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第102話 コーチの言葉

 翌日、土曜の朝。日野家の玄関インターホンが鳴った。

 陽菜の親友三人が大きな荷物を抱えてやって来る。勉強合宿のためだ。


 モニターを確かめた陽菜は、すぐ玄関へ。

 一番に入ってきた悠乃が、元気よく挨拶する。

「なーちゃん、おはよう!」

 静琉は荷物を両手で抱え、スカートの裾を押さえて小さく会釈する。

「お邪魔します」

 光玲は最後尾で無言のまま、こちらへ視線を向けた。

「みんな来たね。どうぞ、遠慮なく上がって」


 出かける支度を終えた陽太も廊下に現れる。着ているのは、ヴァリテリオン星の映像をプリントしたTシャツ。動きやすい服装――今日も虎元道場で一日稽古の予定だ。


「お兄ちゃん、出かけるの?」

「うん。いまから千葉へ」

「遠いね」

「お兄ちゃん、異能者の道場に通ってるんだよ」

「え〜、残念。お兄ちゃんと遊びたかったのに」


 はしゃぐ悠乃に、光玲がたしなめる。

「ゆゆ、私たち、そのために泊まりに来たんじゃないよ」

「全部勉強だとしんどいでしょ?」


「ごめん、田中さん。帰ってきたらね。陽菜、行ってくる」

「いってらっしゃい、お兄ちゃん。稽古、頑張ってね」


 三人は荷物を陽菜の部屋に置き、リビングのローテーブルを囲んで座り込む。

「よし、始めましょうか」

 こうして陽菜たちの“夏の勉強合宿”がスタート。一方の陽太は浮遊電車に乗り、虎本道場へ向かった。父・辰昭の死以後、送迎してくれる人もいないため、特急での自力通いが常態になっている。


 道場で陽太はいつも通り稽古をこなし、組手にも参加。

 続いて虎本コーチの個人指導へ。プラズマボールの連投を続けていると、桐哉が静かに姿を見せ、声はかけずに投球フォームと着弾点を見つめた。

 続けて五球、狙いは2、4、5、6番と次々命中。五球目は8番を狙ったが、わずかに逸れて9番との境目を叩く。さらに、妃緒莉に教わったナックルカーブを数球。


 近づいてきた桐哉が、努力を認めるように口元を緩める。陽太は投げる手を止めた。

「虎本コーチ?」

「先日、シャドマイラ討伐に参加したそうだな」

「ご存じなんですか?」

「ああ。事件に協力した異能者の情報は、関係者とくに指導者に共有される。……この前、君のご両親の命を奪った“あれ”か」

 陽太は、静かにうなずいた。

「辰っちゃんも黛璃さんも、きっと君を誇りに思う。道場に通い、週ごとの稽古を積み重ねて、ついに実績を手にした。日野、君は自分の願いへ、大きな一歩を踏み出したな」

「はい。コーチの指導のおかげです。それで、UCBD(クーリーバ)ヤングエイジェントへの申請を出しました」

 思わぬ報告に、桐哉の目がわずかに見開く。

「おお……あそこは推薦人が必要だろう?」

「はい。推薦人三名の承諾を得ました」

「そうか。少し早い気もするが、リーさんが認め、推薦も揃ったなら掴むべきだ。志望は?」

「シャドマイラの防災・討伐に専念したいです」

「なるほど。これまで与えてきた課題は初級だ。任務に合わせ、次の段階へ上げよう。狙いのターゲット数を増やし、散開パターンでも投げてみるんだ」

「はい。やってみます」

「それと、午後は2階エリアを使え。あそこは機材が可動式だ」

「え? でも2階は上級者用じゃ……」

「必要なら遠慮はいらん。レベルを決めるのは俺じゃない、UCBDだ。どんな怪異が相手でも、対応できるよう育てたい」

「ありがとうございます」


「さて、ストレートとカーブは安定してきた。今日からスライダーを教えてやろう」

「カーブと同じ、変化球の一種ですよね?」

「そうだ。投げ方で縦にも横にも変化する。こちらの攻撃パターンを読ませず、逃げ際を追い打つための球だ」

 陽太は真剣に耳を傾け、うなずく。

「まず握りだ。感覚の良い人差し指と中指を縫い目に掛け、親指・薬指も添える。これが基礎フォームだ。投げてみろ」

「はい」

 陽太はボールを取り、教わった握りを再現。左足を上げ、大きく踏み込み、力を乗せて放つ。

「球速はストレート並みに出てます。……けど、曲げつつ狙うのが難しいですね」

「そこだ。縫い目に掛ける位置、どの指に力を入れるかで、軌道は変わる。コントロールは難しいが、コツを掴めば逃げる方向を先に読み、そこへ撃ち抜ける」

「感覚を掴むまでは、実球で繰り返しだ」

「分かりました!」


「ところで、今は夏休みだろう。稽古日以外に来てもいいぞ」

「いいんですか?会費、追加で払わなくて大丈夫ですか?」

「設備だけ使うなら、会員はいつでも使える。それに、硬いことは言うな。俺は辰っちゃんと黛璃さんに誓った。『異能者の君を見守る』とな。力と技の研鑽は一生の課題だ。この道場を自分の家だと思え。使いたいときに連絡して、いつでも来い」


 温かな言葉に、陽太の目が潤む。両親を失い、不安が押し寄せる心に、桐哉の言葉はどれほど大きかったか。


「……ありがとうございます。コーチの期待を超えてみせます」


 その後、陽太はメジャー流の握りや指の力配分、放たれた球がどう変化するかを丁寧に試し続けた。指導が終わると、さらに投球を続けるための許可を得て2階の訓練施設へ。射撃用レールは1階の五倍はある広さだ。


 一球、一球、じっくりと。昼休みに入るまでに、150球を投げ切った。

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