第34話 初部診断通知
1時間後、福岡のある商社ビル。
窓際に立つ辰昭は、ディバイスを耳に当てながら、通話をしていた。
「変異が "陽性" だと?!」
診断結果を聞いた辰昭は、思わず声を上げた。
周囲の視線を意識し、慌てて声のトーンを抑えながら訊ねる。
「……それは、どういうことだ?」
通話の向こうから、瑶妤の落ち着いた声が響く。
「私の判断では、昨夜の現場で未知生命体と接触した影響で、陽太の体が変異を起こさせたと考えられるわ」
辰昭は異能力を持つ者に対して偏見はない。
だからこそ、瑶妤がどこまで真実を知っているのか、慎重に確かめることにした。
「……その変異は、周囲に悪影響を与えるのか?」
「現時点で確認できる限り、彼の存在自体が環境に害を及ぼすことはない。
普通に日常生活を送ることはできるでしょう。ただし、間違いなく彼は "突変異能者" に分類されるわね」
辰昭は考え込むようにディバイスを握りしめる。
「……突変異能者? 具体的に、どの種別に分類される?」
「彼がどんな能力を持ったのか、まだ全貌は明らかになっていない。ただし、現時点のデータを見る限り…… 【超人属】 に該当するでしょう」
「……評価ランクは?」
「保守的な評価で A級。ただし、今後の変化次第では、さらに上方修正される可能性がある」
その言葉に、辰昭は息を呑んだ。
突変異能者はE、D、C、B、A、S、SS等の7階段を評価されている。それは評価される対象は人類や文明、または地球に与えるリスクの脅威度だ。A級―それは、通常の特異能力者の枠を大きく超えた存在を指す。
辰昭は思わず口調が重くなる。
「……つまり、昨日 八王子市を襲撃したあのシャドマイラよりも危険な存在に分類される可能性がある、ということか?」
瑶妤は、すぐに冷静な口調で答える。
「落ち着いて。高い評価ランクは "脅威" であると同時に、"社会の守護者" となる可能性も秘めている。陽太の力が "諸刃の剣" であることは確かよ。それがどちらに振れるのかは、今後の彼次第」
彼女は一拍置き、慎重に言葉を選ぶように続けた。
「……私が知る限り、陽太は気立ての優しい、真っ直ぐな子よ」
辰昭はその言葉に眉をひそめる。
「……それは、過大評価じゃないのか?」
「親として、もう少し自分の息子を信じてあげたらどう?」
彼女の穏やかながらも鋭い指摘に、辰昭は思わず言葉に詰まる。数秒の沈黙の後、話題を変えるように訊ねた。
「何か、建設的なアドバイスはあるか?」
「突然変異を起こした子供は、必ず戸惑うものよ。大人がすべきことは、彼らの心の迷いを正しく導くこと。手に入れた力を、人類や世界のためにどう活かすか――それを教えるのが、保護者の責任じゃないかしら?」
彼女の言葉には、科学者としての冷静な視点と、何か別の信念が込められているように感じた。
その言葉を噛み締めながら、辰昭は小さく笑みを浮かべ、頷いた。
「そうだな。黛璃の言うことも、一理ある。専門家の意見を聞けて、少し安心した」
「いえ、それよりも、私の言葉を信じてくれてありがとう。いくら専門家が正しい理論を並べても、"信じる心" を持たない親がいると、子供は間違った道を選ぶことがあるわ。私は、そうやって能力者の暴走を招いた事例を、何度も見てきた」
「クリーバー隊の修羅場か。相当、苦労してるんだな」
「ええ」
瑶妤は短く応じ、少し間を置いた後、話題を切り替えた。
「ところで、昨晩から今朝にかけて、陽太に何か変化はあった?」
辰昭は記憶を辿りながら答える。
「今朝は、やけに早く出かけたな。徹夜したようだ」
「一睡もしなかったの?」
「昨夜、庭でタバコを吸っていたときに、彼の部屋の電気が一度消えたのは見た。
だが、それが "寝た" ことを意味するとは限らないな」
「……眠れなかったのか、それとも不眠症の兆候か。他には?」
辰昭は、今朝のちょっとした出来事を思い出す。
「黛璃によると、今朝は普段どおり登校したが、些細な違いはあったらしい。
たとえば、朝食の味が薄いと感じたらしく、塩を倍量ふっていた」
「味覚が変化したか?それなら、他の五感にも影響が出ている可能性があるわね」
瑶妤の口調が少し鋭くなる。
「感覚の変化は、精神的ストレスにも影響を与えるわ。陽太に、できるだけ不要な刺激を与えないように」
辰昭は短く「分かった」と返した。
「俺が知っている情報は、これがすべてだ。そろそろ次のミーティングに戻らなければならない」
「了解。こちらも、さらに詳しい検査を進めるわ。新たな発見があったら、また連絡する」
「……ああ。メッセージを送ってくれ。必ず目を通す」
通話を終え、辰昭はディバイスの画面を見つめたまま、長く息を吐いた。
厳しい表情になり、ポケットにディバイスをしまう。
窓の外を眺め、遠く広がる都市の風景をじっと見つめながら、何かを考え込む。
数秒後、彼はゆっくりと踵を返し、無言で会議室へと戻っていった。




