第23話 彼女の思い
ゴラーテルトン群れを率いていた親玉が倒れたことで、他の個体たちはまるで将軍を失った軍隊のように混乱し、行動が乱れ始めた。狂気を失い、各地で敗走するゴラーテルトンたちを、UCBD重装特務隊のレンジャー隊が包囲ゾーン戦法で次々と撃破していく。さらに、戦闘マシンの継続的な支援によって、残っていたゴラーテルトンも一頭残らず倒され、シャドマイラの群れは壊滅した。
その後、プロメテウス号はゴラーテルトンγが倒れた場所に着陸。レーダーに搭載された生命探査機能で、倒れている陽太を発見した。科学調査隊によって、陽太はすぐに保護された。
*
時刻は夜20時過ぎ。新宿エリアにそびえ立つ『フェアリーズプロダクション』の芸能事務所ビル。この20階建ての八角柱の建物は、上に行くほど徐々に円形に近づく独特のデザインが特徴的だ。屋上にはマシンの停泊場があり、現代では空を自由に飛び交うマシンが日常の交通手段となっているため、高層ビルに屋上の着陸場があるのはごく普通の光景だった。
ビル全体はフェアリーズプロダクション専用で、低層階には90畳ほどの広いフロア、高層階には86畳規模の部屋がある。一階にはファミリーレストラン、二階には歩道橋とつながる出入り口の隣にコンビニエンスストアと和風喫茶店が入居しており、いずれもこのビルを所有する株式会社暁星エンターテイメントが貸し出している店舗だった。
ビルの外から見上げると、8階の窓にだけ明かりが灯っていた。
広さ20畳ほどのダンススタジオ。鏡張りの壁に向かって、一人の少女が踊っていた。赤星実瀬はジャージとTシャツ姿で、腕を高く掲げ、リズムに合わせて軽快なステップを踏む。熱気を帯びた音楽がスタジオに響き渡り、実瀬の動きはその音楽の激しさに負けないほどエネルギッシュだった。
実瀬は鏡を見ながら、自分の動きを一つひとつ確認するように踊り続ける。そして本日の学びを反復し、動きを完璧に体に染み込ませたところで、ようやく足を止めた。その瞬間、ドアが開き、個性的なファッションに身を包んだ二人の少女が入ってきた。
「おう、みちゃん、また練習してるの?」
気さくに声をかけたのは今白栞成。身長168センチの彼女は、ロングヘアを布でまとめた帽子をかぶり、Gパンと黒いチューブトップの上にストライプシャツを重ね着している。
「栞成さんに小依ちゃん、二人ともまだ帰ってないんだ?」
息を荒げながら実瀬が振り向く。
後ろに続いて入ってきたのは天木小依。身長158センチ、小顔にミディアムショートの髪型で、茶色いブレザーとチェック柄のプリーツスカートを着こなしている。控えめな印象の彼女が問いかけた。
「こんな時間まで……実瀬さん、また練習を続けているんですか?」
「今度のデビューコンサートは失敗できないからね。今日学んだポーズや仕草を体に覚えさせておかないと、あとで大変になる。」
「すごい体力ですね……。私が実瀬さんの半分でも持っていたら、もっとダンスが上手くなるのに……」
「体力だけじゃ足りないよ。ダンスはもっと細かい部分まで練習が必要なんだから。時間があるうちに、一緒に頑張ろうね。」
栞成は感心したように頷きながら言った。
「さすが、うちのエアリエルズのリーダー。真剣さに感服だよ。」
「それは仮のリーダーだけどね。」
実瀬の控えめな返事に、栞成が微笑みながら続ける。
「もう一度投票したら、迷いなくみちゃんを選ぶよ。他の人みたいに横柄な態度のやつより、みちゃんがリーダーにふさわしいと思っている。」
「浅井さんは幼い頃から芸能活動を続けてきた経験が豊富だから、間違いなくチームの中でも先輩と呼ばれる存在でしょうね。」
栞成は特に怒る様子もなく、肩を軽くすくめて飄々とした口調で答える。
「そんなに偉くて人気があるなら、一人でやっていけるんじゃない?フェアリーズに入ってデビューなんて、正直、意味がわからないよね。」
「今は一人でデビューするのが難しい時代だから。それに、私たちは千万人の中から勝ち抜いてきたエアリエルズのメンバーよ。同じ仲間なんだから、なるべく彼女とも仲良くするべきだと思うわ。」
「まあ、あいつも同じことを考えていればいいけどね。それで、一緒に帰るか?今から着替えたら、待ってるよ。」
実瀬は軽く首を横に振った。
「私はもう少し練習したいから。」
「そうか。それなら、お先に失礼するよ。」
小依は大人しく首をコクリと縦に振る。
「お疲れ様でした。」
「お疲れさん。また明日ね。」
栞成と小依の二人は荷物を取り、スタジオを後にした。開放感のある休憩スペースを抜け、エレベーターホールに向かいながら、本日の稽古について会話を続ける。
「そういえば、今日稽古を手伝う予定だった先輩がシャドマイラの襲撃に巻き込まれたらしいって聞いたけど、大丈夫なのかな?」
栞成はエレベーターのボタンを押しながら答える。
「聞いた話だと、セイレーンズ組の愛川先輩らしいね。マネージャーが言っていたけど、救急マシンで無事に避難できたらしいよ。」
「そうなんですね。先輩には会ったことがないけど、無事でよかったです。」
エレベーターが到着し、扉が開くと、スーツ姿の青年が降りてきた。ベリーショートの髪に紺色のスーツ、青いネクタイを締めた姿は精悍で、仕事への情熱がうかがえる好青年だ。彼の名は要永潤軌。フェアリーズプロダクションでエアリエルズ組の専属マネージャーを務めている。
少女二人は彼に目線を合わせ、軽く頭を下げる。
「マネージャーさん、お疲れ様です。」
「お二人とも、これから帰るのか?」
栞成が答える。「はい。マネージャーさんは?」
「自習訓練は21時までだから、少し様子を見に来たんだ。スタジオにはまだ誰か残っているか?」
小依がエレベーターに乗りながら答えた。
「実瀬さんがまだいますよ。」
「そうか。二人とも気を付けて帰るんだぞ。」
「はい、お疲れ様でした。マネージャーさん。また明日。」
少女たちが再びお辞儀をすると、エレベーターのドアが静かに閉まった。
スタジオでは、実瀬がダンスを2回通しで踊った。テンションが上がり、音楽を3回目にリプレイしようとしたその時、拍手の音が響いた。
振り向くと、入り口に立つ潤軌の姿があった。実瀬は音楽を切り、軽く息を整えながら声をかけた。
「マネージャーさん、いつからそこにいたんですか?」
潤軌はにこやかに答える。
「だいぶ前からいたよ。君のダンスを途中で邪魔したくなくてね。」
「そうだったんですか。居たなら声をかけてくださいね。急に拍手なんて、びっくりしましたよ。」
「声をかけたが、聞こえなかった。君は凄い集中力を保ったね」
そう言われた実瀬は頬にほんのり赤みを浮かべた。
「そんなこと、ないですよ……」
「いや。でも、レッスン初日なのに、自習をこの時間まで続けるなんて、君は本当に努力家だな」
「はい、スタートラインでみんなに負けたくないんです。」
「負けたくないってということ?」
「今白さんは作曲のセンスがあるし、天木さんは芝居の才能が恵まれています。ダンスやスタイルでは豊嶋さんには敵わないし、芸能界の経験では浅井さんに及びません。みんながそれぞれ才能と実績を持っている中で、私にはそれがない。だから、努力しかないんです」
潤軌は笑顔を浮かべ、力強く頷いた。
「いい気持ちを持っているな。その意志を持ち続ければいい。赤星さん、君の歌声は人を惹きつける力がある。さらに、そのひたむきな姿勢はアイドルにとって欠かせないものだ。チーフが君を引き上げた理由がよく分かるよ。アイドルの道は長い。実績がなければこれから積み重ねていけばいいんだ。」
実瀬は潤軌の言葉に励まされ、小さく微笑んだ。
「ありがとうございます。皆さんの期待に応えられるように、これからも精進します。」
「個人的な意見だけど、やっぱりエアリエルズのリーダーには赤星さんが相応しいと思うね。」
「デビューコンサートまで多数決で仮に決めたものです。でも、エアリエルズは一つのチームですから、みんなに認められるまで、私はリーダーのポジションを受け入れるつもりはありません。」
エアリエルズのリーダーを決める多数決では、栞成と小依が実瀬に票を投じた。一方で、クローディア・豊嶋は意見を示さず、投票権を放棄した。そして、幼い頃から子役として芸能活動を続けてきた浅井柚奈は、芸能界の経験が全くない実瀬がリーダーに選ばれたことに納得していなかった。
エアリエルズの五人は仲間であると同時に、お互いに切磋琢磨し合うライバルでもある。実瀬は、これから長く付き合うチームメイトとの関係を大切にしたいと考えていた。そのため、安易に多数決で得たリーダーのポジションを引き受けることにためらいを感じていた。少数派のメンバーがリーダーを認めなければ、チームがバラバラになるリスクがあると考えたからだ。
「クローディアさんに浅井さんに認められるまでは、リーダーのポジションを担わない」と心に決めていた実瀬。しかし、同時にこのポジションを簡単に譲るつもりもなかった。彼女は、自らの努力で真のリーダーとして認められることを目指していた。
「そうか。マネージャーとして、君も浅井さんも全力で応援するよ。」
潤軌の言葉に、実瀬は微笑みを浮かべて答える。
「マネージャーさんがフェアな立場を保ってくださるのは、とても嬉しいです。」
「さて、今日はこれで稽古はおしまいだ。続きは明日からにしよう。」
潤軌の言葉に、実瀬はふと壁にかかる時計を見上げ、驚きの表情を浮かべた。
「あっ、もうこんな時間なんですか?」
「赤星さんの家は遠いから、あまり遅くなると契約違反になる。早く帰らないと。」
「そうですね……つい、時間を忘れてしまいました。」
潤軌は少し気遣うように尋ねた。「マシンで送らせてもらおうか?」
「大丈夫です。浮遊電車で帰るつもりなので。」
「そうか。気をつけて帰るんだぞ。」
「はい、お疲れ様でした。マネージャーさん」
稽古を終えた実瀬は、帰り道にMPデバイスでニュースを見ていた。映像には、シャドマイラによって甚大な被害を受けた八王子市の様子が映し出されている。町の西部が燃え、煙が立ち上る光景に、実瀬は小さく息を呑んだ。
「わ……こんなひどい被害が……。電車は通常運行しているのかな?」
そう言いながら、クラスのグループチャットに届いた無事確認リストを開く。そこに日野陽太の名前が未確認で残っているのを見つけると、彼女の表情が曇った。
「まさか、日野くんが巻き込まれた……?いや、物忘れ癖なんだから、きっとチェックを忘れているだけだよね……」
そのまま陽太のアカウントを開き、先日のやりとり最後に陽太は、太陽がモチーフしたキャラは「また明日」の文字が描いてある、ユニークっぽいスタンプを見て、可愛い事に笑みを浮いた彼女、片手で文字板を弄ってながら、何かを送るようと考えみたら、本日に陽太に告白された事を思い出した彼女は、笑顔が急に消えた。
――やっぱりやめよう……今さらメッセージを送るなんて、どうするつもり……?
愛される人たち、皆に平等に接すると決めたのに……私、覚悟が足りないのかな?
そうつぶやきながら、チャット欄に並べた文字一つ一つを削除させ、彼女の指は素早くディバイスを操作し、陽太の連絡アカウントを消去するウィンドウを表示させた。画面には「実行」と「キャンセル」の二つのボタンが並んでいる。それを見つめ、悩む表情を浮かべる実瀬。どちらを選ぶべきか迷い、長い時間考え込んだ末に、彼女は「キャンセル」のボタンを押した。
一応、陽太の連絡先を保留したものの、実瀬の心には釈然としない思いが残る。陽太のことを考えるのが、頭の中に重くのしかかる邪魔な石のように感じられた。彼女はその感情を振り払うかのように、ディバイスの画面を閉じ、鞄にしまい込んだ。
気を取り直し、彼女は駅の改札口へ向かうエスカレーターに足を乗せた。階段をゆっくりと上がりながら、実瀬は自分の胸の奥に残るモヤモヤとした感情を、どうにか整理しようとしていた。




