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第50話 身体検査、異能者の真実 ⑥

「UCBDで働いているとね、人間だけじゃなく、この世界にある不可解な謎が次々と目の前に現れてくるの。常識の枠なんて、何度も壊されるわ」


「そういえば、齋藤さんって、異能者の悩み相談とかも受けたりするんですか?」


「私は本来、検査の案内役なんだけど……そう簡単に私の言葉を信じてくれるの?気になるなら、後でリーさんに相談してみてもいいのよ?」


「いえ……齋藤さんなら大丈夫です。あの子たちにも信頼されていたし。瑤妤姉さんは身内で、小さい頃から付き合いがあるから、つい甘えちゃうんです。だからこそ、もっと客観的な意見がほしいなって思って……」


 亜由実は軽く微笑みながら、頷いた。彼女は心理検査も担当している。今このタイミングで話を聞くのも、自然な流れかもしれない。


「いいわよ。話してみなさい、どんな悩み?」


「異能者って……どうすれば、一般の人たちと仲良くできるんでしょうか?」


 その問いに、亜由実は思わず息を呑んだ。あまりにも本質的すぎる問いだった。答える前に、彼がこの疑問にたどり着いた理由を知る必要がある。


「どうして、日野くんはそんなことを悩んでいるの?」


「……化け物みたいに扱われるのが、怖いからです」


「……なるほど」


 その言葉を聞いて、亜由実はふと、陽太が両親に向けて見せた不安そうな表情を思い出した。これは単なる人間関係の悩みじゃない。もっと根の深いものだ。


「変なこと、聞きましたか?」


「ううん、そんなことない。人間関係に悩むのは、誰にでもあること。けど、自分の力と向き合いながら、真剣にそれを悩めるのは、すごいことよ」


「そうですか……」


「力を手に入れるとね、すぐに使ってみたくなる人も多いの。悪戯に使ったり、お金を得るために利用したり、ひどい人だと、自分を傷つけた誰かへの復讐のために……。そんな中で、君のように“どう付き合っていくか”を考える子は、本当に貴重よ」


 陽太は少し俯きながら、静かに言葉を継ぐ。


「……それぞれ、違う悩みがあるんですね。僕には、彼らがどんな経験をしてきたか分からない。でも……」


 ふと顔を上げる。


「でも、瑤妤姉さんが言ってました。僕の力は人を相手に使えば、すぐに命を奪ってしまうかもしれないって。大きな電波受信機だって、簡単に溶けましたし……。この力は、やっぱり慎重に使わないといけないと思うんです」


「それを理解しているだけで、君はもう十分すごい。世の中には五万人以上の異能者がいるけれど、最初からそのことに気づいている子は、ほんの一握りだもの」


 彼の目を見つめ、真剣に話を聞こうとする姿勢に、亜由実は内心で感嘆していた。

――この問いに、簡単な答えなんて存在しない。


 彼女は優しく微笑みながら言った。


「人との付き合い方に“正解”なんてないのよ。ケースバイケース。けれど、大事なのは、自分が相手をどう思うか。そこから始まるの」


「僕が……どう思うか?」


「ええ。異能者になった今、自分が一般の人と違うと思う?それとも――」


「いえ。僕は、変わっていないと思ってます。力は持ってしまったけど、中身は何も変わっていません。でも……やっぱり、他の人と違うって見られるのが、怖いです」


「じゃあ、逆に考えてみて。君が嫌いな人って、誰かいる?」


 陽太は少し考えてから、答える。


「……特別に誰かを嫌いってわけじゃないけど、悪口ばかり言う人は苦手です」


 その瞬間、いじめられた記憶、特に板津修吾の顔が頭に浮かぶ。


 亜由実はそれを察したように、少し声を落として尋ねる。


「そんな人が、もし君をいじめたりしたら、どう思う?」


「……嫌です。でも、復讐なんてしません。暴力で仕返しをしたら、僕も彼らと同じになってしまうから――もし、僕はそんなことをしたら、僕も同じになってしまうから、そんな人間になりたくないです」


 その答えに、亜由実は目を細め、感心したように笑った。


「潔いね。君は、皆に好かれたいと思う?」


「うーん……そこまで求めてないです。お父さんが言ってました。“世の中の人間、全員とうまくやるのは無理”だって。だから、気が合わない人がいても、仕方ないって」


「正論ね。君のお父さんは、きっと賢い人だわ」


 陽太は静かに頷く。今まで迷っていた答えが、少しずつ心に輪郭を描き始めていた。


「僕はただ……今まで通りの人たちと、今まで通りに接したいだけなんです」


「それが一番難しいけど、一番大事な願いね。君がその悩みを抱いたのは、もしかして、両親の誰が異能者を苦手でしょうか?」


「……はい。昔、うちの祖父母は異能者に殺されました。それがあって、母は異能者のことを……すごく怖がっていますから……その全ての情報を敬遠していますし」


「異能者を受け入れるとか、それはきっと、どこの家庭でも起こりうる話よ。異能者への偏見がなくならないのは、そうした悲しみや恐怖があるから。でも、だからこそ――」


 彼女は静かに言葉を結んだ。


「異能者の宿命って、そういう痛みを背負って、それでも誰かに善意を示し続けることなのかもしれないわ」


「善意……ですか?」


「ええ。誰かに求めるのではなく、自分から示す。特に、自分を嫌う相手にこそ」


「……難しいですね」


「でも、日野くんは、もう始めてるじゃない。家族に、優しく接して。自分の言葉で伝えようとしている。――それが、最初の一歩よ」


 陽太はしばし黙り、そしてぽつりと呟いた。


「……僕、もう“誰かに善意を示すこと”を始めていたんですか」


「そうよ。自分を信じていい。家族のこともね。それから、他の誰と相手するにも同じことが通じるでしょう」


 その時、検査中を示していたライトが赤から青へと変わった。


「前の人は、検査、終わったみたいですね」

「ええ。行ってらっしゃい」


 陽太が立ち上がったタイミングで、検査室の裏扉が開いた。


 そこから出てきたのは、ミントブルーのギザギザした髪をした少年。柔らかな髪質に、卵型の顔。鋭い杏型の瞳に、白銀のように光る眼。白のパーカーとジャージ姿で、無言のまま歩いてくる。


 陽太より10センチは高い。両手をポケットに突っ込んだまま、彼は陽太の前を通り過ぎる。


 陽太は道を譲りつつ、彼の周囲に漂う異質なエネルギーに気づいていた。


――彼は、只者じゃない。


 彼もまた陽太に気づき、一瞬だけ、鋭い視線を送ってきた。

 冷たい風のような目――感情を捨てたような無表情な顔。


「青瀬くん、今日の調子はどう?」


「亜由実さんか」


 ようやく声を返し、彼女へと視線を移す。


「まあまあだ」


「さっきまで、統くんたちが待っていたわよ」


「知ってる」


 それだけ言い残し、少年は無言で去っていった。


「彼が……青瀬くん?」


「ええ。今はしばらく、この研究所に身を置いて……」


 それ以上、詳しくは語らず、亜由実は陽太に微笑みかける。


「さて、次は君の番よ」


 陽太は黙って頷き、検査室の扉を開けた。


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