第20話 命を再燃の鼓動 ④
ゴラーテルトンγが再び腕を振り上げると、瓦礫の重みに耐えきれなくなった地盤が崩れ始め、大きな裂け目が斜面となり、窪地を形成していく。
「崩れる! うわあああ――!!!」
陽太は瓦礫と共に滑り落ちていった。
胸部のコブが赤く点滅し始め、まるでエネルギーを蓄積しているかのようだ。
その時、上空から戦闘マシンが近づき、ビームライフルで狙撃を開始した。ゴラーテルトンγの胸部や首元に次々と火球が炸裂し、爆発が巻き起こる。
ゴラーテルトンγは攻撃のダメージに耐えつつも、首を空中で旋回する戦闘マシンに向けた。その背中からフジツボのように生えた器官が一条のビームを放ち、狙いを定めた戦闘マシンを切断。撃墜された機体が遠くの地面に激突し、大爆発を引き起こした。
墜落した戦闘マシンの炎を見つめるゴラーテルトンγは、両手を高々と掲げ、天に向かって威嚇の咆哮を轟かせる。
「くそっ、なんてめちゃくちゃな強さだ!!」
砂塵が舞い、視界は一層悪化していく。その中で、隊員03のヘルメットに装備された熱源分析装置が陽太の位置を正確に捉えた。しかし、彼の容体を確認するために呼びかける。
「日野くん! 大丈夫か!?」
微かな呼び声を耳にした陽太は、体を動かそうとするが、瓦礫と石塊に下半身を押しつぶされていて動けない。そればかりか、腹部には折れた鉄筋が深々と刺さり、ジャージは血に染まっていた。
「い、意識は……持ってます。でも……体が動けません!」
陽太は叫び声を振り絞るが、激痛により口から血を吐いてしまう。
「オエッ……ゲホッ、ゴホッ……」
隊員03の装置に映る陽太の生体反応は急激に衰弱していった。
「まずい、彼は大量出血している!」
「03、人命救助は後回しだ! ゴラーテルトンγを倒すのが最優先だ!」
「了解しました!」
03は位置を変え、ゴラーテルトンγの退治に参加する。
ギャオオオオオオ!!!
再び咆哮が響き渡る。ゴラーテルトンγは六つの目で隊員たちを鋭く見下ろしている。
「恐れるな! 全員、火力を俺に合わせて一点に集中だ!」
「了解!」
六人の隊員たちはそれぞれのポジションから一斉に攻撃を開始した。火力が一点に集中する。激しい攻撃にゴラーテルトンγの巨体が揺れ、その姿勢が崩れていく。
「効いてるぞ! このまま火力を止めるな!」
内線越しに指令部からの通達が入る。
<第389部隊Bチーム、一旦現地から退避してください。科学支援隊が広域壊滅兵器の使用を準備しています。直ちに半径200メートル圏内から撤退してください。他のチームもマップで示された区域から速やかに離脱を!>
「ですが、施設内にはまだ閉じ込められている被災者がいます!」
「これは指揮部の指示だ。直ちに退避しろ!」
「了解しました!」
隊長は渋々命令を受け入れ、隊員たちに撤退の指示を出す。
「野郎ども、撤退だ!」
「しかし、隊長……!」
「03、気持ちはわかる。だが、俺たちが常に最優先にすべきことは、災害リスクを最小限に抑えることだ。時に、少数の犠牲を払わざるを得ない場合もある。今はその決断を受け入れる時だ」
「……わかりました」
瓦礫の中から声が響いた。
「あの……僕を置いて行って構いません!」
陽太は体中に走る激痛に耐えながらも、渾身の力で叫ぶ。
「UCBD重装特務隊が撤退するということは、きっと壊滅的な兵器を使うつもりなんでしょう……僕のこの体はもう持ちません。もし僕の犠牲で街や多くの命が救われるなら、それで十分です!」
陽太はUCBDの対応や行動の原則を理解していた。それらは全て、瑶妤お姉さんから教わったものだ。その知識が、彼に状況を冷静に受け入れる力を与えていた。
その勇敢な言葉に、隊長は思わず右手の拳を左胸に当て、陽太に誓いを立てるように言った。
「日野君、君の勇気は忘れない。君の犠牲を無駄にはしない。必ずシャドマイラを倒すと約束する」
「……わかりました」
03も納得し、隊長と共に撤退を開始した。
その時、ゴラーテルトンγが再び動き出した。眩暈を振り払うように頭を振り、次の行動を考えようとしていたが、エネルギーウェブがその巨体を貫いた。拘束器から放たれたエネルギーがゴラーテルトンγの体内を駆け巡り、悲鳴が響き渡る。その巨体の動きは封じられたようだ。
瓦礫の下で陽太は、大量失血の影響で意識が薄れていく。息が苦しく、吸う空気がどれだけ冷たいかを感じられない。体中から力が抜けていく。
(これが死ぬという感覚か……頭がぐちゃぐちゃだ。嫌な思い出ばかりが湧いてくる……生まれてから今日が一番最悪な日かもしれないな……)
陽太の脳裏には、今日一日の出来事が鮮明に浮かび上がる。朝食で魚の骨を喉に詰まらせたこと、熱いお茶で舌を火傷したこと、通学途中にカラスに襲われたこと……不運な出来事が次々とよみがえり、その記憶が嫌なほど鮮明だった。
板津修吾に率いられた生徒たちから受けた理不尽ないじめの記憶が蘇る。その瞬間、陽太の胸には悔しさと怒りが同時に込み上げる。だが同時に、自分がこれまでに成し遂げたことを思い出し、どや顔を浮かべた。
(僕はゴミクズなんかじゃない……だって、何度も人を助けることができたんだから……)
そう心の中でつぶやくと、次に頭をよぎったのは学校の屋上で赤星実瀬に振られた苦い記憶だった。その瞬間、陽太の顔に自嘲気味の笑みが浮かぶ。
(赤星さん、僕のことを好きにはならなかった……悔しいけど、君が凄いアイドルになれたらそれでいいよね。)
赤星に対する複雑な感情を抱えながらも、次に思い浮かんだのは、いつも優しく甘やかしてくれた母・黛璃の笑顔だった。その笑顔は、陽太にとっていつでも安心感を与えてくれる存在だった。
(お母さん……僕が人の命を助けたこと、誇りに思ってくれるかな?)
陽太の心に、母の温かい言葉が聞こえてくるような気がした。
学生の頃に父親の辰昭と野球の投球練習をした懐かしい日々を思い返す。
(お父さん……また僕が「でしゃばりすぎた」って叱るだろうな……でも、助けることを止められなかったんだ)
さらに、妹の陽菜との楽しい日々も脳裏に浮かぶ。平日によく遊んだり、ふざけあったり、些細な喧嘩をしたりと、陽菜との思い出が鮮明に甦る。
(陽菜……僕がいなくなったら、きっとすごく泣くだろうな。昔から泣き虫だったもんな……)
陽太は先ほど避難させた人たちの顔を思い出し、ぼそりとつぶやく。
「みんな、うまく避難できたかな……」
記憶に浸る気力も失い、陽太は重くなった瞼を閉じかける。深い眠気が彼を包み込み始めていた。
*
オーロラが輝く空の下、プロメテウス号はプラズマバスター砲の発射準備を整えながら浮遊していた。エネルギーウェブミサイルでゴラーテルトンγを正確に捕捉し、着弾を確実にするための予備処置が進行している。
「本部からの伝令だ。照射領域はクリア。プラズマバスター砲の発射を承認する」
プロメテウス号のポートリッドが開き、砲口が姿を現す。エネルギーが注入されるたびに、砲身に光が走る。準備が整ったことを確認し、大原博士が告げた。
「エネルギーチャージポット、既に満タンじゃ。いつでも発射可能ぞ、エリック君!」
先方のフロントガラスには、ゴラーテルトンγが拡大して映し出されている。その中には、陽太の姿も捉えられていた。
瑶妤が静かに口を開く。
「所長、今回の発射担当を私に任せていただけますか?」
その言葉に、エリックは驚きの表情を浮かべた。
「先ほどレンジャー隊が救助しようとしていたのは……リー博士の甥だよな?」
「リー君、本当か?」
瑶妤は小さく頷き、感情を表に出さずに静かに言う。
「はい。彼は小さい頃から命を救うことに執着しすぎて、しょっちゅう危険な状況に自分を晒していました……まさか、こんな形でまた巻き込まれるとは思いませんでしたが。」
エリックが肩をすくめながら応じる。
「確かに、この前も無鉄砲な行動をしていた。何度も繰り返せば命が持たないぞ……
「だが、彼に向いて、トリガーを引けるのか?」
大原博士は瑶妤の覚悟を試すように、厳しい視線を向けた。瑶妤は毅然とした目で返答する。
「できます。親戚として、現場で彼の最後を見届ける覚悟です。」
「そうか……良かろう。君に任せる」
「感謝します」
システムが瑶妤の操作に対応し、操縦レイバーの裏に隠れていたトリガースイッチが展開される。ターゲットとなるゴラーテルトンγが画面に大きく映し出され、照準が固定された。
「発射準備完了」
地上では、瓦礫に埋もれる陽太は、微弱な息を保ちながら空を見上げた。割れた天井の隙間から吹き込む風が彼の顔を撫で、髪を揺らしている。目に映るオーロラの輝きが、彼の胸を静かに満たした。
「あれ……オーロラ……すっげぇ綺麗だ……」
弱々しく手を伸ばし、その輝きを掴もうとする。
「もう日が暮れたんだな……最後にもう一度、太陽の温かさを感じたかった……」
そう呟くと、陽太は目を閉じた。表情にはどこか安らぎさえ浮かんでいた。




