机上の手紙
読みに来て下さり、ありがとうございます。
リュシウォンの大学校入学を控えて、王都の屋敷に帰宅したヘンリエッタは、執務室の机上に運ばれてきた手紙に思わず呟いた。
「予想を上回る量ね…。」
王都の屋敷の家令であるセルマンや執事達が運んできたきた手紙は、広い筈のヘンリエッタの執務室の机を簡単に埋めてしまったのだ。
「方々から、届いておりますので。リュシウォン様の分だけでは無く、お嬢様ご自身への手紙もお願いします。急ぎの物や、重要な物は領地に送らせて頂きましたから、こちらには御座いません。」
家令の言葉に、ヘンリエッタは軽く溜め息を付いてから自分宛の手紙の山に手を伸ばして一番上にあった一通を拾い上げる。
その一通の宛名を見て、ヘンリエッタは平然とお茶を入れている家令に視線を向けた。手紙の宛名は、〝カイエン・セロア・ハドソン〟…。
「…、ええ。ありがとう。」
王族との婚約破棄は、社交界のヘンリエッタの評判を落としたが、養蚕業の成功は彼女への結婚の申し込みを増やした。
財産分与の権利を持たない次男三男や、妻に先立たれた寡夫等、ヘンリエッタ自身の評判に構っていられない切羽詰まっている男や財産を狙っているであろう男達がこぞって手紙を寄越すようになっているのだ。
正当な相続者であるロマニエルは、音楽の神に愛され若くから恵まれた海外生活を送っているので、そもそも家の財産に対して眼中に無い。
ヘンリエッタが継げるなら、喜んで差し出すだろう。
伯爵は知っているのに、ヘンリエッタが婚約破棄されて以降結婚の事は何も言ってこない。そういう所が、あの人らしいといえばそうだが、今のメルトンの法律は女だけが未婚で家の財産を受け継ぐ出来ない。
その家の娘が財産を得るには、結婚し夫の存在が不可欠なのだが…。
カイエンは現国王の下の弟。
(セルマンがわざわざカイエンの手紙を王都に残すなんて、お父様が何か絡んでいるのかしら…。)
自分宛の手紙の山を半分片付けたヘンリエッタは手を休め、アンが準備したお茶に口を付ける。彼女の好きな、ローズヒップのフルーティな香りが鼻に抜けていく。
ヘンリエッタは、残りの手紙を眺めつつぼんやりと思う。
(お父様は、どうして何も言わないのかしら。…私達の大事な事って、大きく違うのだろうけれど。帰国されてからずっと王都にいるけれど、私が質問をしてもまともに答えが返ってきた事なんて無かったし…。)
ヘンリエッタは、まだ手を付けていないリュシウォン宛のエスコートの誘いの手紙の山に目を向ける。
リュシウォンは、伯爵のお気に入り…。
(お父様は、私がリュシウォンにエスコートされて舞踏会に出席しても、多分何も仰ら無い…。)
とはいえ、ヘンリエッタにそのつもりは無い訳で。
彼女は持っていたティーカップをソーサーに戻すと、再び残りの手紙の山に手を伸ばした。
◇◇◇◇◇
「荒れてますねぇ…。」
ニードルは、汗だくで寝転がった若者を見下ろした。
「何とも、思われてない。」
荒い息遣いをするリュシウォンのぼやきに、彼の鍛錬に付き合う護衛は頭を搔いた。
〝誰〟が〝誰〟をと聞き返すのは、野暮というもの。
リュシウォンの想い人は、ドラメント伯爵家の新参者のニードルでさえ知っている、伯爵家周知の事だったから。
それだけ、彼の想いは周りの者達から温かく見守られてきた様だ。
ニードルにとって、周りの状況はかなり違えど、かつての主を彷彿とさせる既視感のある光景だった。
だがその主の想いは叶わなかったし、社交界から姿を消した彼が、今はどうしているのかは知るよしもない…。
「そんな事、無いと思いますよ。貴方の事を、とても大事にされているじゃないですか。」
〝保護者として〟とは、同性として言いにくい事実ではあるが…。
転がっていたリュシウォンは、キュッと身を縮めると全身のバネを生かして飛び起きた。シャツやスラウザーズに付いた砂を軽く払うと、ニードルに向かって言う。
「今日はもう、打ち合いは辞めるよう。後は、素振りに切り替えるから。ニードルは、先に休んで良いよ。」
リュシウォンはそういうと、さっさと競技用の剣から真剣に持ち替えて素振りを始める。
(良い判断だ…。)
感情に任せて打ち合いをしても、互いに無用な怪我のリスクが上がるだけ。もう直ぐ、夕暮れになるのでニードルの仕事は今日は終わりだった。
周りが、彼を温かく見守っている理由が何となく分かる。
ニードルは、思わず苦笑いになった。
「俺は、道具の手入れをします。」
今度は、見届けられる自分がいる気がした。
最後まで読んで下さり、ありがとうございます。
次回投稿は、明日20時です。




