真紅の祈り 上
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腕の中の婚約者をイリウスは静かに、そして暫く離さずにいた。そんな彼を、ヘンリエッタは不思議に思って再び問い掛ける。
「どうしたの…?」
彼女の首筋に顔を埋めていたイリウスは、そのままぽつりと言った。
「二週間後、父さんと一緒に使節としてハローティに行く事になった。」
「え…。」
目を見開いたヘンリエッタの視線は、微笑む彼の視線とぶつかる。
「どれ位…?」
「一週間を予定しているよ。」
「どうしてなのか、聞いても良い?」
「国の友好関係の再確認、かな…。」
「そう…。」
これまで公務の内容が、事前に第三者に対して詳しく伝えられる事はそう無かった。しかも、今回のハローティの訪問が表向きはイリウスの言う通りだろうが、恐らく裏ではハローティの薬物関与やオーバルとケイトの結婚の問題もあるのだろう。
本来なら、オーバルを連れて行くべきだが彼は実質的な次期国王になる立場だ。幾ら婚約者の祖国とはいえ、不穏な場所へと簡単には行かせられないのだろう。
イリウスの腕の中で、ヘンリエッタがそんな事を考えていれば彼がぽつりと言った。
「リュシウォンの家族の事、少しは調べられるかも知れない。」
ヘンリエッタは、その言葉にぴくりとする。だが、直ぐに首を振った。
そしてイリウスの体に手を伸ばすと、彼女も彼を抱き締めた。
「どうか、無事に帰って来て。それだけよ。」
イリウスはにこりと微笑むと、ヘンリエッタの頬を右手でそっと撫でる。
「暫くゆっくりと会えないから、今日はもう少しこのままで…。」
頷いたヘンリエッタの唇は、イリウスに塞がれた。
◇◇◇◇◇
三日後、ヘンリエッタがハドソン公爵家を訪ねると、いつも和やかな屋敷内は少しピリッとしていた。公爵夫人の元へ通されると、彼女は来週に迫った夫達の出立の準備をしている所だった。
「あぁ、ヘンリエッタよく来てくれたわね。ごめんなさい、バタバタとしていて。今回の訪問は私が同行できないから色々と心配で…。」
「いえ、何か私にお手伝い出来る事はありますか?」
「ありがとう、今の所は大丈夫よ。せっかく来てくれたのに、イリウスは出立中に仕事を残したくないって、連日王宮に詰めているのよ。ごめんなさいね。」
ヘンリエッタは少し考えて言った。
「私がイリウスにお茶を差し入れる事は、出来ますか?」
「あら、良いわね!手配してあげて。」
夫人の言葉に、近くに控えていた侍女長が頷いた。
「ありがとうございます。」
「行ってやると、イリウスも残り一週間頑張れるわ。それより、ごめんなさいね。」
「え…?」
夫人は、ヘンリエッタの細い手を取った。
「今回のイリウスの同行を止められなかったの…。」
「そんな…。公爵夫人こそ、イリウスだけでは無く公爵がハローティに訪問されるのですもの。心痛お察し致します。」
夫人は、苦笑いして小さく首を振った。
「私は公爵や公爵夫婦が、こういう役回りだと受け入れられる所まで来たわ。陛下に仕える王族の一員としてね…。でも、貴女はそうでは無いから。」
「それに」と夫人は、言葉を続ける。その麗しい彼女の顔には似合わない、眉間の皺が僅かに寄った。
「今回は、完全な友好関係が存在してはいないわ。生きては帰って来るでしょうけれど、ハローティに何を言われて持ち帰って来るのか…。現統治者は、狡猾なのよ。」
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次回投稿は、明日20時です。




