令嬢を持ち帰った
新鮮な街並みを見渡しながら、俺は冒険者ギルドへと向かった。
「さすがのデカさだな」
周りの建物とは比べられない多さの建物がそこにはあった。
中に入ると右側に受け付けがあり、可愛らしい受付嬢が冒険者達の対応をしていた。
左側には酒場があり、まだ日が昇っているにもかかわらず、ベロベロに酔っている人達もいる。
何と言うか雰囲気あるなあ。
受け付けの列に並び待つこと数分、ついに俺の番となった。
「こんにちは。⋯⋯⋯⋯黒髪」
ネームプレートにミルティと書かれた受付嬢が俺を見て驚いた顔をした。
「どうしました?」
「あっ、いえ。本日はどういったご要件で?」
「ギルドに加入したくて」
「それでしたら、まず手数料として10ラーツをいただきます」
「わかりました」
俺はミルティさんに10ラーツを手渡した。
「それでは次にお名前を教えてください」
「天音 旬です」
「アマネ・シュン様ですね。ではギルド証を発行致しますので少々お待ちください」
そう言ってミルティさんは受付から離れた。
何だったんだ? 最初の反応。
それに今気づいたが、俺すごい見られてる。
「あれ見ろよ」
「うわ、黒髪じゃん」
「噂に聞く、黒の英雄ってやつか」
「今回のはどれほどの実力を持っているんだろうな」
聞き耳を立ててみると、そんな事が耳に入ってきた。
黒の英雄? 何だそれは。
そんな事を思っている内にミルティさんが受付に戻ってきていた。
「お待たせしました。こちらがギルド証です」
「ありがとうございます」
受け取ったギルド証にはEという文字がデカデカと書かれていた。
「冒険者のランクはE級、D級、C級、B級、A級、S級となっています。アマネ様は新人ですのでE級からのスタートとなります。後ろの掲示板にランク分けされたミッションが用意されてますのでご確認ください。一つ上のランクまでは受ける事が出来ますが失敗すると違約金が発生しますので注意してください。ミッション10連続成功でランクが一つ上がります。ただしB級からは昇格試験がございます」
「わかりました」
それにしても掲示板に貼り付けてあるミッション数は異常だな。特にEとD、あの中から良いのを探すのは骨が折れそうだ。
「説明は以上ですが何か質問などはございますか?」
「えっと、初めてでも受けやすいミッションとかってありますか?」
「そうですね⋯⋯⋯⋯ミッション内容はどう言ったものがよろしいですか?」
「討伐系で」
レベル上げたいし、スキルも試したいからな。
「でしたらスライムの討伐ミッションがオススメですよ」
「そうですか。ありがとうございます」
俺は掲示板に移動し、それを目当てに探し始める。
薬草採取に⋯⋯⋯飼い猫の捜索⋯⋯⋯力仕事のお手伝い⋯⋯⋯⋯⋯。
スライム討伐は、なかなか見つからないな。
数分格闘したが、多すぎるミッション数から一つを見つけ出すことは出来なかった。
「そこの少年、何か探しているのか?」
そう言って体格のでかい、筋肉質な男が俺の前に来た。
「えっと⋯⋯⋯⋯スライム討伐のミッションを探しているんです」
「スライム討伐か⋯⋯⋯⋯⋯。討伐系は大概右端によってるんだよな。⋯⋯⋯⋯お、あったぞ。スライム3体討伐だ」
「ありがとうございます!」
すごい。
俺が数分かけても見つからなかったミッションを数秒で見つけ出してくれた。
とても良い人だ。
こういうフレンドリーなところも冒険者って感じするな。
「もしかして少年は、新入りか?」
「はい。アマネ・シュンといいます」
「シュンか。俺はバルト・ハルトC級冒険者だ。ところでシュン、お前は黒の英雄か?」
さっきも聞いたなそれ。
「あの、黒の英雄って何ですか?」
俺の発言にバルトは少し驚いた反応をした。
「⋯⋯⋯⋯知らないのか。黒の英雄ってのはな、稀にこのギルドに現れてソロで、ものすごい速度で昇格していくやつのことを言うんだ。そいつらのほとんどが黒髪黒目だからそう呼ばれるようになったんだ。危機が訪れた時に圧倒的な力で全てを跳ね除けるからここじゃ英雄扱いさ」
なるほど。召喚された人の大半───もしくは全てがこの街から始まるり、基礎能力が高いから簡単に昇格する。だから黒の英雄なんて存在が定着したというわけか。
てことは多分俺も含まれるんだろうな。
「だがシュン。黒の英雄とは呼ばれているが、それをよく思わない連中もいる。そいつらは黒髪黒目ってだけで判別をつけるから、周りには気を付けろよ」
「わかりました⋯⋯⋯⋯」
何それ怖い。夜道に襲われたりしないよな?
「まっ、俺は歓迎するぜ。困ったことがあったらいつでも聞いてくれ」
「ありがとうございます」
そんな感じでバルトさんとは別れ、ミッションの紙を手にして受付へと向かった。
「これでお願いします」
「了解しました。あっ、そうだアマネ様、入会して頂いたお礼に杖か、剣どちらか一本お渡しさせて頂いているのですがどちらがよろしいでしょうか?」
杖か剣⋯⋯⋯⋯迷うな。
でも剣の方がカッコイイ気がするしな。
「剣でお願いします」
「了解しました」
そうして渡された剣はRPGでも序盤にしか使わなさそうなちゃっちい物だった。
ほぼ無料みたいなものなので仕方ない。
まあしょぼいけどやっぱかっこいいな。
俺は普通に満足した。
「まさか第二王子の婚約者が国家反逆罪とはな」
ギルドを去る途中、掲示板を見ながらそう言う冒険者の声が聞こえた。
「指名手配って王国は何やってんだ」
俺は少し気になり遠目でその貼り紙を見た。
指名手配中という文字がデカデカと書かれており、名前と顔写真が貼られていた。
名前はリーシャ・ミリセント。
写真を見て抱いた印象としては、銀髪ロングの美少女といった具合だ。
ていうか写真とかあんだな。画質も綺麗だし、しかもカラーって。魔法か? もし違うとしたら雰囲気ぶち壊しだ。
ここだけ見たら、まるで現実世界のカメラで撮ったみたいに見えるからな。
そんな事を思いつつ俺はギルドを去った。
討伐ミッションの場である森へ向かっている時、
【クエスト発生】
クエスト : D級冒険者に昇格(期間1週間)
1週間でD級冒険者!? 鬼か!
『鬼じゃありませんよ』
不服そうにそう言うシェリア。
ミッション10連続成功だぞ? それを1週間だぞ?
『確かに厳しそうに見えますが、E級、D級のミッションは非常に簡単です。なので思ったよりサクッと上がれますよ』
ほんとかよ⋯⋯⋯⋯⋯。
ていうかそんなに焦る必要も無いか。
別にクリア出来なくても死ぬわけじゃないし。
自分のペースでやっていこう。
あっ、でも報酬は受け取りたいかも。
報酬は何だ?
『クエストの成功報酬は大体新たなスキルを一つ差し上げています』
おお! それはいいな。
※
そうして歩き続け、俺は討伐ミッションの場である森の中に来た。
そこには三体のスライムがいた。
様子を伺い、俺は草むらから飛び出す。
目の前にいるスライムに剣を突き刺し、倒す。
元のステータスが高いからか? いつも以上に体が軽い。
これなら余裕だな。
次はスキルか。
スキルの発動方法は⋯⋯⋯⋯放つ方向に手を伸ばして、声に出して詠唱ね。
俺は一体のスライムに手を向ける。
「火の玉」
スキル<火魔法>に含まれる魔法で火の玉を飛ばせる。
それに当たったスライムは燃えてなくなった。
次は<闇魔法>かな。
「束縛の呪い」
すると前で飛び跳ねていたスライムが黒い影のようなものに纏われ、動けなくなった。
俺はそのスライムに向かって剣を振るい、倒した。
なるほどこんな感じか。
試せなかったのもあるが、とりあえずこの二つのスキルはそこそこ高い性能があることは分かった。
Lv1→Lv2
名前 : 天音 旬
Lv2
称号 : 【Lv5で解放】
HP : 110
MP : 100/110
筋力 : 55(+2)
耐久 : 58(+3)
速度 : 54(+2)
固有スキル : <召喚・帰還><言語理解><複合>
称号スキル : 【Lv5で解放】
スキル : <闇魔法Lv1><火魔法Lv1>
換金可能ポイント : 990
※
初のミッションを終え、俺は冒険者ギルドへと戻った。
「やめてください⋯⋯⋯⋯」
戻ってそうそう冒険者ギルドの闇を知った気分になった。
「えぇ⋯⋯⋯何でだよ。飯くらい良いじゃねぇか」
金髪に蛇顔のいかにも柄の悪そうな奴が受付嬢のミルティさんに絡んでいる。
蛇顔の男はミルティさんの手を掴んで離そうとしない。
ていうか何で誰も助けようとしないんだ?
俺がそう思っていると、一人の男が蛇男に近づいた。
その男には見覚えがあった。
バルトさんだ。
「おい、お前。いい加減やめたらどうだ?」
そう言って蛇男のミルティを掴む手を離そうとした。
その瞬間───。
「何だてめぇ!」
「───グハッ」
蛇顔はバルトさんの腹を思いっきり蹴り飛ばしたのだ。
そして蛇顔はバルトさんに近づき、鋭い眼光で睨みつけて言った。
「てめぇ、俺を知らないわけじゃねぇよな?」
「ガウス・グリフだろ? ⋯⋯⋯⋯もちろん知ってるぜ。⋯⋯⋯⋯悪い噂しか聞かねぇけどな⋯⋯⋯」
なるほど。おそらくガウスという男はこのギルドで結構な実力者なんだろう。
しかも悪い噂しか聞かない。
つまりは仲裁に入れば、恨みをかって報復を受ける可能性もあるわけだ。誰も止めに入らないのも頷ける。
「ああ、そうさ。俺はB級冒険者のガウス・グリフ様だ。その俺に刃向かったということは分かるよなぁ筋肉ダルマ!」
そう言ってガウスは拳を固く握り、バルトさんに目掛けて振り下ろした。
「束縛の呪い」
俺はそれを黙って見ていることは出来なかった。
バルトさんは良い人だ。あのままでは日が暮れていたであろうミッション探しを手伝ってもらった恩がある。
その恩を返す時だと思った。
影に覆われ、ガウスは身動きが出来なくなった。
「な、何じゃこりゃ」
「その辺にしろよ蛇顔」
「何だてめっ───っ!! ⋯⋯⋯黒髪だと⋯⋯⋯⋯⋯」
ガウスは俺を見るなり驚いた顔をした。
「闇魔法か⋯⋯⋯。てかシュンじゃねぇか」
バルトも同じく驚いた顔をする。
俺は魔法を解除し、ガウスを解放する。
「失せろ蛇顔」
「チッ。⋯⋯⋯⋯ぜってぇ殺してやるよ」
そんな捨て台詞を吐き、ガウスは冒険者ギルドを去っていった。
「すげー」
「やっぱ黒の英雄だったんだ」
「てか闇魔法って⋯⋯⋯⋯大丈夫かあいつ」
「魔族の刺客じゃないよな⋯⋯⋯」
周りの反応は様々だ。賞賛するやつ、逆に疑うやつ。闇魔法に対する偏見もあるようだ。
まあそう上手くはいかないよな。
「ありがとうよシュン」
「いえ、当然のことをしただけです。⋯⋯⋯⋯それにしても逃げるのが早かったですね」
俺がそう言うとバルトさんはガウスを小馬鹿にしたような顔で言った。
「そうだろ。あいつな、一度黒の英雄に喧嘩ふっかけてボコボコされた事があったんだよ。それからというもの黒の英雄には少々ビビってんだ」
「そういうことですか」
思ったより小物だな。
「それでもガウスは執念深いからな。一度目をつけた相手にはとことん嫌がらせをしないと気が済まないらしい。だからシュン、気を付けろよ」
「えっ、それは面倒だな⋯⋯⋯⋯」
こちらに来てそうそう、俺は変なやつに目をつけられてしまったらしい。
そんな事もあったが結果的には騒ぎは収まった。
俺はミッションの報酬を受け取りに受付へと向かう。
「ありがとうございますアマネ様」
ミルティさんは深く頭を下げてそう言った。
「いえいえ、無事で何よりです」
「こちらがミッション報酬となります」
そう言ってミルティさんは200ラーツをくれた。
森へ潜りスライム3体倒して200円。元の世界で考えたらしょぼすぎる報酬だが、ギルドへ向かっている途中に見た屋台では現実世界で一本100円以上はしそうな串焼きが一本20ラーツと破格の安さで売っていたため、スライム程度だとこんなものなのだろう。
「ありがとうございます」
報酬を受け取った俺はギルドを去った。
スキルとかに夢中になってたから気づかなかったけど、制服が泥で汚れてるな。
洗わないとだし、今日は帰るか。
持ってる武器とかどうしたら良いんだろ?
『それでしたらインベントリをお使いください。ステータス画面の方から操作できます』
シェリアに言われた通り、俺はステータス画面からインベントリを選択した。
そこには12個の枠があった。
『そこに物を入れますとインベントリ内で保存されます』
へぇ〜めちゃくちゃ便利じゃん。
俺は剣をインベントリにしまった。それによって枠が一つ埋まった。
じゃあ帰るか。
「帰還」
そう口にすると、目の前に10のカウントが現れた。
どうやら0になると戻れるらしい。
「何だ何だ?」
「誰か追いかけられてるぞ!」
道を行く人達がそんな事を口にしながら、同じ方向に目を向けていた。つられて俺もその方に視線を向ける。
鎧を纏い剣を持った、いかにも騎士らしい見た目の人達が汚れたドレスにボロボロの布をローブ代わりにしている少女を追いかけていた。
⋯⋯⋯6、5、4⋯⋯⋯⋯。
帰還のカウントがどんどん進んでいく。
それと同時に少女との距離も縮まってきていた。
息絶えだえに走る少女はフラフラと真っ直ぐ走れておらず、明らかに様子がおかしい。
今にも足がもつれてしまいそうだ。
⋯⋯⋯3、2⋯⋯⋯。
少女は前方をあまり見ず、頭の倒れる方向に引っ張られているかのように進んでいく。いつの間にか少女は、俺の目の前まで来ていた。
「⋯⋯⋯⋯助けて⋯⋯⋯⋯ァ⋯⋯⋯⋯」
案の定その少女は足が縺れ、バランスを崩した。なんと少女はその勢いのまま俺の方に倒れ込んできたのだ。
「ちょ!?」
⋯⋯1⋯⋯。
突然のことに反応できなかった俺は、少女と共にその場に倒れた。
もちろん俺は少女の下敷きになったままだ。
⋯⋯0。
その瞬間、カウントが0になり視界が真っ白な光に包まれ、見えなくなった。
※
視界が開け、気がついたら俺は自宅に転がっていた。
何だ? 何か暖かい。それに重い。
俺は仰向けのまま視線をお腹に向ける。
驚いた事に俺の胸の中にはさっきの少女が居た。
「えっ⋯⋯⋯はっ? ⋯⋯⋯⋯えっ!?」
俺は驚き、起き上がる。
その声に驚いた少女が体をビクつかせ、ゆっくりと顔を俺の方に向けてきた。
「あっ! ⋯⋯え、えと⋯⋯⋯すみません⋯⋯⋯⋯」
弱々しい声でそう言いって少女は立ち上がるとフラフラと後退りを始め、俺からどんどん距離を離していく。
「───キャッ」
少女は玄関の段差に躓き、尻もちを着いた。それによってローブがズレ、床に落ちた。
「大丈───」
そこには銀髪ロングの可愛らしい少女が居た。
「えっ⋯⋯⋯⋯⋯」
銀髪、それにその顔。
まさかあの指名手配の───。
少女はローブがズレ落ちていることに気がつくと、すかさず手で顔を覆い隠した。
「あ、あぁ⋯⋯⋯⋯み、見ないでください⋯⋯⋯⋯」
そう言って体を震わせる少女。
「違うんです⋯⋯⋯私じゃ⋯⋯⋯私じゃないんです⋯⋯⋯」
少女は軽いパニック状態に入っていた。
「お、落ち着いて。大丈夫だから。俺は何もしないから」
このセリフ何かするやつが良く言ってるよな⋯⋯⋯⋯。
「ほ、ほんとに、ほんとに何もしないから! だから落ち着てくれ」
俺は必死にそう伝える。
すると少女は少し驚いた顔をした後、俺の方を見てこう言った。
「⋯⋯⋯⋯嘘じゃないんですね」
よく分からないが少女には俺の言葉が伝わったらしい。
俺は安堵しつつも、あっさり信じた事に少し疑問を覚えた。
すると少女は辺りを見渡し、口を開いた。
「ここはどこですか? それとあなたは誰ですか?」
少し警戒した表情を浮かべながらそう言う少女。
「俺はただの学生で、ここは俺の家だ」
「家⋯⋯⋯⋯。私をた、助けてくれたんですか?」
何でか分からないがこの少女には嘘が見抜かれるような気がする。下手に嘘をつくよりかは、全部正直に言った方が良さそうだな。
「いや、君が俺を下敷きにしただけだよ」
「あ、それは⋯⋯⋯すみませんでした」
少女は深く頭を下げた。
「別に気にしてないよ」
すると少女はフラフラと立ち上がるとこう言った。
「ではそろそろ私は出ていきますね。一緒にいると迷惑をかけてしまいますから」
この発言⋯⋯⋯⋯確定だな。
だがここで出していいのだろうか。
ここは彼女の住んでいる世界じゃない。
指名手配犯だと身構えたが、言うほど怪しいやつには見えない。ただ俺がそう信じたいだけかもしれないが。だからこそ安心はできない。こっちの世界で暴れられても困るからな。事故とはいえ持ち込んだのは俺だ。どうにかする責任があるんじゃないだろうか。
それにさっきから足取りはおぼつかないし、服は汚れてるし、体もボロボロ。このまま放り出すとどこかで野垂れ死んでしまいそうだ。
「待て。出て行ってどうするんだ? ここは君の知らない世界なんだぞ」
「えっ⋯⋯⋯⋯どういう事ですか?」
「こっちに来い」
俺はそう言って窓の近くに手招きをする。
異世界に行っていた時間を考えたら日が沈んでいてもおかしくないのだが、召喚された時とほとんど変わってない。だから外の風景は十分見える。
どうやら時差があるらしい。
少女は恐る恐るといった感じでこちらに近づき、窓から外を眺める。
「えっ⋯⋯⋯これは⋯⋯⋯⋯どうなっているのですか?」
俺はマンションの7階に住んでいるので景色はそこそこいい(建物が見えるだけで綺麗では無い)。
「そ、それに高いです! これは崩れたりしないんですか!!」
そう言い慌て出す少女。
向こうの世界にはここまで高い建物は無かったので驚いているのだろう。
「大丈夫だよ。それと君が警戒してるような人達はこの世界に居ないし、まず君を知ってる人は誰一人居ない」
この事実さえ知れば少しは安心するだろう。
嘘じゃないからな。
「ほんと⋯⋯⋯何ですか⋯⋯⋯?」
すると少女は全身から力が抜けたかのようにして、その場にストンと座り込んだ。
「大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。少し気な抜けてしまって⋯⋯⋯⋯」
そう言ってポツリと涙を流す少女。
これも嘘には見えない。
「⋯⋯⋯⋯⋯君の名前を教えてくれないか?」
「な、名前⋯⋯⋯⋯ですか」
すると少女の手がブルブルと震えだした。
きっと俺の事を信用しきれておらず、口にするのが怖いのだろう。
俺はその少女の手を取り「大丈夫、俺は君の敵じゃない」と目を合わせそう言った。
俺は彼女にあまり悪い印象を抱かない。何か事情があるんじゃないだろうか。
しばらくして手の震えが収まり、少女は一息付いて、言った。
「⋯⋯⋯⋯私の名前はリーシャ。リーシャ・ミリセントです」




