第46話 身体検査、異能者の真実 ②
赤城山研究所。
陽太は辰昭と黛璃とともに、研究所の本棟から900メートルほど離れた別棟へと向かった。
その周囲には広い芝生と、十数年育った木々が並んでおり、小学生くらいの子どもたちが十数人、楽しそうに遊んでいた。
だが、彼らの遊びには「普通」ではない何かがあった。
子どもたちはボールを手で投げることなく、何か見えない力で打ち合っていた。
陽太には、その瞬間にエネルギーが宙に集まり、ボールを撃つ光が走るのがはっきりと見えた。
「俺がやる!」
飛んできたボールを受け止める子。
ボールの軌道を読み、さらに別の子がそれを跳ね返す。
「はい、私の番ね!」
飛んでくるボールに、少女が触手のような金色の光を伸ばし、巻き取ってキャッチする。
その子は茶髪をハーフアップにし、薄黄色の制服を身に着けていた。
陽太には、彼女の頭から生える金色の触手のようなエネルギーの糸が宙に揺れているのが見えていた。
周囲の大人たちには見えないその現象を、黛璃と辰昭もただ不思議そうに眺める。
「……ねぇ、辰ちゃん。あの子たち、まさか異能者の子たちかしら?」
「たしか、UCBDが保護してる特別な子たちって、ニュースで見たことがあるな。ここがその施設ってことか?」
黛璃は不安げに眉を寄せ、ささやくように尋ねる。
「それにしても……なんで陽太の検査が、こんな施設で?」
「合流地点はここで間違いない。きっとここに検査機器があるんだろう。敷地内の病院とも繋がってるしな」
彼女の動揺を察しながらも、辰昭はできるだけ安心させようと、穏やかに言葉を重ねた。
どうやら黛璃は、今なお話の全貌を知らされていないらしかった。
辰昭は、なるべく彼女に余計なストレスをかけまいと、穏やかに配慮するよう努めていた。
彼女がこの手の話に弱いことを知っていた辰昭は、今朝、陽菜と一緒に留守番してもらうよう提案していた。
だが、やはり息子のことが気になって仕方がないのだろう。自らの意思で同行を希望し、それを拒む理由もなかった。
いずれにせよ、陽太が異能者であるという事実は、いずれは彼女にも伝えねばならないことだ。
それが今か、もっと後かの違いにすぎない。
辰昭は、彼女の意志を尊重し、一緒に来ることを許したのだった。
三人は施設の玄関から中へと入り、受付カウンターで来意を伝える。
しばらく待つように促されると、少し離れた場所にあるベンチソファに腰を下ろした。
待っている間、陽太は周囲を何気なく見回した。
ここに来ているのは子どもばかりではない。十代の少年少女に加え、二十代と思われる若者たちの姿もあった。
十分ほど経った頃、内部の通路から瑤妤が現れた。
どこか落ち着かない様子の彼女は、小走りに三人のもとへ向かってくる。
「姉さん、辰昭さん、お待たせしました」
黛璃は周囲の様子にそわそわと視線を走らせながら、不安そうに尋ねた。
「瑤妤……ここって、一体……?」
「異能者のための支援センターよ」
「えっ……異能者? なにかの間違いじゃ……?」
「今日はお姉さんも一緒に来てくれたから、この数日間で私たちが突き止めたことを、きちんとお伝えするべきだと思ってる。陽太くんが検査を受けている間に、説明させてもらうわ」
黛璃は驚きに目を見開き、しばらく言葉を失った。
重苦しい沈黙が流れるのを感じた辰昭が、気を取り直すように声をかける。
「とりあえず、今日はよろしくお願いします、瑤妤さん」
「ええ。では、こちらへ」
案内に従って、三人は施設内の通路を進んでいく。
通路の幅はおよそ八メートルほど。歩きながら、瑤妤が陽太に尋ねる。
「陽太くん、体調はどう?」
「はい。特に変わりはありません。快調です」
「よかった。本日の検査は、もう一人のスタッフにお願いしてあるの。その間、私たちはこれまで集めたデータの報告を、お父さんとお母さんにさせてもらうわ」
――陽太が異能者となった事実を、正式に伝えるつもりなのだろう。
「分かりました」
陽太はふと、黛璃の方に目を向けた。
彼女は、今にも感情が溢れ出しそうな、どこか固い表情をしている。
母がそれをすぐに受け入れられるかどうか――不安はあったが、避けて通れる話ではない。
いくつかの分岐を曲がり、エレベーターに乗って三階へ。
そして、ようやく一室に辿り着いた。
そこは八畳ほどの広さのある接客室で、白衣をまとった女性研究員が待っていた。
「リー先生、来てくださったんですね」
「お待たせしました。齋藤さん」
「例の検査の件ですね? この少年がそうですか?」
「ええ。ご紹介します。彼女は齋藤亜由実さん。この支援センターの研究員であり、看護師の資格も持っているわ。今日は陽太くんの検査を彼女にお願いしています」
「日野です。よろしくお願いします」
陽太の父・辰昭が手を差し出すと、齋藤はにこやかに握手を交わした。
彼女は、肩にかかるミディアムヘアを整えつつ、首元には研究所のIDバッジが下がっていた。
その口元には、どこか嬉しそうな笑みが浮かんでいた。
「齋藤です。よろしくお願いします。……それにしても、ご本人は映像で見るより、ずっと大柄なんですね」
「え? 僕のことをご存じなんですか?」
彼女は楽しげに頷いた。
「ええ。学生の頃からファンでした。『ダイヤの神の手』と呼ばれていた、たっちゃん選手……まさかこの施設でお会いできるなんて、感激です!」
「いやぁ……あれはもう、ずいぶん前のことですから」
辰昭は照れくさそうに首元を掻いた。
「それから……こちらが妻の黛璃です。今日は息子のこと、よろしくお願いします」
仏頂面を崩さず、黛璃はそっと亜由実と握手を交わした。
「よろしくお願いします……」
「はい。お任せください。……では、陽太くん、検査に向かいましょうか?」
「よろしくお願いします。……それと」
陽太は両親に振り向き、穏やかに微笑む。
「お父さん、お母さん。僕は大丈夫です。少し行ってきますので、安心して待っていてください」
「うん……分かった」
「任せたよ、陽太」
陽太の言葉に、二人も黙って頷いた。
亜由実は軽く頭を下げると、接客室のドアを開けて出ていく。
その後ろを、陽太も静かに歩き出した。




