第63話 見えない高い所に
昼頃のネオ東京郡、上空。七層に重なる航路には多数のマシンが行き交い、高層ビルの谷間を縫うように飛び交っている。都市の空は、今日も変わらぬ喧騒とスピードに満ちていた。
その上空、港エリアから約500メートルの高さに浮かぶ人工島には、複数の重要機関が集約されている。中でも、ひときわ目を引くのは、UCBDヒイズル州本部。三本の円柱型タワーが中央の連絡階層で繋がれたその建物は、防風・防雹・防衝撃に対応する強化構造で築かれており、陽光を反射する窓面がきらめいている。
その本部の最上層にある部長室。半径20メートルはありそうな広さに柱は一本もなく、中央に置かれた一つのデスクと椅子。四方の壁は全面ガラス張りで、外周は環状の回廊に囲まれている。まさに、部長専用の特別区画だ。
瑤妤はその部屋に姿を見せていた。
デスクの向こうに座っていたのは、UCBDヒイズル州本部長・浅井敏行。スーツを着たその男は、剃り上げた短髪に太い眉、整った鼻筋に手入れの行き届いた顎髭。太く鍛え上げられた首と肩が、彼が現場経験を積んだ歴戦の男であることを語っている。着任して3年目、数多の戦地を渡ってきた男の目が、今はある少年のレポートを前に、深く悩んでいた。
「リー部長。この少年……プラズマ能力の覚醒は、彼の遺伝子に起因するもので間違いないか?」
「はい。遺伝性と見て、間違いありません」
「そうか……我々はシャドマイラの討伐で、思わぬ“怪物”を目覚めさせてしまったというわけか……」
ホログラムに浮かぶ陽太の検査レポート。その傍らに立つのは、UCBD総本部の総長・ロバート・ハンクス。ブロンズの髪に髭を蓄えた白人男性。ダンディな雰囲気と鋭い眼差しが印象的な彼も、この会話に静かに耳を傾けていた。
ハンクスは両手を組み、顎を支えたまましばらく黙していたが、やがてゆっくりと口を開く。
「……研究は継続しよう。彼らの血筋を深く調べる必要がある」
その言葉に、瑤妤は目を見開いた。
「しかし、部長。これ以上、日野家の血筋に踏み込むのは、正当な理由がなければ法的に問題になります。無断での遺伝子サンプル分析は禁則事項のはずです」
「わかっている。研究責任はすべて私が負う。だが……君のレポートにもある通り、《《我々》》の現行の武装では、あの少年を止める手段が存在しない」
「ですが、彼は今まで一度も暴走していません。自分の力と向き合い、懸命に鍛錬を重ねているんです。優しい子です。私は信じています」
「……君が彼の肉親だから、そう感じるのは分かる。だが、我々が知る“今までの彼”は、未来の彼とは違うかもしれない」
浅井の口調は冷静でありながら、どこか沈痛だった。
「我々はこの星の守護者である以上、最悪の可能性にも備えなければならない。彼の体に宿るエネルギー量は、まるで小さな恒星のようだ。もし暴走し、一度にプラズマを大きめに放出したら……人類の文明どころか、この惑星そのものが消し飛ぶ」
「……それでも」
「もし、君の立場で動けないというなら、別の研究班に回すことも考えている。だが、最初に彼に触れたのは君のチームだ。だからこそ、私は君の意志を尊重したい」
言葉を呑み込むように息を吸った瑤妤は、覚悟を決めた顔で頷いた。
「……わかりました。研究は、私が責任を持って引き継ぎます」
「進展があれば、逐次報告を頼む」
「承知しました」
一礼し、静かに部屋を後にする瑤妤。
その背中を見送った後、浅井が静かに言った。
「……総部長。これは、私個人の判断ですが……」
ハンクスは微笑みを浮かべた。
「浅井殿の懸念は、正当なものです。彼の行動についての判断と監視、君に一任しましょう。ただ……我々は“未知”に対する恐怖を抱きながらも、それに囚われてはいけません。慎重であれど、心は開かれているべきです」
「……心得ております」
*
太平洋の向こう、北アメリカ・南ロッキニアズ州にあるUCBD総本部。
通信が切れた端末の前で、ハンクスは深いため息をついた。
「……あの少年について、君はどう思う?」
問いかけたその先に立っていたのは、長く白雪の髪を持つ女性。身長165センチほど。透き通るようなミルク色の肌、整った顔立ちと張りのある体にフィットしたボディスーツ。神話に登場する女神を思わせる姿。
彼女はやさしく微笑み、囁くように答えた。
「とても……深い因果を背負った子ですね。けれど、その分だけ、光を導く可能性も持っています。私たちは彼の成長を、信じて見守っていきましょう」
その声はまるで、天から降る祝福のように穏やかだった。ハンクスの胸に渦巻いていた不安が、少しだけ晴れていくようだった。
「……そうだな」




