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第37話 戸惑う十字路 ③

慎輔は腕を組みながら言う。


「それにしても、桧月ひづき先輩はこんなに食べ物の匂いが強いところでよく寝られますね。」


陽太は彼女の近くに寄り、耳元で優しく声をかける。


「桧月先輩、僕が来ましたよ。」


その声に反応して、彼女はゆっくり目を覚まし、顔を陽太に向けた。その顔はぼんやりとしていたが、目ははっきりと陽太を見つめ返していた。彼女の声は綿飴わたあめのように柔らかく、挨拶を返した。


「日野くん、おはよう〜」


陽太がただ一声で彼女を起こしたことに、冴姫さきは驚いた表情を浮かべた。


「わあ!さーちゃんが陽太くんの声で起きるなんて、私が何度声をかけてもダメだったのに。」


一年以上の付き合いの親友よりも、わずか3ヶ月余りの後輩に反応することに、冴姫は少し嫉妬した。


「先輩、もう午後の放課後ですよ。」


「その顔を見せたら、桧月先輩は、もう一度寝てもおかしくないですよな。」慎輔は可愛いらしい奇妙動物を見守っているように笑顔で言った。


 熟睡中に起こせたのが申し訳ないと思った陽太が言う。


「わざと起こすわけではないので、もう少し寝てもいいですよ。」


「せっかく今日は日野くんが来たから、ちゃんと起きなくちゃ。ところで、今日の機嫌はどう?」


「おかげさまで、とても元気です!」陽太は明るく応えた。


その元気な声と笑顔を見て、沙也加の顔が少し赤くなり、心が温まるような気持ちになった。


「それはよかったわね〜〜」


冴姫は対面に座りながら、皿にのせられた焼きそばを箸で一気に口に運んだ。彼女の食べる音は意図的に大きくされているようで、他の二人の反応を引き出そうとしている様子だった。


「ところで、井上先輩はどうしたんですか?」


天文部のもう一人の男子部員、井上雄星いのうえ おうせいの話題が出た。物置棚の上にあるデジタルフォトフレームに映されているのは、昨年の夏の天体観測キャンプの写真だった。井上は赤く染めたベリーショートで、見た目は少しヤンキースタイルだが、後輩には威張らない気前のいい少年だ。


沙也加は無表情で答える。


「さっき天文望遠鏡を貸し出しました。」


陽太は収納棚を見て、三台の望遠鏡が収納されているスペースの中央が空いているのを確認した。


「井上先輩は土星の観測をテーマにしていますが、今は観測の時期ではありませんよね?」


「彼は近くの小学校の天文クラブに望遠鏡の使い方を教えるつもりで、月を観測するそうよ。」


慎輔は興味深げに笑って言った。


「それは意外な話ですね。」


井上のイメージを考えながら慎輔は興味を持って話を続けた。

その間、すでに焼きそばを完食していた冴姫は、口の周りに微塵切みじんりの緑のネギをつけたままで、不機嫌そうに強い息を吐き出していた。


「くそガキに教えるなら、私たちの最新の望遠鏡を使わせるのはダメでしょう。今のガキたちはすぐに何でも壊しちゃうから。」


「でも、桧月先輩は人に星々や天文の魅力を教えるならなんでも認めますよね?」


「それでも、対象をよく考えないと、もし本当に壊れたらどうするのよ!」


「大丈夫ですって、小学校の先生も一緒にいるし、子供たちが触れることなく、ただ月を見せるだけよ。」


「もしサッカーボールに当たったらどうするの?」


「普通、望遠鏡は運動場に置くことはないでしょう。」


「それも万が一の話だけどね。」


陽太は苦笑いを浮かべながら言った。


「それしかないんですよ。うちの天文部で今使える望遠鏡はそれだけだから、他のものは部品が紛失して使えないんです。」


「もし本当に壊されたら、使った子供の親に弁償してもらうしかないね。」


「僕は望遠鏡が大丈夫だと信じています。」


陽太は根拠のない自信を持ってにっこりと笑った。


「証拠もないのに、どうしてそんなに確信できるの?」


「望遠鏡が壊れているとか、確かな事実もないでしょう?悪いことばかり考えていたら気持ちも悪くなるだけです。大丈夫、いいことを信じるだけで心が楽になるでしょう?」

「その考え方はわかるけど、陽太くん、あなたは少し楽観的すぎるわ。もう少し心配事を考えた方がいいかもしれないね。」


「ありがとうございます。先輩の忠告は肝に銘じておきます。」


「そうかい、じゃあ今日は井上先輩を観測に行ってみましょうか?」


「風沢くん、また変態観測を続けているの?」


冴姫は慎輔の観測コンセプトに馴染みがあるようで、不満そうに口を挟んだ。


「豊城先輩の言う“変態”って何ですか?」


「お前が撮った映像や写真は、ストーカー行為と変わらないよ。そんな曖昧な行為はタブーだ。」


「いや、撮影は相手の部活の人たちや本人の許可を得て行ったものですから、盗撮やストーカー行為とは違います。本人たちも喜んでいるから問題ないですよ。」


「問題が起こった時点で、もう遅いのよ!」


「でも、今まで誰も文句を言っていないでしょう?」


冴姫は強い口調で反論する。


「その考えは甘いわ!人の気持ちは変わるものだから、気が変わって訴えられたらどうするの?最初は喜んでいたとしても、やったことにはリスクが伴うのよ。」


あまり問題だとは思わない慎輔は、前髪をかきながら自信満々に応じる。


「それは考えすぎじゃないですか?撮影したものの使い方はちゃんと説明しましたし、記録映像も本人に渡します。今年の文化祭後には、持っているファイルをちゃんと消去すると約束しています。相手の了承を得た上で撮影したものですから、問題になるとは思いません。」


「それは口頭での約束だけど、相手が急に気が変わったらどうするの?最悪の場合、訴えられるわよ。」


「その場合は、相手がそう言ったら無条件でファイルを消去するつもりです。」


沙也加の反応が柔らかく、言葉もふんわりとしていた。


「さきちゃん、みんなが楽しんでいるんだからいいじゃない?撮影の交渉も先生がちゃんと見ているし、問題ないでしょう?」


そう言われると、冴姫は目を細めて慎輔を睨んだ。


「それで、最終的には撮影した生徒の写真を使って、その姿を模写し星座を描くというのはどういうこと?もっと詳しい説明をしてください。」


「それは、今年の文化祭の夜に見える星々を使って、新たに陵星高校だけに見える星座を描きたいんです。」


その答えを聞いて、冴姫は怒りを込めて突っ込んだ。


「自分のオリジナリティを押し付けないでよ!」


「独創性があるからこそ価値があると思います。それは人にとって最高のドキュメンタリーではありませんが、学校全体にとっては大きな話題になると思いませんか?」


その企画のコンセプトを聞いて、陽太は何度もうなずいた。


手を挙げて反対する意見もあったが、熱心に説得を続けた。


「いやいや、中途半端な完成では、この陵星天文部が笑い話になってしまいますよ?」


「大丈夫です、本気でやりたい観察テーマなんですから。最後までしっかりとやります。」


沙也加は頭を少し傾けて、やさしく助言した。


「さきちゃん、テーマの完成度を聞くだけでわくわくするじゃないですか。少しは風沢くんを信じてあげてください。」


その場で多数決をとれば冴姫は勝てないだろう。部長が認めれば彼女も反論する言葉を失う。


「さーちゃん……」


「部長の期待に応えて、責任を持って観察を続けます。」


冴姫は長いため息をついた。


「問題が起こらなければいいけれど……やっぱり不安だわ。」

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