イリウスの受難と 上
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サクッと楽しんで下さい。
(ヘンリエッタ…。)
イリウスは、目を閉じて手の内に握る真紅のハンカチに唇を寄せる。ハンカチに染み込ませてあった香りは、もうしない。
それが、彼の悲しみと苦しみを助長させる。
(君に、会いたい。抱き締めたい。)
もう、一ヶ月も顔を見ていないのだと改めて思う。
◇◇◇◇◇
マリアナはそれから連日、イリウスの元に通って来た。公爵や周りに愛想を振り撒き、イリウスを連れ出してハローティを案内した。良く話し、良く笑う。
そして、二人になればイリウスに身を寄せそれが当然の様に甘えてくる。
(ヘンリエッタとは、真逆のタイプだ…。)
そんな彼女を、邪険にも出来ないイリウスは今日もまた、引きづられる様に連れ出されている。
「今日は、お父様に会いに行きましょう。」
「統治者に…?」
マリアナは、イリウスを見て笑った。
「ぷっ、統治者だなんて。義理の父になるのよ?」
「そんな事は…!」
そう言うイリウスの口を、マリアナは人差し指を当てて制した。
「私が一緒だからと言って、外であまり不適切な事を言わない方が良いわ?貴方方の存在は、此処では心許ないものなのよ。」
黙るイリウスに、マリアナは苦笑いする。
「他国の人は、父に畏敬の念を込めて〝統治者〟と呼ぶのでしょう?その力があったから、父はハローティを強くする事が出来た。私達が考える事は、更なる発展よ。メルトンは、私達と共に有ることが有益でしょう?」
マリアナがそう話した所で、彼等は城の敷地内にある白い建物の前に着いた。彼女の後についてその中に入る。
(離宮か…?それにしても、人が疎らで静かだ。)
イリウスがそう考えながら歩いていると、マリアナが向かった扉の前に統治者の姿があった。
「な…!?」
(どうして、此処に統治者がいる!?護衛さえ、連れていないじゃないか!)
マリアナの後ろで驚いているイリウスに、相手はにやりとする。
「ようこそ、イリウス殿。」
彼は言うと、丁寧に頭を下げた。
「はい…!??」
目を丸くして慌てるばかりのイリウスに、開いた扉の中に入ろうとするマリアナが声を掛ける。
「中にいらして、イリウス様。」
「え!?しかし…!」
「その人は、そこに置いておいて良いから。貴方は中へ。」
イリウスは、訳が分からなかったがマリアナに言われるまま部屋に入った。
そこには、大きな寝台と傍に立つ一人の見知らぬ男がいた。マリアナは、静かに頭を下げた。
「イリウス様を、連れて来ましたわ。兄様、お父様…。」
〝兄様〟と呼ばれた男は静かにマリアナに頷く。そして…。
(え…?)
イリウスは、驚きのあまり言葉を失った。
その寝台には、一人の老齢な男がいた。
彼の顔は赤黒く、大柄な体躯は座っている様ではあるが力無くダラリとしていた。それでいて、眼光だけはメルトンの国王を思わせる鋭さがあった。
本人の意志の強さで、保っているといった所だろう。だが、…。
(どう見ても、半分死人…。だが、彼が統治者…!!)
そう悟ったイリウスは、静かに頭を下げる。その頭上に、擦れたそれでいて鉛のように重たい声が降ってくる。
「果たされなかった血縁を、結ぶ時が来た…。」
頭を下げたイリウスの目は見開かれた。だが、そのまま動く事は出来ない。
イリウスが今要る場所は、ハローティの抱える裏の真実であり、機密の場所。
少しでも、自分に不適が有れば命は無い。
「マリアナが、イリウスを此処に連れて来たという事は、其方は婚約に前向きだと言うことか。」
マリアナの兄が、静かに言う。その言葉に、彼女は頷いた。
「イリウス様が相手なら、政略結婚でも構いません。」
マリアナの兄は、顔を上げたイリウスに向かって言った。
「私はマリアナの異母兄のタティン。そして、次期統治者だ。」
「はい…。」
「イリウス殿、貴方には二択しかない。貴方も、メルトン側一向もハローティで死ぬか、そこのマリアナと婚約して、自身はハローティに残るか…。」
淡々と言うタティンを、イリウスは見る。
「未来のメルトンの独立を取るか、従属を取るか、今決めなさい。」
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次回投稿は、明日20時です。




