一番目の願い「結人にもう一度笑ってほしい」
秋の風が窓をかすめ、病室のカーテンがふわりと揺れる。
柊はベッドに座りながら、白い便箋にペンを走らせていた。筆跡は少し揺れているが、文字には確かな想いが込められていた。
「けっくんへ。
あたし、いま笑ってる。
だから、けっくんも笑ってよ。
そしたら、ひとつ目の願いが叶うんだ。」
書き終えた手紙を折りたたみ、封筒に入れると、柊はナースコールを押した。
「ねえ、真理さん。お願いがあるの」
「なにかしら?」
「この手紙、届けてほしい人がいるの」
その相手は、結人。
柊の幼なじみで、小さい頃からずっと一緒だった男の子。
でも、中学に入ってから彼はすっかり無口になってしまった。
数ヶ月前、結人の母が突然家を出て行った。その日から彼は心を閉ざし、笑わなくなった。
クラスでも必要最低限の言葉しか話さず、柊にさえ距離を置いていた。
「きっと、心がぐちゃぐちゃなんだと思う」
柊はそう言って、結人を責めたことはなかった。
それでも、ずっと思っていた――もう一度、あの笑顔が見たいと。
──翌日、結人が病院を訪ねてきた。
病室の扉がゆっくり開き、制服姿の彼が立っていた。
少し伸びた前髪が目にかかっていて、その表情はよく見えない。
「…柊」
「けっくん、来てくれたんだ!」
柊の顔がぱっと明るくなる。
一瞬だけ、結人の目がわずかに揺れた。
「…これ、持ってきた」
結人は小さな花束を差し出した。
それは白と黄色の小さなマーガレットが束ねられたものだった。
「お花? 誰がくれたの?」
「…俺。自分で…買った」
柊の手が小さく震える。
「けっくん、ありがとう」
沈黙が流れた。
それを破ったのは、結人の声だった。
「…バカ。こんなんで泣かすなよ」
そう言って、彼はほんの少しだけ、口元を緩めた。
ぎこちなくて、不器用で、でも確かに――笑っていた。
柊の頬を一筋の涙が伝う。
「願い、一つ叶っちゃった」
その声はかすかに震えていたけれど、満たされた光がにじんでいた。
結人は言った。
「まだ全部、叶えてないだろ」
「……うん。次も、見ててくれる?」
「ああ」
短い言葉の中に、確かな約束が宿っていた。
秋の風がまたカーテンを揺らす。
柊の願いのノートには、一本の線が引かれていた。
1. 結人にもう一度笑ってほしい ――達成
そして彼女は、次のページを静かに開いた。