青々と茂る土地は 下
読みに来て下さり、ありがとうございます!
風が吹き抜けていく丘を、ヘンリエッタはリュシウォンと並び歩く。その後ろを侍女のアン、護衛のアルマとニードルが付いて行く。
彼女は満足そうに領地を眺めて歩きながら、遂に背丈を抜かれてしまった隣のリュシウォンに聞いた。
「今週は、領地にいるんでしょう?リュシー。」
「うん、そうするつもり。…、ねえ、リタさん、前に言った事は受けてくれる?」
ヘンリエッタはその言葉に、前回リュシウォンとした会話を思い返す。
『王都で開かれる陛下の舞踏会で、リタさんをエスコートしたい。』
期待を込めて黄色い瞳で見下ろしてくるリュシウォンに、ヘンリエッタは僅かに眉間にしわ寄せ首を横に振った。
「リュシー、陛下の舞踏会のエスコートする相手は家族でも良いけれど、私が貴方にエスコートされるのは相応しく無いわ。エスコートのお誘いの手紙が何通も届いていると、セルマンから聞いているわよ?」
ヘンリエッタの答えに、リュシウォンは明らかに不満げに言う。
「…そうだけど。自分でエスコートする相手は、リタさんが良いんだ。」
「リュシー…。」
「僕にとって、リタさん以外相応しい相手はいないよ。」
リュシウォンの真っ直ぐな言葉と眼差しに、ヘンリエッタは一瞬絡め取られるかのように固まる。最近、彼の穢れない直向きな態度に、自分はどうすれば良いのか分からない居心地の悪さを感じていた。
だが、ヘンリエッタは再び首を横に振った。
「舞踏会で誰かをエスコートして出席するという事は、これからも社交界で身を置く貴族には大事な事よ。お父様の後に着いて、出席していたこれまでとは意味が違うわ。」
ドラメント伯爵は、三年前頃からリュシウォンを連れて社交場に出ているとセルマンから報告を受けている。
彼は、伯爵のお気に入りとなっている。
「私では…、貴方の為にはならない。」
「そんな事無いよ。ヘンリエッタはメルトンでは、知らない人がいない位有名な女性だよ?貴女の事業者としての手腕や洞察力、世間の流れを予見する力は、僕等の年代でも憧れなんだ。」
リュシウォンの言葉に、ヘンリエッタは苦笑いする。
「社交界で…、私が貴方を〝愛玩〟にしているって噂されているのは、リュシーだって知っているでしょう?」
「そんなの、貴女の功績に嫉妬している一部の奴等が流しているデマでしょう?貴女を知る人は、誰もそんな話信じていない。」
「だけれど、社交界は体裁と評判が必要な場所…。それは、貴方も分かるでしょう?噂を具現化する事は無いわ。」
〝ドラメント伯爵家の愛玩動物。〟
ふっと一人になる刹那、若い異国人である彼にわざと聞こえるようにそう言ってくる輩達もいる。
どれも、虚勢を張るだけの奴等だったが。
「そんなデマを流す奴等もそれを信じる奴等も、この先まともに付き合う気はありません。伯爵に助け出された俺は、貴女が面倒を見て生かしてくれた。知識も、経験も、思想も机上で得られる物以上に、貴女が見せてくれ与えてくれたんだ。」
「リュシー…。」
「貴女が居なくては、今の自分はいなかった。リタさんは、誰よりもエスコートするに相応しい女性だよ!」
ヘンリエッタ達の後ろで、アン達は大いに肯定する。
ドラメント伯爵領地がメルトン一、二といわれるまでに恵まれた場所となれたのは、ヘンリエッタの直向きな思いがそのまま形になったのだ。
彼女はただひたすらに領地に、恩恵を領民へ還元してきた。彼等に知識を与え、職を与え、領地のインフラを整え、防災対策を整える。
けれど、ヘンリエッタがいくら頑張っても彼女自身には何の恩恵があったのだろう。
ずっと、彼女の傍にいる者達は自分達が幸せを得るように、彼女が認められ幸せになることを望んでいる。
それなのに、社交界はそうでは無い。
彼等は先王の影の側近、そして現国王にも影響力があるドラメント伯爵に対して畏怖は持ち合わせている。
しかし、ヘンリエッタに対しては王族側から婚約破棄されたことでのし上がった強欲女だとか、職業婦人が増えてきている世の中であっても、年齢的に行き遅れになりかけている彼女に対してリュシウォンを愛玩しているだとか影で揶揄する。
ドラメント伯爵を恐れて表立って言う者はいないが、ヘンリエッタは社交界では評価されず孤立していた。
(社交界と距離をとっていても、そういう話しは何かしら耳に入ってくる。私だけならまだしも、リュシウォンの評判まで下げるわけにはいかない…。)
ヘンリエッタはスッと背筋を伸ばすと、正面からリュシウォンを見返した。
「私は大学校の入学式に、ドラメント伯爵の代理で来賓として呼ばれているの。だから来週は、貴方と一緒に王都の屋敷に帰ります。」
「本当に!?やった!」
リュシウォンが嬉しそうにパッと笑った直後、ヘンリエッタは言い放った。
「その時に、私が屋敷に届いている貴方宛のお誘いの手紙の中からエスコートするに相応しいご令嬢を見繕って、大学校の入学式に実際彼女達を見てから決めましょう。」
「リタさん!」
「「お嬢様!?」」
リュシウォンだけでなく、後ろに控えるアンとアルマも思わず声を上げた。その横で、ニードルは頭を搔く。
「これが、私の決定事項よ。」
そう言い放ったヘンリエッタは、リュシウォンの顔を見返すことが出来い。
そのまま立ち竦む彼等を置いて、彼女は一人屋敷へ向かって歩き出した。
最後まで読んで下さり、ありがとうございます!
また次回、宜しければお付き合い下さい。




