第58話 訓練方法を探る所 ④
4人は虎本家の裏庭へと出た。
視界の先には太平洋が広がっており、防風林を越えればそのまま海辺へと出られそうだ。建物の裏手には、手作り感のある訓練用設備が設置されていた。
庭には、野球のピッチング練習を思わせる9分割ターゲット付きの的があり、革紐で区切られた四角いエリアが整然と並んでいる。ほかにも、棚に並んだ鉄パイプと、その先に取り付けられた鉄缶、さらにバケツの中にはビー玉や野球ボールが用意されていた。
それを見た陽太は、興味津々で訊ねた。
「これって、コントロール訓練用の道具なんですか?」
桐哉は腕を組み、頷いた。
「ああ、狙いを定める集中力を鍛えるために使う。ちょっとアレンジしてるが、基本は昔のピッチング練習と同じ理屈だ」
その道具を見た辰昭が懐かしそうに笑う。
「懐かしいな。虎ちゃん、まさか野球の訓練法を応用してるとは」
「道理にかなってるだろ?コントロールは何より大事だからな」
その横で、煌音は飽きたように腕を頭の後ろに組んでいた。
桐哉は陽太に向き直ると、真剣な口調で話し始めた。
「昨日の検査映像を見た限り、お前の能力は精神状態によって出力が大きく左右されている。つまり、極限まで追い詰められた時にしか発動できていない」
「はい……」陽太は頷いた。
「だからこそ、平常時でも出力を安定させる訓練が必要だ。その第一歩が集中力の習得だ。まずは座ってみな」
桐哉はベランダに胡座をかき、呼吸を整える。
「目を閉じて、鼻で吸って口で吐く。体の力を抜いて、内にある熱の流れを感じろ。意識は手のひらに集中してみろ」
その姿を見て、辰昭も納得する。
「……ああ、これは試合前に岡田監督がやらせてた集中法と同じかもな」
「陽太も真似してやってごらん。まずは感覚を掴むんだ」
隣を見ると、さっきまで退屈そうにしていた煌音も、既に目を閉じて集中していた。
「はい」
陽太も胡座をかき、目を閉じた。ゆっくりと呼吸を整えながら、体内に流れるエネルギーを感じようと集中する。
しばらくして桐哉が声をかけた。
「よし、次はその『熱』を手のひらに集める。体温を安定させたまま、手だけに集中して力を込めてみろ」
体温を200度以下に抑える陽太の手のみ徐々にオレンジ色に光りはじめた。手のひらにプラズマが集まり、小さな球状になって現れた。
「いいぞ、その感覚を覚えておけ。長く維持できるようになれば次の段階に進める」
「はい!」
その状態を30分に続き維持した、桐哉が手を叩き、声をかけた。
「休憩しよう。次は狙い撃ち訓練だ」
練習用ターゲットに意識を向けると、四方形の的の外周がわずかに波打つように光り始めた。
「この枠の中だけに当てろ。外したら即失格だ。さぁ、まずは煌音、やってみろ」
「こんなもんだろ」
退屈する態度をして、煌音はバケツからビー玉を10個浮かせた。次々に空へと放ち、真ん中の枠へ高速で飛ばす。ビー玉は的に吸い込まれるように命中し、エネルギーバリアが衝撃を吸収する。
「よし、次は左上」
「あっ」
中に浮かぶ9個のビー玉。そのうちの一つが正確に命中した。
「いいぞ、次は左下と真下の間にあるラインだ」
「楽勝だぜ」
続く3発目も、寸分の狂いもなく狙い通りに命中した。
桐哉はその精度に満足そうに声を張り、次の指示を出す。
「よし、次は右上の十字交点を狙ってみろ」
すると煌音は腕を組みながら、飽きた様子で返す。
「親父、それじゃ簡単すぎる。次は、4つの玉を先が撃ちできた4箇所を同時に撃ち込んでやるよ」
「できるなら、やってみなさい」
煌音は残る4発を宙に浮かべると、そのまま一斉に放った。
高く澄んだ音が、秒差もなくパチンと空気を打ち鳴らし、すべての玉が狙い通りの位置に先に当たった玉それぞれを当たった。
「よし、以上だ」
桐哉は彼の実力を確かめたように、満足げに頷く。
煌音は退屈そうに小さくため息をつき、集中を解いた。そして、宙に浮かんでいた残りのビー玉をふわりと元のバケツへと戻した。
その一連の動作を見届けた陽太は、思わず目を大きく見開き、心からの笑顔で煌音を見つめながら声を上げた。
「すごい……! 狙いがこんなに正確なんて、本当にすごいよ!」
「見たか?こんなの朝飯前だぜ」
陽太は目を丸くして感心する。
「すごい……!もうスナイパーみたいだ」
「こんな技、B級ランクの俺にとって大したことないぜ。やる気出せば、500メートル離れたジュース缶を当たるぜ、大き物では、オオメジロサメを空高くまで打ち上げることだってできるんだぜ?」
「B級エスパーが、そこまで……本当にできるんですか?」
「当然。地上の岩山を浮かせて、宇宙から落ちてきた隕石をピンポイントで撃ち落とすことだって、俺ならやれるさ」
嘘か本当か判断できない。だが陽太は、その言葉を真っ直ぐに受け止め、目を輝かせて感嘆の声を上げた。
「煌音くん、すごい……!そんなことができるなんて!もう現場で活動してるんですか?」
陽太の無垢な質問に、煌音は少しだけ面食らったように眉を上げ、「なんだこのチビ」と言いたげな表情で彼を見下ろした。
「……さてと、陽太くん。次は君の番だ。さっきの集中作法、ちゃんと覚えてるな? その要領で、さっき集めたプラズマ玉をやってみな」
「はい、やってみます!」
はっきりとした声と笑顔で答えた陽太は、右手の掌に意識を集中させ、体内を巡るエネルギーを丁寧に集めていく。
手の温度が2,000度に達した。次第に、五本の指の間に橙色の光が灯り、小さな球状のプラズマが形成されていった。
真ん中のスクエアを狙って、陽太は目を見開き、呼吸を整える。そして、腕を大きく振り抜いて、プラズマボールを一直線に投げ放った。
まっすぐ飛んだ光のプラズマボールは、標的に届く直前、ふっと掻き消えるように消滅してしまった。
その様子を見た陽太は首をかしげた。
「……あれ? 消えた?」
それを見た煌音が両手を腰に当て、得意げに鼻を鳴らして笑った。
「ははっ、話にならねぇな。相手に届く前に消えちゃ意味がないぜ」
「煌音、人のことを笑うもんじゃない。お前だって最初は枠に何度も外れただろう?」
「まっ、それはずいぶん昔の話さ。親父、初級のデモンストレーションはこれで十分だろ?」
桐哉は息子の態度に呆れたように溜め息をついた。
「……はぁ。分かった。もういい、行ってよし」
煌音はお客に挨拶もせず、ふらっとその場を離れていった。
「すまなかったな、空気を悪くして。あいつは、亜澄香が亡くなってからずっと、ああいう調子なんだ……」
「でも、虎ちゃん。息子さん、十分すごいじゃないか?さっきの命中も見事だったぞ」
「才能はあるが、性格が荒くてな。ちょっと上手くいくとすぐ調子に乗る。能力を使い放題……この前、訓練中に検査官を怪我させたこともあった。ジャスティスキーパーのメンバーとして、実績もあるにはあるが、今はまだB級止まりだ」
「俺にはランクのことはよく分からないけど、狙撃の精度は見事だった。まるでスナイパーだ」
「はは……さすがは虎ちゃんの息子、ってところだな。荒削りだけど、芯はある」
「ところで、先ほどの件だけど」
「うん、もう少し集中の時間を長くしてみるといい。エネルギーの集束の仕方にも工夫の余地があるはずだ」
「分かりました。やってみます」
その後、陽太は何度も試行錯誤を繰り返し、玉の大きさやエネルギーの集め方を調整することに時間をかけた。
ようやく、半日がかりでプラズマボールを目標地点まで飛ばすことに成功した。しかし、残念ながらスクエアの枠を外れていた。
「なんとか届いたけど……まだ正確に狙えませんでした」
「うん、それはピッチングのコントロールみたいなもんだな」
念者の力の基本的な使い方とは根本的に異なり、陽太の場合は自分で生成したプラズマ玉を腕の力で物理的に投げるスタイルだ。そのため、物理的な狙いのブレが生じやすい。
「プラズマを安定して生成するのにも、まだ課題がありそうだな。どうだ、陽太くん。この訓練、やってみてどうだった?」
「はい。初めての作法なので、まだ慣れていません。でも……もっと続けてみたいです」
その言葉に、辰昭は腕時計をちらりと見てから言った。
「そろそろいい時間だな。今日はこのへんにしておこうか。また来週の週末、来るか?」
「はい、また来たいです!」
「虎ちゃん、予定は大丈夫か?」
「土日なら問題ない。時間は作れる。陽太くん、平日には集中作法だけでも続けてみてくれ。ほんの数分でも、毎日積み重ねるのが大事だからな」
「分かりました。やってみます」
こうして陽太は、虎本家での訓練を毎週土曜日に受けることを決めた。




