闇の中の攻防 下
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ヘンリエッタは、小さな自分に呟く様に語りかけた。
「やっと、貴女と話が出来るのね。」
『やっとですって…?散々放ったらかして置いたくせに。』
そう言った小さな自分は、ツンとそっぽを向く。その姿は十歳前後だろうか、恐らく母を失い父に王都へと連れて来られた頃の自分だ。
ヘンリエッタは、穏やかな声で言った。自分自身でも、驚く位心の落ち着きを感じる。
「それでも、話を聞いて欲しかったから私を引きずり込んだのでしょう?」
ヘンリエッタの言葉に、小さなヘンリエッタはこちらを見た。
「黙っていては、分からないわ?」
そう言った瞬間、小さなヘンリエッタから青い光が四方八方に放たれた。ヘンリエッタは成す素手無くその光に取り込まれ、見慣れた景色へと放られた。
そこは牧師を先頭に、屈強な男達が真新しい棺を抱えて丘に続く道を歩き出した光景。俯く小さなヘンリエッタは、硬い表情を浮かべる父に手を引かれその後に続く。周りでは、啜り泣く女性達やお年寄りの姿が見られた。
(これは…、お母様の葬儀の時。)
そうして、掘られた穴に棺は置かれて次々と土が被せられていく。周りの大人達は誰もが哀しげな顔を、父は変わらず硬い表情のままその様子を見守った。
『恐い…。』
そう、小さなヘンリエッタは、その胸の内で必死に自身の気持ちを抑えていたのだ。
その葬儀が終われば、父は娘を連れ逃げるように王都へと戻る。それが、ヘンリエッタにとって新たな生活の幕開けとなった。
数えるほどしか、来たことの無い王都の屋敷。見知らぬ使用人達、そして始まった父の英才教育。
『恐くて堪らない…。』
けれど、その言葉を言う事が許されない事だと小さなヘンリエッタは分かっていた。
何故自分はこんな事をしているのかは分からなかったが、父の言葉を受け入れる生活しか許されない時機を過ごす。
そしてある日、いつもの様に父の問いにヘンリエッタが答えた時、父は久しぶりに笑顔を見せたのだ。彼女はそれが嬉しかった。これまでの、苦しい日々が救われる思いだった。
それなのに、父は程なくして王都の屋敷を、メルトン自体からも旅立っていった。小さなヘンリエッタと、不安げな使用人達を残して…。
『もう、失うのは嫌なのに…。』
ヘンリエッタに、泣き言も不満も言う事は出来なかった。
『私はまた、一人になるの…。』
その、小さく冷たい言葉がヘンリエッタの胸中に封じ込められたのだった。
(ああ…。)
青い光は消えて、再び闇の中に戻ったヘンリエッタははらはらと涙を流す。次々とながれ落ちる涙を、彼女は止める素手は無かった。
不安だった。
寂しかった。
苦しかった。
振り向いて欲しかった。
傍にいて欲しかった。
抱き締めて欲しかった。
(そんな気持ちを、私はずっと我慢していたのね…。)
相変わらずこちらを睨んでいる小さな自分を、ヘンリエッタは抱き締めた。それは、氷のように冷たい。
「ごめんなさい…。」
小さな自分はされるがままに、腕の中にいる。
「本当にごめんなさい、ヘンリエッタ。貴女の悲しみも苦しみも、私が全て引き受ける。貴女の願いや想いは、私が全て叶える。私だけは、貴女と共に一生いる。」
そうしていれば、抱き締める冷たい華奢な体がとくんと脈打つのを感じた。そして、少しずつ子どもらしいぽかぽかとした温かさを発する様になったのだった。
「私は貴女を絶対に一人にしない、絶対よ…!」
その言葉に、小さなヘンリエッタはヘンリエッタの体に抱き締めて返してきて頷いた。
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次回投稿は、明日20時です。




