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第54話 家族の絆

日野家に戻ると、空はすっかり暮れていた。


一家4人が食卓に集まり、陽太の検査レポートに目を通していると、陽菜が大きく口を開けて驚いた。


「えっ!? お兄ちゃんって、こんなにすごい異能者になったの!?」


陽太は照れたように肩をすくめ、こくんと頷いた。


「うん……」


「ってことは、もしお兄ちゃんがマリアナ海溝に沈んでも、生きていられるってこと?」


「はは……そんな暗くて深い所にいたら、さすがに寂しいでしょ」


妹の大げさな想像に、陽太は思わず笑い、重かった気持ちが少し軽くなった。


「でもさ、こんなすごい力を持ってたら、もう無敵じゃない?」


陽菜の無邪気な言葉に、陽太は意外そうな顔をする。


「怖くないの? 僕が異能者になって……」


「何言ってるのよ。お兄ちゃんはお兄ちゃんでしょ。力を持ったからって、中身まで変わるわけじゃない。むしろ一番怖いのは、力を得たことで性格まで狂っちゃうことじゃない? でも、お兄ちゃんはちゃんと自分を保ってる。なら大丈夫だよ」


「……ありがとう」


その言葉に、陽太は素直に微笑んだ。


「陽菜、このことは外では軽々しく話しちゃダメだぞ」


と、辰昭が念を押す。


「分かってるって」陽菜は頷くと、にっこり笑って兄に向き直る。「皆の安全のためでしょ?」


「でも、すぐに受け入れてくれるなんて、ちょっと意外だった」


「だって、ジャスティスキーパーはどこの学校にもいるじゃない。お兄ちゃんがそういうかっこいい人になれたら、尊敬するに決まってるでしょ?」


「僕、すぐにはそんなふうになれないかも」


「それなら、なれるまで頑張るしかないじゃん。一緒に考えよう、協力するよ!」


「陽菜も良いこと言うようになったな。でも、今はまだ焦らないこと。まずは君の力をきちんとコントロールできるようになるのが先だよ」


陽太の能力は非常に強力で、下手をすれば大きな事故を招く危険すらある。彼はそれを理解しているからこそ、自分が本当に人を救える存在になれるのか、不安を抱いていた。


「うん、頑張ってみるよ。ありがとう、陽菜ちゃん」


「もう〜、そんなにお礼言わないで。家族なんだから、これくらい当然でしょ?」


「……うん」


家族の励ましに、陽太の心は少しずつ、温かさを取り戻していった。



夜10時過ぎ。


陽太はリビングの掃き出し窓を開け、一階のベランダで天文望遠鏡を組み立てていた。


台所では黛璃がれんこんやごぼうのきんぴら、ひじきの煮物などを作っていた。それらを使っておむすびを握り、卵焼きや甘玉を添えて2つの皿に盛りつける。陽菜にはプリンを、それから漬物や副菜はタッパーに詰めて。


「まゆ、この卵焼きとひじきが入りおむすびは陽太に渡す分だよな?」


「ええ」


「俺が届けてくるよ」


息子にどうしても伝えたいことがある――そんな父の意志を感じ取り、黛璃は安心したように微笑んだ。


「お願いね、辰ちゃん」


「ああ」


皿を手にした辰昭は、ベランダへと向かう。一方、黛璃は陽菜の分をトレイに乗せ、廊下の先へと歩いていった。


陽太は接眼レンズを覗き、ファインダーを微調整しながら何かを観測していた。


「陽太、夜食持ってきたぞ」


「ありがとう。そこのベンチに置いといて。後で食べるから」


「今、何を見てるんだ?」


「火星だよ。今の時間帯がちょうど観測に適してるんだ」


「へぇ、火星か。いいね。俺も一緒に見せてもらっていいか?」


「うん、もちろん」


皿をベンチに置き、辰昭もその隣に腰を下ろす。


「小さい頃から、お前は本当に星を見るのが好きだったよな。きっとこのまま続ければ、将来は天文研究者になってるかもな」


普段ならこの時間、ビールを片手にテレビで野球を見ているはずの父親が、夜食を運んできた。それが珍しくて、陽太はつい尋ねた。


「……どうしたの? 急に」


「今日の検査のことだよ。色々考えてるんじゃないか?」


陽太は少し視線を落とし、静かに答えた。


「うん。もし、力をちゃんと使いこなせれば……沖田さんたちみたいに、誰かを守るために使いたい。でも、実際はすごく危険な力で、使い方を間違えれば、助けるどころか、周囲に損害を与えるかもしれない……」


「そうやって、自分の力の危うさに気づいていること。それ自体が立派な責任感だ。陽太、お前はちゃんと分かってる。だからこそ、お父さんは安心できるんだ」

めずらしく真剣に褒められた陽太は、照れくさそうに「うん」と答えた。


「そういえば、お前が初めて“命を助けようとした”のって、いつだったか覚えてるか?」


「小学生の頃かな?」


「違う違う。まだ小学校に入る前だよ。巣から落ちたヒナを助けようとして、壁をよじ登って木の上まで行っただろ? 結局、ヒナは戻せたけど、お前は木から落ちたんだ」


「……あれ、そんなことあったっけ?」


「軽く脳震盪を起こしたから、覚えてないのも無理はない。でもな、お前は昔からそうだった。考えるより先に、体が動いて命を救おうとする。それは、ヒーローに必要な本能だよ」


「でも……この力、本当にコントロールできるのかな?」


「きっとできるさ。ちゃんと訓練を受ければな」

陽太は決意を込めて拳を握った。


「……僕、自分の力を活かしたい。みんなのために使えるようになりたい。だから、頑張るよ」


「それからもう一つ。お父さんも異能者じゃないけど、多少なりとも分かることがある。少し聞いてくれるか?」


「うん、なに?」


「お父さんがプロ野球をやっていた理由、知ってるか?」


「野球が好きだったからでしょ?」


「まあ、それもあるけどな。俺は“もっと完璧なボールを投げたい”って気持ちで夢中だったんだ。技術を突き詰めることが、楽しくて仕方なかった」


「成績より技術の追求、ってことか……」


「両方必要なんだけどな。でも、プロになって気づいたことがある。応援してくれる人たちの存在の重みだ」


そして、辰昭は病気の子どもたちからもらった手紙の話をした。それが、どれほど励みになり、責任を与えてくれたのかも。


「自分のためだけじゃない。仲間やファンのためにも、全力で投げ続けたんだ。お前も、自分の力が誰かを救えると信じて、胸を張って歩け」


リビングのタンスや棚には、辰昭のプロ野球現役時代の写真が所々に飾られている。

投球フォームを捉えた一枚、優勝旗を手にした記念写真、世界メジャーリーグの優勝リング、サインボールと一緒に収まった雑誌の切り抜き。


陽太にとって、それらは見慣れた風景であり、そして誇りでもあった。


「確かに、プレイしてるお父さんは、ファンの人たちにとって大英雄だったね」


「でもな、そうなるまでには、それなりの苦労もあったんだよ」


「苦労? それって、甲子園の頃?」


「ああ。俺が高校1年だった頃の話だ。先輩たちよりも球種は多かった。スライダーはもちろん、カーブ、シュート、シンカーも投げられたし、球速も負けていなかった。だから、当然、試合メンバーに選ばれるって自信があった」


「なのに選ばれなかったの?」


「そう。理由はひとつ。監督にも仲間にも、俺のピッチングが“信頼に値しない”と見られたからだ」


「コントロールが不安定だった?」


「その通りだ。監督からこう言われたよ、試合を制するのはピッチャーだ。口では誰だって『試合制覇』と言えるが、幾ら才能を恵まれていでも、配球を乱し、狙いを外すような投手に試合は任せられないってな」


「なるほど……」


「悔しかったけど、納得もした。そこからだよ。俺が球種ごとの特性を徹底的に研究し、安定して狙ったところに投げられるように、毎日泥だらけになって練習したのは」


「それが、甲子園で完全試合9連続の【ダイヤの神の手】の始まりなんだね」


「そうだ。けどこの話、ただの自慢話じゃないぞ」


辰昭の声は穏やかだが、その言葉の一つ一つには芯がある。


「ヒーローっていうのはな、命を張って人を救う存在だ。試合でのピッチャーも、実は同じなんだ。だから――お前が将来、力を人のために使いたいと思ったときは、その気持ちを大事にしてくれ。どんな道を選ぶにせよ、お父さんは応援するよ」


「……ありがとう」


「ただし、ひとつだけ覚えていてくれ。力を使うってことは、責任を背負うことでもある。事件に関わるなら、それによって起こることのすべてに、自分の意志で向き合わなきゃならない。そして、どんな現場でも、独りで突っ込むな。信頼できる仲間と、チームで動くんだ、いいな?」


陽太は真剣な表情でうなずいた。


「うん。分かった。お父さんの言葉、ちゃんと覚えておくよ」


廊下の陰からふたりの様子を見守っていた黛璃は、そっと胸に手を当てた。目には温かな涙が浮かび、家族の絆に心を打たれていた。


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