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ただいま、教室

朝、空は少し霞んでいた。

夏の終わりのような曇り空。けれど、風はやさしく背中を押してくれるようだった。


 


「行ってきます」


 


柊が病院のロビーで言ったその言葉に、母はほんの少し目を潤ませながら、笑顔でうなずいた。


「うん、いってらっしゃい」


この日、柊は**“フル登校”を一日だけ許可**された。

無理はできない。でも、柊はどうしてもこの日を逃したくなかった。


 


なぜなら、それは――


 


3. 学校の教室に“ちゃんと”戻る

…という、ずっとノートに書いていた願いを叶える日だから。


朝の教室

 


扉を開けると、少しのざわめきと、そして驚きの声が上がった。


「……柊?」


 


一瞬、空気が止まったように感じたけれど、すぐに誰かが言った。


「うわ、本当に来たんだ!」


「おかえりー!」


 


クラスメイトたちが、笑顔で迎えてくれた。

誰も特別扱いするでもなく、距離を取るでもなく、“いつもの柊”として受け入れてくれた。


 


それが、何よりも嬉しかった。


 


柊は席に座り、周囲を見渡した。

黒板のチョークの跡、机に刻まれた小さな落書き。

日常のすべてが、特別に感じられた。


 


そして授業が始まった。

先生の声、教科書のページをめくる音、廊下から聞こえる運動部のかけ声。


 


「…これだ。これが、“日常”なんだ」


柊はノートを開いて、そっとペンを走らせた。


 


3. 学校の教室に“ちゃんと”戻る ――達成


 


休み時間、友人の美咲が笑いながら話しかけてきた。


「ねえ、柊ってさ、前よりちょっと落ち着いたっていうか…“大人”になった?」


「そう? 入院してると、いろんなこと考えるからね。

“明日が当たり前に来る”って、すごいことだなぁって」


 


「……それってさ、逆にズルいよ。そんなふうに話されたら泣きそうになるじゃん」


 


美咲がそっと柊の肩に頭を預けてくる。

教室の光が、彼女たちの後ろ姿をやわらかく包んでいた。


 


昼休みには、クラスみんなで“おかえり会”のようなものが開かれた。

手作りの色紙、メッセージカード、そしてなぜか校内放送で「柊が来てます」アナウンスまで。


 


「大袈裟だってば〜!」


と笑いながら、柊は何度も「ありがとう」と言った。


 


望先生が言った。


「この教室は、君の居場所だ。ずっと、そうだった」


 


柊はこくりと頷いた。


「また戻ってくるね。何度でも」


 


その言葉に、誰もが静かに笑った。


 


夕方。

校門から出るとき、柊は空を見上げた。

曇り空の向こうに、わずかに光が差していた。


「ただいま、教室」


心の中でそう呟いた。



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