緑色の瞳が捕らえた者
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ヘンリエッタが初めてイリウスを認識したのは、デビュタントとして参加した舞踏会だったと思う。
父が出国してからのヘンリエッタの生活は、領地経営と屋敷の管理、そして仲良くなったランドールから聞いたメルトン大学校への入学に向けての準備で社交界の付き合いは一切していなかった。
そんな妹を心配した外国生活を送るロマニエルが、急遽帰国してきて彼女の社交界デビューを世話をしてくれた。
けれど、舞踏会の場でヘンリエッタは本当にすることが無かった。付き添いで来たロマニエルは、彼の知人達により引っ張りだこで彼女の傍にはなかなか居られなかった。
華やかな場所を、ただ眺めていたのを覚えている。
そんなデビュタント達を祝う場で、誰よりも多くの若いレディ達からダンスを申し込まれていたのが同じくデビュタントであったイリウスだったのだ。
ヘンリエッタにとって、イリウスは輝かしい世界の中心にいる人間。そして、自分には関係の無い人間だと思っていた…。
◇◇◇◇◇
イリウスは、ヘンリエッタの方を見ると言った。
「俺が、ヘンリエッタを望む事実は変わらない。」
「では、貴方は私のした事を許せるの?」
「許せない所は、君に教え込むよ。俺は、無欲な善人では無いから。君の気持ちが、他の奴に向いたことは許せない。人助けであってもね?」
イリウスはにこりとして、ヘンリエッタを見た。ヘンリエッタは苦笑いする。
(その笑顔が、恐いわ…。)
「君はどうなの?婚約を解消したい?」
ヘンリエッタは、イリウスの顔を見て首を振った。彼は微笑んで頷き、言葉を続ける。
「俺だって、解消したいとは思わない。君の正義と、僕の正義は同じでは無い。それに、君の善行は密かにメルトンを救う事になった。それは、紛れもない事実だ。」
「だから…、」と言葉を続けるイリウスは、ヘンリエッタを見据えた。
「俺は君のしたことは、誇らしいと思う。」
ヘンリエッタのエメラルドグリーンの瞳から、ぼろぼろと大粒の涙が溢れる。
そんな彼女に、イリウスは両手を広げた。
「おいで、ヘンリエッタ。」
ヘンリエッタは、素直に彼に抱き付いた。
◇◇◇◇◇
イリウスがドラメント伯爵領地に三日も滞在すれば、彼はすっかり周りに馴染んだ。
ヘンリエッタの外出にイリウスが付いてくれば、必ず手をつないで歩くので領地の者達にも直ぐに二人の関係は知れ渡り、しかも不思議と受け入れられるといった具合だ。
そして、今日もイリウスはヘンリエッタに寄り添い領地を散策する。
「来るとき一目見て思ったけれど、作物豊かな土地だね。」
「母の代で土壌や気候を調べ、育てるに適した農作物に品種をかなり変えた様なの。」
「数値的には、ドラメント伯爵領地の作物が優良なのは知っていたが、いい土地だ。」
「「お嬢様ー、イリウス様ー。」」
畑の方から呼ぶ声に、目を向ければ何人かの女性達がこちらに手を振っている。ヘンリエッタ達も手を振り返せば、彼女達は嬉しそうに言った。
「人参が豊作なんです!」
「後でお屋敷に持って行きますねー!」
「ありがとう!」
「いや、今貰おう。平和な地だから、彼女達より護衛達の方が暇そうだ。」
護衛達が彼女達から、箱に入れた人参を受け取るのを見ながらイリウスは笑って言う。
「そして、領地の女達が元気…。」
「女性が個人で行っている内職で作製した品物を外部で売買出来る販路があるの。だから、家庭内での女性の経済的地位が確立される。それによって彼女達は自信が付いて、そして自分の娘にもそれが叶うように教育するの。」
「それは、元気な女性が増える訳だ。貴族ですら、なかなかそうはいかないのに。」
ヘンリエッタは、頷く。
「母が生きていた頃、色々と領地内を改革していた…。私はその後を付いて、子どもの頃は毎日外を走り回っていたの。」
「賢夫人だったんだね。」
ヘンリエッタは近くの教会に入ると、聖堂とは別棟の平家の建物に来た。そこには、集まった子ども達が机に向かって作業している。
「これは、学校…?」
イリウスが眺めているのに、ヘンリエッタは隣で頷く。
「そこまで立派な物では無いけれど。午前中に、子ども達を集めて字を教えているの。」
「字を…。」
「領地内の、識字率を上げたくて。土地や財産の相続が、どうしても長子に集まってしまう社会だから、下の兄弟の生きる素手を増やしたくて。字が読めれば、選べる仕事も増えるし報酬だって上がるでしょ。」
「これも、伯爵夫人が?」
「いいえ、これは私が始めて…。もう、五年になるかしら。ここから巣立っていく子ども達が、楽しみなの。」
「そうだね。」
そう話していた二人の前に、気が付いたら子ども達がわらわらと集まってくる。イリウスの顔を見知っているのか、彼にちょっかいを出す子どももいた。
その中の一人が、イリウスに聞いた。
「イリウス様は、お嬢様と結婚するの?」
イリウスは軽く目を見開いたが、直ぐに笑って答えた。
「僕は、したいと思っているよ。」
「ちょっと、イリウス…!」
ヘンリエッタがイリウスの方を見れば、子ども達は子ども同士がワイワイと話し出す。
「結婚って?」
「父さんと母さんになるの。」
「違うよ、お婿さんとお嫁さん!」
「赤ちゃん出来る?」
「赤ちゃん!」
「可愛いよね。」
「うん、可愛い!」
きゃっきゃっと笑い出した子ども達を見て、イリウスは笑って言った。
「せっかくだから君達に、立会って貰おう!」
「たちあ…?」
「それ何?」
「今から起こることを、見てくれる人の事だよ。」
イリウスは子ども達に言うと、ヘンリエッタの前に跪き、彼女を見上げ手を伸ばす。
「ヘンリエッタ・リエ・ドラメント、貴女に申し込みたい。私と、結婚していただけませんか?」
ヘンリエッタは、目の前のイリウスを見下ろす。子ども達は静かに、それを見ている。
「はい。」
「きゃー!」
「わー!」
沸き起こった叫びに、二人は目を丸くしてそちらを見た。彼等を見ていた子ども達の後ろに、いつの間にか集まった大人達が、歓喜の叫びを上げたのだ。
「おめでとうございます、お嬢様!」
「おめでとうございます、イリウス様!」
「やったぁ!やったぁ!」
「お祝いね!皆に、知らせなくちゃ!!」
盛り上がる大人達を前に、イリウスは笑って立ち上がりヘンリエッタを見る。ヘンリエッタは赤らめつつ笑って頷いた。
子ども達はキョトンとして、その光景を眺めていたが、やがて皆きゃっきゃっと笑い出した。
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次回投稿は、明日20時です。




