真面目なところを見せたかっただけなのに……ショック……」


仮泣きのように嘆き、わざとらしい変顔をする雄星。


「やめなさい、その顔。あんたが同行したら、セクハラで廃部になるかもでしょ!」


「だって、うちの天文部って、可愛い子いないじゃん」


「それ、あんたのせいで幽霊部員になった後輩が戻ってこないのよ!ちょっとは反省しなさい!」


両手を上げて降参のポーズを取りながら、雄星はため息をつく。


「でもさ、不思議じゃない?あの慎重な水泳部やテニス部、新体操部まで風沢の訪問をあっさり受け入れてるなんて」


「それ、きっと思凛ことり先輩の協力でしょう?」


陽太は話題を相槌した。


「彼女ね……それでも謎が多いよな」


その話に、陽太も興味を示す。


「どうしてですか?」


「実際、彼女の名前を二年生にも三年生にも聞いたけど、該当する生徒はいなかったんだ」


冴姫は軽く肩をすくめて言う。


「今の時代、異能者がどこにいてもおかしくないし。もしかして、どこかの生徒のドッペルゲンガーか分身体かもね?」


「それなら本人に会ってみたいな〜。あんな美人で神秘的な子と、二人っきりで話してみたいよ」


 雄星はその発言に苦笑い。明らかに下心が滲んでいるのに、本人は気づいていない。冴姫は大きくため息をつきながら呆れたように言った。


「はぁ〜……でもいいなあ、異能者って。羨ましいよね?」


「先輩は、なぜそう思うんですか?」


「だって、空を飛べたら、マシンや船艦なしで海外行けるじゃん。ハワイとかさ〜」


――豊城先輩、ハワイの夢、まだ諦めてなかったんだ……


夢想家な彼女にどう答えたらいいか分からず、陽太は苦笑いを浮かべた。


「またそんな妄想して……。はっきり言うけど、そのために観測キャンプの寄付金集めを強要されるのはごめんだね」


期待を持ったない目付きで雄星を見詰める冴姫。


「本当に夢がない奴ねぇ」


「いや、俺にも夢はある。満天の星空の下で、可愛い彼女と過ごして……そして童貞卒業!」


「うわ……最低、この天文部の恥知らず野郎」


冴姫は顔をそむけて吐き捨てた。


「でも、俺の夢のほうが実現する可能性あるよ?このハンサムフェイス、商店街の主婦たちもイチコロだし、俺は星の王子様だ!」


「出た……自称星の王子。それを自分で言った時点で、もうアウトでしょ」


「なっ……なんだと!? 商店街のお姉さんたちからはちゃんと褒められてるんだぞ、この俺が!」


 むきになる雄星に、冴姫は手で口元を押さえて吹き出した。


「ぷっ……それ、きっと販促のための営業スマイルってやつじゃない?」


「何だと!?」


 売り言葉に買い言葉。言い合いになりそうな空気を察して、仮眠から目を覚ました沙也加が、両手を胸元でそっと組み、ふわりとした声で割り込んだ。


「せっかくみんな集まってるんだし、もっと天文の話をしようよ〜ねぇ?」


すると、雄星が思い出したように指を鳴らした。


「そうだ、最近ならケノシス彗星の観測がそろそろじゃないか?この夏、最大の天文イベントだよ!」


「ケノシス……ですか?」


陽太が呟くと、冴姫が懐疑的な表情を浮かべて反応する。


「彗星って、結局でっかい隕石でしょ?数年おきに現れるし、特別感ないじゃん」


沙也加は微笑みながら反論する。


「そうとは限らないよ。彗星が地球に水や生命の種を運んだって仮説もあるの」


「ふーん……でも、生命の種をもっと言うと、ばい菌みたいなものでしょ?考えだけでワクワクしないよね」


陽太はディバイスを操作して、宇宙望遠鏡のデータを表示する。


「先輩、ケノシス彗星は、5386年周期の長周期彗星です。つまり、一生に一度しか見られません」


画面には、白く輝く頭部に、数千万キロに及ぶ青緑の尾を引いた彗星の写真が映っていた。


「わぁ〜……綺麗、これはケノシスか?」


冴姫は感動したように見惚れ、思わず呟いた。


そのとき、部室の扉が開いた。


「活動中、失礼します」


 ブロンズの髪に自然の金が添えるを流し、制服ジャケット第二番以外のボタンを外した洒落た男子。彼はジャスティスキーパー委員長チェスター・奥井・エリオットが立っていた。その後ろには、サイトポニーテールを揺れる、小柄な女子生徒・直江来未の姿がある。


「君は……2年D組のエリオットくんだよな?」


冴姫は疫病神を見たような顔を浮いて小さく呻いた。


「うわ……また厄介なのが来た……」


エリオットはにこやかに微笑む。


「そんな言い方は寂しいなぁ。今日は通達があって来ただけですよ」


来未が一歩前に出て言った。


「本日より、部活の夜間活動は禁止となりました。先生方とUCBD(クーリーバ)の協議で決定した内容です」


天文部のメンバーは一同が驚いた顔をする。

雄星が尋ね掛ける。


「なんでだよ?」


意外な質問に、一瞬きょとんとした少女は、差し出した人差し指で頬に触れ、首を小さく傾げる。


「……ニュース、見てなかったの?」


そんな彼女に、チェスターがやや控えめに助言を入れる。


「来未、情報を見逃した人もいるかもしれないよ」


「……仕方ないなぁ」


そう言った来未は苦笑を浮かべながら指を下ろし、わかりやすく説明を始めた。


「近隣で、正体不明の化け物による連続事件が起きています。安全が確保されるまで、夜間18時以降の活動は禁止になります」


 来未は、黒と白がくっきりと分かれた細い眉に、人形のように整った顔立ちをしていた。その可憐な印象とは裏腹に、彼女は情報を理路整然と、わかりやすく説明する話し上手だった。


 観測の場所に関係なく、夜間活動が全面的に禁止された。それを知った天文部の面々は、肩を落とす。


冴姫はため息をつきながらぼやく。


「はぁ……めんどくさいことになったわ」


「通告って言われたら、仕方ないよね~」


沙也加は頬杖をついたまま、眉を軽くひそめてうなずいた。


「その通達、いつまで続くんですか?」


雄星が問いかけると、来未は小さな肩をすくめて答えた。


「私にも分からないけど、事件が落ち着くまでは、って話だったよ」


「ってことは……期末テストまで、部活は全部中止か?」


「たぶんね。とにかく、気をつけて行動してね」


そのとき、不意に陽太の頭に電流が走るような感覚が走り、誰かの声が脳内に響いた。


(君のこと、知っていますよ、日野陽太さん)


思わずきょろきょろと辺りを見回す陽太。


(テレパシーで話しているのは僕、チェスターです)


陽太が視線をチェスターに向けると、彼はにこやかに微笑んでいた。敵意のない、親しみやすい笑みだ。

声を出せば自分が異能者であることがバレてしまう。目立ちたくない陽太は、静かに頷いて応えた。


(ようこそ、異能者の世界へ。今日はご挨拶だけ。また近いうちに、どこかでお話ししましょう)


「……はい、分かりました」


陽太が返事をすると、チェスターは満足げに頷き、来未に視線を向けた。


「では、通達は以上です。来未、次の部へ行こうか」


その時、小柄な来未が腰に手を当てながら、勢いよく言った。


「チェスターくん、もっと気合い入れなさいよ!そんな背中じゃ、悪者に舐められるわよ!」


「はは、いい人たち相手には肩肘張らなくてもいいでしょ?」


そんな軽いやりとりを交わしながら、ふたりは天文部の部室を後にした。


扉が閉まると、部室には重い空気が残った。

雄星が深いため息をつく。


「はぁ……ショックだよな。せっかく彗星がよく見える時期なのに……」

「雄星くん、残念だけど、安全第一だよ」


沙也加もまた、残念そうに言いながらも、部長として冷静な対応を見せる。


「でも、まだ希望はあるよ。夏休みまでに、また観測できるチャンスが来るはず」


陽太がディバイスを操作しながら言う。


「最も観測に適しているのは、期末テストが終わったあたりから、夏休みの初めくらいですね」


「うん、それくらいでまた見られれば十分かな」


「でも……怪物が退治されなかったら、ずっと観測できなくなるよな。あーあ、誰かその化け物を早く倒してくれないかな~!」


冴姫は天井を見上げ、胸の前で手を合わせて、まるで空に祈るように呟いた。

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