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第27話 兄妹の絆 ②

 陽菜はるなはふと、陽太の顔をじっと見つめた。

 その視線に気づき、陽太は首を傾げる。

「どうしたの?」

 陽菜は、じわじわと顔を近づけながら、興味津々な表情で言った。

「お兄ちゃん、その目、カラコンはどうしたの?」

 陽太は一瞬、戸惑った。

 そして、照れくさそうに頬を掻きながら、ぽつりと答える。

「……赤星さんに振られたから、つける意味ないと思って……捨てた。」

 その言葉に、陽菜は驚いたように口を開く。

「そっか、ごめんね、思い出させちゃって。」


  陽菜は、陽太が今日わざわざ遠回りしてショッピングセンターに行った理由を理解していた。きっと、告白が失敗した、切ない気持ちを発散させたいだろう。


「無理に話したくなかったら、やめてもいいよ?」


 彼女は優しく言った。


 しかし、陽太はゆっくりと首を横に振る。


「……僕は無駄な努力をしちゃったんだ……。」


「赤星さん、なんて言ってたの?」


「……ファッションに流されて、自分の個性を持たない人は好きになれないって。」

「今より、出会った頃の僕の方が魅力的だったんだってさ……。」


「ふん〜」不思議そうに小さく唸った陽菜は、「サニーオン君」と呼ばれるライオンとひまわりをモチーフにしたキャラクターの枕を抱きしめた。

 

 ふわふわとしたクッションを胸に押し当てながら、考え込むように視線を泳がせる。


「そんなこと言うなんて意外だね。見直したわ。」


「なんで?」


「だって、彼女、天体観測オタクなのに、お兄ちゃんの個性をちゃんと評価していたってことでしょ?」

「そうなのかな……。」

 陽太は小さく息を吐いた。


「でも……どうして彼女、お兄ちゃんの気持ちを断ったんだろう?」

 陽菜は、抱えていたサニーオン君の枕をぎゅっと抱きしめながら考え込んだ。

 それは彼女の癖だった。

 赤星さんは、確かにお兄ちゃんのことをよく見ていたはず。

 少なくとも、完全に好意がなかったとは思えない……。

 単純に「好きじゃない」という理由ではないような気がする。

 陽菜はふと、陽太の目をじっと見て、問いかけた。

「それで、彼女は他に何か言ってた?」

 陽太は少し躊躇しながら、ぽつりと答えた。

「……赤星さん、アイドルオーディションに合格したらしい」


「えっ?アイドルになったの」

「トップアイドルとして輝きたいっていう夢があって……だから、恋愛なんてしてる場合じゃないかな?」

 その言葉を聞いて、陽菜は思わずまばたきをする。

「……なるほどね。」

 少し納得がいったような表情を浮かべるが、同時に疑問も湧いてきた。


(本当にそれだけが理由なの……? ただの言い訳じゃない?)


「それって、何か適当に断るための口実じゃない?」


 陽菜はそう思いながらも、もう少し詳しく尋ねる。


「それで、彼女はどこのアイドルグループに入ったの?」

「フェアリーズプロダクション」

 その名前を聞いた瞬間、陽菜の目が大きく見開かれた。

「うそっ! それ本当なの!?」

 驚きのあまり、枕を抱いたまま陽太にぐっと近づく。

「本当と思う」

 陽太は、告白の場面での赤星さんの真剣な表情を思い出しながら、静かに頷いた。


「フェアリーズのオーディション最終選抜の時期、今頃だったもんね。」

 陽菜は少し興奮しながらも、何かを考えるように口元に指を当てる。

「まさか、赤星さんが今年のフェアリーズプロダクションの新生グループのフェアリーに選ばれるなんて……。もしそれが本当なら、すごいことだよ。」



「うん。赤星さん、歌もダンスも上手だから……彼女なら、きっと人気のアイドルになれると思う。」


「じゃあ、恋愛よりもアイドルとして成功する夢を選んだってことか。」


 陽太は微かに息を吐く。


「彼女が言ってたんだ……『君だけじゃなくて、私を好きでいてくれるみんなに平等に接しなきゃいけない』って。」


 その言葉を聞いた陽菜は、静かに頷いた。


「そっか。赤星さんは、相当な覚悟を決めたんだね」


 陽菜は、アイドルとしての道を選んだ赤星さんの決意を理解しつつも、陽太の沈んだ表情に気がついた。

 興奮して親友たちにこのニュースを伝えたい気持ちはあったが、それよりも今は目の前の兄の気持ちを考えるべきだった。

 だからこそ、彼女は微笑みながら言った。


「悲しみに暮れるなんて、いらないよ。ここで諦めるにはまだ早いでしょ?」


「……でも、もう振られたんだよ?」


「振られたけど、脈が完全にないわけじゃないと思うよ?」


 陽菜はさらっと言って、枕を抱えたままベッドの上でくるりと向きを変える。


「だってさ、本当に全く興味のない人だったら、あんなに言葉を尽くして説明するかな?」


 陽太は、その言葉に少し考え込む。


「彼女、アイドルとしての夢を叶えたいんでしょ? なら、今は恋愛よりそっちを優先するのは当たり前なの」


「……でも、彼女には僕が変わったって言われたんだ。『ファッションに流されて、本当の自分がなくなった』って」


「そのせいで、少し距離を置いたほうがいいって……」


「うーん、それは妙な話ね……」



 陽菜は少し考えた後、ふと思い立ったように訊ねる。


「ねぇ、お兄ちゃん。ラブレターって、どうやって渡したの?」


「え? ……彼女の靴箱に入れたけど」


 その瞬間、陽菜の表情が変わった。


「えぇっ!!?」


 衝撃を受けたように頭を抱え、顔をしかめる。


「それ、最悪の渡し方だよ!!」


「えっ、なんで?」


「きっと赤星さん、それをすごく嫌がったんじゃないかな?」


「まさか」


「もしかして、ラブレターを入れた瞬間、彼女に見られたとかない?」

 

陽太の顔が一瞬、凍りつく。


「あっ……そうかも」


「やっぱり……!」


 陽菜は深くため息をつく。


「アイドルにとって、一番の迷惑はマニアやストーカーだよ。靴箱に手紙を入れたのを見られたら、お兄ちゃんが変な人だって誤解される可能性もあるよ」


「僕がやっちまったか……」


 しょんぼりとうなだれる陽太は、その瞬間、彼の体温が40度まで下がった。


「でも、今の彼女はアイドルになることが最優先で、他のことを考える余裕もないと思う。しばらく様子を見てたら、気持ちが変わるかもしれないよ?」


「僕は待つしかないか……」


 ため息をした陽太を見て陽菜は眉根を寄せて真剣な顔を見合わせて言う。


「そんな情けないこと言わないでよ、お兄ちゃん!」


 陽菜は小さく息を吐き、陽太の肩にもたれかかる。


「お兄ちゃんはお兄ちゃんなんだから、ファッションに合わせて変わらなくていいの。それに、ただ待ってるだけじゃ、本当につまらない男になっちゃうよ?」


「うん……」


「彼女の事より、もっと自分を大切にしてよ」


 彼女の言葉は、どこまでも優しく、それでいて力強かった。


 陽菜は、静かに微笑みながら言葉を続ける。


「でもね、たとえ赤星さんが、お兄ちゃんのことを忘れちゃったとしても」


「……?」


「私は、いつだってお兄ちゃんの味方だよ。」


 そう言って、彼女は陽太の腕にぴったりと寄り添う。


「だから、元気がなくなったら、私のおっぱいでチャージしてもいいし――」


「はぁ!?」


「疲れたら、私の膝枕で休んでもいいのよ」


「いやいや!!」


 陽太は驚きつつも、照れくさそうに身を退く。


「わかったよ……僕は、しっかりするから、そのことを急に他の男の前で言うなよ。」


「え?」


「痴女扱いされるかもしれない」


 陽太が呆れたように苦笑すると、陽菜は目を細めて微笑んだ。


「そんなこと、他の男にするわけないでしょう?」


「だって、お兄ちゃんなんだから。」


 その言葉には、陽太は何の迷いもなかった。

 兄と妹の距離は、いつだって近かった。

 陽菜は、いつも陽太を励ましてくれる存在だった。

 無邪気で、甘えたがりで、どこまでも可愛らしい。

 陽太は、ふと考える。

 --もし陽菜が実の妹ではなかったなら、これほど相性がぴったりな女の子は、他にいないだろう。

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