第43話 雨の日に起こった事ごと ②
実瀬は、駐車場で待機していたマシンをすぐに見つけた。
近づくと、車のドアが先に開き、中に座っていた少女が明るく呼びかける。
「実っちゃん」
目の前に現れたのは眼鏡が掛けてない愛川凛音。突然の再会に実瀬は目を見開き、驚きの表情を浮かべた。
「えっ、凛音先輩!? どうしてこの車に……?」
「雨が降ってたから、近くにいた要永さんに乗せてもらったのよ」
「そうなんですね。今日はついに、先輩たちのデュエルレッスンが見られるんですね?」
「話は乗ってからにしましょ」
マネージャーの潤軌が促すように声をかけ、実瀬は「はい」と応じてマシンに乗り込む。
「マネージャーさん、遅れてすみません」
「いいよ、乗ったなら出発する」
座席についた実瀬は、傘を素早く畳み、しずくを振り払ってから足元に置き、ドアを閉めた。
凛音は傘の柄に「日野」と書かれたシールを見つけ、それが気になって尋ねる。
「この傘、実っちゃんのじゃないよね?」
「ええ……クラスメイトに借りました」
「ふーん〜この傘は男子っぽいけど?日野って人は男子なの?」
「いえ、女の子です。朝、急いで出たから、お父さんの傘を間違って持ってきちゃったみたいで」
「なるほど。まだデビューもしてないのに、学校でずいぶん人気あるんじゃない?」
「そんな……先輩に比べたら全然です」
「謙遜なんてしなくていいわ。アイドルになる子は、人を惹きつける力を持っているの。それを素直に認めた方がいいわよ」
「そう……なんですね」
「君の相手は芸能界経験者。プライドもメンタルもしっかり整えておかないと、あっという間に負けるわよ」
「……私だけ、先輩たちに応援されてて……浅井さんが怒るかもしれません」
「そんなの気にしないで。私はただ、経験者が新人を潰すのを見るのが我慢できないだけ。ちょっと成功したぐらいで調子に乗る人、ムカつくのよね」
その言葉に、どこか自分の過去を重ねているような重みを感じ、実瀬は小さくうなずいた。
「そうですよね……」
「あっちゃん先輩も、そう。才能がなかったら、きっと声なんてかけてくれないよ」
凛音が話題にした「あっちゃん先輩」とは、フェアリーズのファースト組、ヴァルトヴァイプフェンズのメンバーで、今一番人気の神木綾香――芸名ヴァニルのことだった。
歌が上手く、ダンスもこなし、特に演技は天才的。そのクールなイメージと存在感から、今では映画やドラマに引っ張りだこで、後輩たちにとっては憧れの的でもある。
「神木先輩、かっこいいですよね。でも、私が目指してるのは優唯先輩みたいなアイドルです」
「こら、うちのファースト看板フェアリーを引き合いに出すとは。生意気だねぇ?」
「勢いをしめたいです。」
実瀬の憧れの喜多田優唯は、ヴァルトヴァイプフェンズのセンターリーダー。
歌の神に愛されたと言われるほどの天性のボーカルを持ち、プライベートでもステージでも変わらぬ明るさと天然さが魅力。人気では綾香に及ばないが、誰からも信頼される存在だった。
「うんうん!気概を持っているね、それで、今回、浅井と勝負するのは、チャンネルの再生数でしょ?何か作戦はあるの?」
「マネージャーと話し合って、今度の休日にフラッシュモブをやろうかと。街の名所で歌って踊るんです」
「固定ステージじゃないってことね?ダンスも入れるの?」
「はい、ミュージカルのように、ストーリー仕立てでライブパフォーマンスを」
「一人で?顔だけ映す自撮りじゃ意味ないわよ?」
「それも考えて、撮影はクラスの子にお願いしました」
「そうか……。そのコンセプト、詳しく教えてくれる?私、もしスケジュール空いてたら友情出演してあげるわ」
「えっ、いいんですか?でも、私たちの正体はまだ非公開で……デビュー前に顔が知られたら、毎年の慣例的にタブーじゃ……」
「でもフラッシュモブでしょ?突然誰が出てくるか分からない。それに偶然その場にいた人が、それを結びつけるとは限らないしね」
「……たしかに」
「面白そうな企画だし、私もやってみたい。でも主役はあなたよ。忘れないで」
「愛川先輩、ありがとうございます。それと……先輩たちのデュエルレッスン、社内だけじゃなくて、芸能業界他社のプロやプロデューサーたちにも見られるって、本当ですか?」
「うん。評価次第でコンサートの順番が決まるし、プロジェクトの優先権やスポンサーの支援も関わってくるよ」
「……厳しい戦いなんですね」
「その通り。歌のみ、現場で生歌とダンス、CM、それとコンサートリハーサルモード、4回戦勝負で、総合成績で決めるわ。ファンへの露出度、今年の後半戦を占う重要なイベントよ。今日は1回戦――うちのチーム“セイレーンズ”は歌が武器だから、できる限りの得点を取りにいく」
「私、愛川先輩のチームを応援してます!」
「ありがとう。君たち新生エアリエルズにも、いい刺激になればいいわね」
その様子を運転席から聞いていたマネージャー・潤軌は、先輩と後輩ふたりの信頼が深まっていく会話に微笑を浮かべながら、ハンドルを切った。マシンは雨の空に向かって、スピードを上げていった。




