第52話 身体検査、異能者の真実 ⑧
呆然とする陽太。モニターには「測定失敗」の文字が表示されている。
それを見た沖田は、困ったように苦笑しながら言った。
「これは……測定以前の問題だね。データがまったく記録されていないよ」
「日野くん、さっきまでの検査で疲れていないかい?」
「いえ、大丈夫です」
沖田は顎に手を当ててしばし考え、ふと何かを思い出したように口を開いた。
「うん、君のことはリーさんからも聞いていた。君には確かにプラズマを放つ能力があるはずだ」
「僕が撃ったあの光は、やっぱりプラズマだったんですか……でも、どうして今は出なかったんでしょう?」
「君はさっき、瀬戸さんの筋力検査の時にその力を使ったよね?」
「はい。あのときは、測定物も、着ていた服も全部溶けて……」
「でも今の君からは、放出される熱量が桁違いに低い」
陽太は戸惑いながら頭を掻いた。
「もしかして、物に触れていないと発動できないとか……?」
「いや、それだけじゃない気がするな」
沖田は陽太が検査を受けていた時の様子を思い返し、ハッとしたように小さく声を上げた。
「ああ、きっとそれだ。日野くん、君には“緊張感”が足りなかったのかもしれない」
「緊張感……ですか?」
「力を上手く使えるかどうかは、精神状態と大きく関係する。特に能力を得たばかりの人間はね。興奮、恐怖、焦燥……そういった極限状態の中でこそ、力が引き出されることがある」
「じゃあ……どうすれば?」
「うん。じゃあ次の検査で“あれ”を使ってみよう」
「“あれ”ですか……分かりました、お願いします」
陽太は大きく深呼吸し、気持ちを切り替えるように眉間に力を込めた。
そのとき――。
チリン……と、静かな鈴の音が響いた。
室内なのに、突然霧が立ちこめる。
「な、なんで霧が……?沖田さん、これはどういう……」
霧は一気に濃くなり、陽太の視界を奪っていった。エネルギー感知では確かに二つの存在が感じられるが、霧が厚すぎて正確な位置まではわからない。
そして、強風が吹き抜け、霧がわずかに薄らいだその瞬間――。
シャアシャアシャアシャア――!
獣のような、どこか人工音にも似た甲高い咆哮が響く。
音のした方向を振り返ると、さっきまでのパネルボードが黒い扉に姿を変えていた。
12枚のボードにはそれぞれ異形の顔が現れ、神経のような細胞組織がうごめき、脈を打っていた。
「……妖怪? まさかこれが次の検査対象か?」
その瞬間、測定システムの声が再び響く。
<On your mark!>
<Ready!>
ブザーが鳴り――。
左上の「4番」の顔が、咆哮と共に口を大きく開き、目からビームを発射してきた。
陽太がパネルに集中していると、不意に叫び声が響いた。
ビームの射線をしっかりと目で追っていた陽太だったが、避けようとしたその瞬間、ビームの速度が突然加速。腕にかすった。
「うっ……!」
軽い擦り傷。だが、確かに痛みが走る。
――当たった?うそ……さっきより速い!
続けざまに、中央右の顔が何かを罵るように怒鳴り、再び目からビームを放つ。左肩を狙われた陽太は咄嗟に動いたが、同様に避けきれず命中する。
「うわっ……!避けられないなら……!」
陽太はもはや回避を諦め、両腕を組んで防御の体勢を取った。生身でビームを受け止める。
その間にも、12の顔は次々と異なる表情を見せながら、狂ったように嘲笑し、憎しみような呻き、哀しげに囁き、陽太に容赦なく攻撃を続ける。
痛みはある。肌が赤く染まり、ひりつく。しかし――致命傷には至っていない。
「痛い……だけど、まだ耐えられる」
陽太の体温が上がっていく。熱は内側から放たれ、彼の手指がやがて黄色いに輝き始めた。
――この化け物たちを倒さない限り、検査は終わらないんだな……
その瞬間、左上の顔が大きく口を開け、ビームを放とうとした。
「いい加減にしろ!」
陽太は左手を前に突き出し、右手で支えるようにして狙いを定めた。オレンジ色に染まった掌から、轟音と共に強烈なプラズマ波が発射される。
ジャベリンのように一直線に放たれたそれは、左上の顔を貫き、続いて下にあったもう一つの顔もまとめて吹き飛ばした。
続けて、中央右の顔が咆哮。
「今度は右か……!」
陽太は即座に体をひねり、二発目のプラズマを倍に強く撃ち出す。右半分の顔すべてが炎に包まれ、粉砕された。
チリンチリン……と、鈴の音が二度響く。
「……この鈴の音は、さっきも……?」
まばたきして再び目を開くと、先ほどまで目の前にあった異形の顔や霧はすべて消え去っていた。
「えっ……消えた?」
代わりに、残っていたのは無残に焼け焦げた検査用パネルボード。そして、その後の壁には黒く焦げた穴がぽっかりと空いていた。
ほっとしたように沖田が言う。
「検査、終了だ。お疲れさま。はい、これ使って」
差し出されたタオルを受け取った陽太は、自分が再び裸になっていたことに気づき、顔を赤らめた。
「あっ……いつの間にまた……」
慌てて股間を隠し、タオルを腰に巻く。
「君の力はちゃんとコントロールしないと、毎回服を溶かしちゃうからね。注意が必要だよ」
「……はい」
服を燃やすたびに裸になる――その現実を思い出した陽太は、顔を真っ赤に染めた。
扉が開き、亜由実が待機室から入ってくる。
「齋藤さん?」
「お疲れさまでした」
彼女は予備の検査服を持ってきてくれていた。陽太はそれを受け取り、急いで着替える。
「ふふ……この子、なかなかすごい素質を持ってるわね」
その場に、いつの間にかもう一人、愛嬌のある女性が現れていた。セミロングの黒髪にゆるウェーブ、白いフリルブラウスに緋色のプリーツスカート、足元はブーツ。腕には赤い紐に結ばれた鈴がついている。
「あなたは……?」
陽太が尋ねると、女性は興味津々の表情で近づいてきた。
「永倉鈴奈よ」
どこか自由な空気を纏う彼女からは、施設のスタッフというより、若者グループの一員のような雰囲気が伝わってくる。
「ネオ江戸郡の大学に通いながら、たまにUCBDの仕事を手伝ってるの。あんた、思った以上の力を持ってるね?『能ある鷹は爪を隠す』って、あんたのためにある言葉かも……ただし、まだ雛鳥ってところだけどね」
彼女の胸元から漂う檀木のような香りに気づき、陽太はドキリとする。
(まさか……さっき裸だったところ、全部見られてたのかも……)
顔を赤らめながら、陽太はおずおずと謝った。
「さっき……部屋を壊してしまって、すみません……」
「ううん、正直でのほほんとしてるね、あんた。可愛いわ~」
にこやかに笑う鈴奈に、亜由実が苦笑しながらたしなめる。
「永倉さん、診察中の子をあまりからかわないでくださいね」
「だってこの子、逸材だもの。沖田さんだってそう思うでしょ?」
「主観で言えばね。資質はある。でも、まだ現場に立つには早いかもね」
陽太を気遣うように、亜由実が補足する。
「日野君、壊した検査装置のことは心配しなくていいわ。あの壁やパネルは特殊な流体素材でできてるから、自己修復するの。見て、もう直ってきてる」
振り返ると、焦げたはずの壁にジェル状の物質が広がり、みるみるうちに白い壁へと再生されていた。
「すごい……」
「ここは異能者のための施設。君みたいに部屋を壊す子は何人もいるからね」
陽太は安心したように笑みを見せた後、ふと思い出したように尋ねる。
「……あの霧と、あの化け物の顔たちは何だったんですか?まさか、本当に妖怪が……?」
鈴奈はあっけらかんと答えた。
「あれは幻術。あたしが仕掛けた演出だよ」
「幻術……?じゃあ、あれ全部……」
「うん。傷も、何も残ってないでしょ?君の力を引き出すための、非常手段ってわけ」
「そういえば、最初に部屋に入ったとき、鈴奈さんの気配は感じたけど……姿が見えなかった」
「へえ、よくわかったわね。あんた、感知能力もあるんだ?」
「僕……人の熱量とか、なんとなく感じ取れるんです」
「それって、すごく貴重な能力よ。鍛えれば、探査機なしでも任務に出られるかも」
陽太は戸惑いながら、肩をすくめた。
「僕の能力が“贈り物”なのか、それとも“呪い”なのか……まだ、よく分かりません」
陽太がぽつりと呟くと、鈴奈は柔らかな微笑みを浮かべた。
「それは、これからゆっくり見極めていけばいいのよ。焦らなくて大丈夫」
続いて、沖田も静かに言葉を添える。
「日野君。たとえ将来、現場で人を助ける役目につかなくても――君は異能者として、その力を“贈り物”として扱う責任がある」
真剣な眼差しで陽太を見つめながら、沖田は語る。
「力は使い方次第で祝福にも呪いにもなる。だからこそ、自分の意思でその方向を選び、制御できるようになることが大切なんだ」
その言葉は、陽太の胸に静かに染み込んでいった。
陽太は明るく笑顔を見せながら、はきはきと答えた。
「はい。アドバイス、ありがとうございます!」
「さて、そろそろ戻りましょうか。本日の検査がこれで終了よ」
「はい、沖田さん、永倉さん。検査、ありがとうございました」
「お疲れさま。またね、のほほんくん」
こうして陽太は亜由実と共に、両親が待つ接客室へと戻っていった。




