第33話 実験検証判読
赤城山 科学開発支援研究所。
川を望む岸辺の木の枝に、一羽の山鳥がじっととどまり、水面を鋭く見つめている。
突如、羽ばたき、一瞬のうちに川面へと急降下。
鋭い爪が水をかすめ、見事に魚を捕らえた。
勢いよく舞い上がったその姿は、川向こうの森へと消えていった。
研究所内の遺伝子研究室。並べられた実験台には、貴重な分析機器が所狭しと並んでいる。
その中で、ひときわ真剣な表情でディスプレイを見つめる女性研究員がいた。
彼女の名は 青木愛理。
アクアマリンのような青い目に茶髪のポニーテールを揺らしながら、胸元に下げたIDカードをちらりと確認する。
その視線の先には、ディスプレイに映し出されたヒトゲノムマップがあった。
彼女は目を見開き、息をのむ。
「……染色体の数が違う。これは明らかに突然変異だわ!」
彼女の背後では、もう一人の女性研究員 瑶妤 が別の実験台に向かい、手際よく作業を進めていた。
彼女が扱っているのは、現場で採取した血液サンプルと、医療保存センターから提供された陽太の予備の血液、さらに昨晩新たに採取した血液。サンプルを対照の分析している。
愛理の驚きの声を聞くと、手元の作業を止め、興味を抱いたように振り向いた。
「判読結果を詳しく教えて?」
愛理は、指でディスプレイを操作しながら答える。
「この子の元々の染色体数は60対を持つ。普通の人間より16対多く、現在はさらに30本増えているよ。ただし、増えた染色体が持っている情報の詳細については、まだ完全に解析しきれていない。」
「類似する遺伝子配列を対照すれば、何かわかるかもしれないわね。……それで、他に何か異常は?」
「うん……長さが変わっていない染色体を抽出してみると、元々持っていた瑕疵遺伝子がすべて書き換えられているように見える。これまでの突然変異の事例では、一部の遺伝子が変化することはあったけど。この子は、元の染色体全体が変異している。こんなケースは、私も初めて見るわ」
「この変異を引き起こした要因は、やはりプラズマ束の照射かな」
瑶妤が目を細めると、愛理はふと口元に笑みを浮かべ、学者らしい浪漫を込めて呟いた。
「ねぇ、これってある意味で"死後転生"と言えるのかしら?」
瑶妤は興味深そうに再びディスプレイに目を向けた。
「……あるいは、これが新人類の突然変異による進化の証拠を発見した瞬間かもしれないわね」
愛理は黙って頷き、新たに増えた染色体の詳細な分析を進める。
同じ研究室の広い実験スペースでは、もう一人の研究員が実験を行っていた。
保護メガネを掛け、白衣を着たエリックが、長いため息をつきながら呟く。
「……こんな "しぶとい" 細胞、初めて見たわ」
彼の前には、損傷耐性実験のための装置が置かれている。
その上には、皮膚から採取した5ミリサイズの細胞組織が静かに乗せられていた。
瑶妤が彼の方へ視線を向け、問いかける。
「エリック、何か新しい発見は?」
「……昨夜、水刃で2時間にわたってなんとか切り出した細胞サンプルだけど……
いくつもの手法を試したのに、いまだに組織細胞が生きているんだ」
「例えば?」
エリックは、実験結果を並べていく。
「油圧ハンマーで100回圧縮しても、離すと元の形に戻る。
強力な放射線を浴びせても、細胞や遺伝子の損傷はゼロ。
王水を注いでも、溶けるどころか変色すらしない。
炭化反応もなし。それどころか、3000度の高温レーザーを当てても、光を反射してしまう」
「酸の種類と通した電流の強度は?」
「さらにフルオロアンチモン酸をかけてみた、電流は500万ボルトを通したよ……それでも細胞が損傷しないなんて……」
エリックは実験結果を見つめながら、苦笑いを浮かべる。
「しかも、これ……本人の体内から切り取られて、半日以上経っているんだぞ?
普通、血液や栄養素も供給されずにここまで生き延びる細胞なんて、あり得ない」
瑶妤は腕を組み、冷静に言った。
「それなら、次は5000万ボルトの高圧電流を試してみて。もし、それでも耐えられるなら……ただ外に放置して、長期間の酸素接触による劣化を観察するしかないわね」
エリックは一瞬言葉を失うが、すぐにため息をつく。
「……本人は、こんな細胞を持ってビンビン生きてるわけだが……これ、対抗策なんてあるのか?」
瑶妤の瞳が冷たく光る。
「この世に完全無敵な生命体は存在しない。いくら強靭な肉体を持っていても、必ず弱点はある。ただ、それが判明するまでに、あの子が暴走しないことを祈るしかないわね」




