闇夜に差し込んだ光 下
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「なんだ、これは…。」
オーバルは、目の前に広がる散々な有様に思わず本音を漏らした。
彼が視察を兼ねて訪れた病院で、社交界を賑わせていたヒストリナ伯爵令嬢と偶然出会った。社交そっちのけで薬の研究に没頭し、魔女にも例えられていた彼女だったが、会ってみればただの一人の女性だった。
元々帰国後のメルトンの医療改革を見据えての今回の病院視察だったが、ハローティの治療薬の開発にも興味があったオーバルにとって、ヒストリナ伯爵令嬢の話は興味があった。そこで、彼女の保護する研究者達の主治医に頼み込んで、今回の診察に同行させて貰うことになったのだが…。
その静養所は、郊外のヒストリナ伯爵領地の田舎のに隅にあった。
お世辞にも、肥沃とは言い難い土地に建つ元は倉庫として活用していた建物を改築したらしい。中はキッチンを備えた大部屋と幾つもの個室に別れており、其れ其れに割り当てられていた。
けれど、どの部屋に行ってもベッドには布団をかぶり丸まった人がいて、不衛生この上無い状態だった。
ヒストリナ伯爵令嬢は、病院と同様に簡素なワンピースを着て虚ろな顔で、医師の診察に付き添っている。まぁ、患者側が丸まって動かないので診察とも言い難い…。
「それでは、我々はこれで。」
「はい、ありがとうございます。」
彼等はいつも通りらしいやり取りを終えるのを、オーバルは待ったを掛けてしまった。
「こんなの、馬鹿げている!」
はらはらとする護衛そっちのけで、彼は言った。
「こんな事を続けて、彼等に未来は無い。貴女のしていることは、全てが無駄だ。有能な彼等を飼い殺し、潰すのと同然だ。否、今となってはただの無能の集まり。手を掛け、薬を与える様な価値は無い。その内、腐り崩れ落ちる。」
そこまで言ったオーバルの左頬に、痛みが走る。ケイトが、思いっきり彼の頬を張ったのだ。
「お嬢様…。」
駆け寄る侍女を無視して、ケイトはオーバルに怒鳴った。
「いきなり来たかと思えば、好き勝手な事を言って!何なのよ!」
オーバルは、左頬を擦りながらケイトに言った。
「事実であり、この先の未来だ。」
「あんたに、何が分かるというの!!?私達が失った物の大きさも、傷つけられた傷も、知らないくせに!!」
再び手を振り上げるケイトの手を、オーバルは取った。
「そうだな。だが、二発目を喰らうのはごめんだ。」
「離して!」
「失った物は、返らない。だが、傷は直る。見えない傷だって、治るんだ。そうすれば、新たな道も見出せる。」
「何も知らないくせに!」
「貴女は、彼等の時を止め薬を与えて悪化させているだけだ。…その方が、貴女の都合も良いのかな?」
「何ですって!?」
ケイトは目を剥く。
「彼等を理由にして、自分の嫌な現実から逃げられるだろう?」
ケイトはその言葉に凍り付く。
力が抜けて、その場に座り込んだ。侍女の助けで近くの椅子に座る。
静まり返った場に、二人を見守っていた医師が言った。
「オーバル様には、何か良い案が?」
「私は医師では無いが、とにかく彼等を動かす事かな。あれでは、体力、筋力、そして気力も落ちてしまう。朝になれば光を浴びさせて、ベッドを降りて食事をさせる。その間に、部屋を掃除する。そこからでは?」
医師はにこりとして、ケイトを見た。
「どうでしょうか、ヒストリナ伯爵令嬢?」
◇◇◇◇◇
それからのケイトは、毎日彼等を動かす事を意識した。
朝はカーテンを開けて周り、部屋には食事を運ばなくなった。空腹に耐えられなくなった者達が、ふらりと食事をしに部屋を出た間に布団を変え掃除する。その内、彼等は風呂に入るようになり、ひげを剃り、髪を整え、こざっぱりとして窓辺で日なたぼっこをする様になった。
そんな見違えた彼等に、再び静養所を訪れたオーバルは肉や野菜をたっぷりと与え、外に連れ出し護衛達と共に体を鍛えた。またあるときは楽器を持ち込み、近隣の住民も呼んで演奏会を開いたり、子供たちを集めて交流させた。
オーバルが通うにつれ、ひょろひょろと痩せていた彼等の体は少しずつ逞しくなり、何処か虚ろだった表情は精悍になる。
静養所の仕事を分担し、皆が自分達の居場所を維持管理する様になった。
「ありがとう。貴方には、感謝しきれないわ。」
「いや、やったのは貴女だ。」
「撲った事、ごめんなさい。」
「あれは確かに効いた。」
笑うオーバルを、ケイトは眺める。
「今月末には、静養所を閉めるわ。」
「え…?」
目を丸くするオーバルに、ケイトは言う。
「牧師様にも手伝って貰って、皆が働き口が決まったの。元々、優秀な人ばかりだし、今の彼等なら大事にされると思うわ。」
「そうだな。」
「私も、自分の場所に戻るの。何が出来るか分からないけれど、本来の役目を果たす為に生きるわ。」
「そうか。」
こうして、二人は一度別れる事になる。
ケイトは、家族の元へ戻り和解する。残っていた学位を納めて、学校を卒業を果たした。
彼女は、両親の領地経営を手伝い、自身は貴族の子女達の家庭教師をし始めた。彼女の教え子は、次々と優秀な成績となった為に自分の子どもも付いて欲しいと人気が殺到する。
そして今、緊張感を抱えながら随分と久しぶりに叔父のエスコートで舞踏会へと足を踏み入れる。
彼女の姿を見た皆が、あのケイト・ヒストリナだと知って驚いた。
「緊張しているね…?」
和やかな叔父の言葉に、ケイトは苦笑いして頷く。
「ええ。だって、社交界に良い思い出は無いのだもの…。」
「ケイト。もう以前の、あの頃の君では無いよ。皆が、新たな君を見て驚いているじゃないか。ほら、ご覧。」
叔父の示す、その先を見たケイトは目を丸くした。
そこには、正装して和やかに談笑しているオーバルの姿があった。
「彼は、かつて父が国交を樹立したメルトンから留学に来てている、オーバル・王子だよ。」
「え…?」
「ケイトが丁度、あの騒ぎでバタバタしていた頃にこちらにいらしたんだ。君は、お会いするのが初めてだったね。」
確かに、初めて会った時、オーバルが貴族だと気が付いた。けれど、その後の事でケイトはすっかりと忘れていたのだ。
「良い機会だから、挨拶に行こう。」
「え、…はい。」
こうして二人は、三回目の出会いを果たす事となった。
◇◇◇◇◇
「「運命的…。」」
ケイトの話を聞き終えたヘンリエッタとクリスティーナは、二人とも思わず呟いた。
「まぁ、何年か前の話ですけれどね…。その後も、私が家庭教師として入っていたお屋敷で出会ったりが続いて…。」
恥ずかしげに顔を赤らめて笑うケイトに、クリスティーナは言った。
「お兄様とケイトが、どうしてそんなに馬が合うのかが分かったわ。私の婚約者は、そんな運命的かしら…。」
赤面する彼女を前に、クリスティーナは未だ現れない未来の婚約者に思いを馳せて呟く。
ヘンリエッタは、クリスティーナに言った。
「時が来れば、きっとクリスティーナ様に合うお相手が決まります。」
ヘンリエッタの言葉に、ケイトが頷く。
「心配なさらないで、クリスティーナ様はこれまで通りにされていれば良いのです。」
二人に励まされて、クリスティーナはいつもの愛らしい笑顔を浮かべた。
「ありがとう、二人とも。」
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次回投稿は、週末です。




