表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/14

七海に夢を思い出してほしい

病院の廊下を歩いていると、向こうから足早に通り過ぎていく少女の姿が見えた。

短く切りそろえられた黒髪、片耳にイヤホン。目は伏せられ、誰にも興味がないような歩き方。

柊は、すぐにその子の名前を思い出した。


 


七海ななみ――

同じ病棟の中学生。年は一つ上。

無愛想で、いつも誰かを突き放すような空気をまとっていた。


 


「…またあの子、ひとりでいるね」


ナースの真理さんがつぶやいた。


「話しかけても、だいたい無視されちゃうのよ。寂しいの、隠してるんだろうけどね」


 


その夜、柊はノートを開き、4番目の願いにそっと目を落とした。


4. 七海に夢を思い出してほしい


 


翌日、病室の隅でイヤホンをつけていた七海に、柊は声をかけた。


「ねえ、何聞いてるの?」


「……クラシックロック。知らないでしょ、あんたには」


「AC/DC?」


七海がぴくっと反応した。


「え、それ知ってんの?」


「お姉ちゃんが昔、うるさい音楽ばっか聞いてたから。あたしも自然に覚えた」


 


それがきっかけだった。


二人は少しずつ話すようになった。

それでも七海は、どこか壁を残していた。


 


「夢とか、あんの?」


ある日、柊が何気なく聞いた。


「夢? …あるわけないでしょ」


 


七海は窓の外を見ながら言った。


「前はさ、保育士になりたかったんだよ。子ども好きだったし。でも、今はもう無理。身体こんなで、将来どうせ短いって言われてんのに。夢とか、バカらしい」


 


柊はしばらく黙っていた。

それから、静かに口を開いた。


 


「それでも、夢って意味あると思うんだ」


「なんで? 死ぬのに?」


「うん、死ぬのに」


柊はまっすぐ七海を見つめた。


 


「でもね、生きてる間に“なりたい自分”があるって、それだけで毎日が違ってくる。

たとえ叶わなくても、その夢を思い出して笑える時間があるなら、すごく意味があると思うんだ」


 


七海は言葉を失った。

涙をこらえるように目をそらした。


 


「…あたし、保育士って言ったら笑われたんだ。こんな身体で無理って。

だけど、いま柊に言われて…ちょっとだけ思い出した。好きだった自分を」


 


柊は小さく笑った。


「そしたら…私の願い、叶っちゃったかも」


 


七海が目を見開いた。


「え?」


柊はノートを開き、七海の目の前で一本の線を引いた。


4. 七海に夢を思い出してほしい ――達成


 


七海はその様子を見て、ぽつりと呟いた。


「ねぇ…その願いリストに、今度は“七海が夢を追いかける”って書いといてよ」


「うん、書くね。でもそれは、あなたのリストに書くんだよ」


 


二人は笑い合った。

病室の天井に、夕日がゆっくりと差し込んでいた。


 


夢が“未来”に届くとは限らない。

でも、“今”をあたためることはできる――そう感じた日だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ