闇の中の攻防 上
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吐息の白さが、眩しい位だった。
(寒い…。)
ヘンリエッタは、一人寒さに震えた。奥歯がガチガチと、震える程の寒さの中で踞る。体は鉛の様に重く、倦怠感も相まって動かせそうに無い。
(そんな事より、ここは何処なの…?)
目の前に広がるのは、先の見通せない闇だった。
母の墓前で泣いた後の記憶は、不明瞭であやふやだった。アンが一緒だったから、可笑しな事にはなっていないだろうけれど…。
『なぁんだ、やっと来たのね。この、鈍間!』
振り返れば、そこにはバネッサの姿が闇の中に浮かんでいた。
最後に彼女に会ったあのままの姿で、髪を振り乱しネグリジェは乱れている。それでも、お構いなしに、ぎろりとした目つきでこちらを見ていた。
「バネッサ…?どうして?」
目を丸くするヘンリエッタに、バネッサはくすくすと笑いながら近付き、目線を合わせるようにして彼女の前にしゃがみ込む。
『どうして、ですって?随分と間抜けな事をいうのね、ヘンリエッタ。』
「そんなわけ無い、これは夢よ!」
『夢でも何でも良いけれど、アンタに望まれて私はいるのよ?』
「私に望まれて…?」
「ふふふ、そうよ。私の人生を滅茶苦茶にした罪悪感で、押し潰されそうでしょう?私に許しを請いたいでしょう?」
バネッサは言って、ヘンリエッタの切り揃えられた左側の毛先を指で弾いた。
「あんたは髪の毛位で済んで、良かったわねぇ。あははっ、よくお似合いよ?それ。」
ヘンリエッタは、バネッサをキッと睨んだ。
「他に方法は無かったわ。ランドールが危険な状態だった。」
〝ランドール〟の名を聞いて、バネッサの目付きは鋭くなる。彼女の姿は歪み、セニアル侯爵夫人が現れた。
「え…!?」
『馴れ馴れしく息子の名を呼ぶなんて、何様なの!格下の小娘が!』
「やっぱり、ここは私が作り上げた夢の中の世界なのね。」
ヘンリエッタの冷静な分析に、セニアル侯爵夫人の表情は更にキツくなり叫ぶ。
『分かった風な口を、きかないで頂戴!この阿婆擦れが!』
夫人は言って、ヘンリエッタの左頬を張った。ヘンリエッタは衝撃で、地面に倒れ込む。
『撲たれる気持ちは如何かしら、ドラメント伯爵令嬢?』
ヘンリエッタが体を起こし見上げれば、セニアル侯爵夫人からバネッサの姿へと変わっていた。
『全てアンタのせいよ!』
「違う、貴女が無茶をしたからよ。」
ヘンリエッタの言葉に、バネッサの口からセニアル侯爵夫人の声が上がる。
『お黙り!!言い訳は、聞きたくないわよ!』
「黙らないわ。私は、ランドールの危険を助けたかっただけよ。」
『息子を誑かした、貴女のせいはであの子は変わってしまったわ!』で
「私の言葉なんかで、ランドールは変わらない!彼はそんなに愚かでは無いのよ!それは、貴女が知っているでしょう?」
『分かった風な口を、きかないで頂戴!この阿婆擦れが!』
「私達は、そういう関係では無かったわ!私はそんな事、望んでいなかったのよ!」
ヘンリエッタの言葉に、バネッサは黙ってこちらを睨みつけた。
『それでも、ランドール様は貴女を望んでいたわ。』
バネッサの静かな言葉に、ヘンリエッタは目を見開く。
『彼をそう仕向ける様な行いが、アンタにはあったのよ。』
「そんな事…。」
『無いとは、言い切れないでしょ。貴女、ランドール様にいつも付き添われていたけれど、一人で何も出来ないのかしら?』
釣り上がった目を向けるバネッサに、ヘンリエッタは首を振る。
「確かにランドールの隣は、居心地が良かったわ。彼はワタシヲ置いてはいかない確信があった。私を優先してくれて、その能力の高さに助けられた事もある…。」
『ほらね、アンタはランドール様の気持ちを弄んだのよ。』
「私はそんなつもりは、無かったわ。少なくとも気が付いてからは辞めたの。私は彼に甘えた分だけ、力を失い孤独になると思ったから…。」
バネッサは、ヘンリエッタを眺めている。
「確かに、私の勝手な想いね。このまま二人でいるという事は、自分の未来を潰す事になると思ったからランドールを拒絶したの。」
『アンタは所詮、ランドール様を利用していたのね。』
「全てでは無いにせよ、そういう事もあったわ。私だって、彼と同じ様に孤独に耐えられなかったのだから…。」
『イリウス様だって、真実を知ればアンタなんか捨てるわよ。言わなければ、バレないなんて思っているんでしょ。』
バネッサはにやにやとして言う。
「そうね…。私はランドールとの事を、イリウスに話すのを避けていた。こんなの、受け入れられるはず無いって、理解されないって何処かで思ってたから。」
『澄ました顔して、相当面の皮が厚いわね。』
ヘンリエッタは、力無く微笑んだ。
「捨てられるのが、恐かった…。一人になるのが、恐かったわ。」
バネッサは、眉間にしわ寄せ黙っている。
「でも、次に彼に会うことがあるなら全てを話すわ。それでイリウスが離れるなら、それは私達の関係がそれまでだったって事…。」
ヘンリエッタは、バネッサを見る。
「私が、本来の立ち位置に戻るだけ。」
『興醒めね。』
バネッサは溜め息を付くと、すっと姿を消した。
闇の中に、ヘンリエッタは取り残された。けれど、彼女の心は随分と軽くなっていた。
(そう、最初からイリウスに話していなかったのだから、彼がどういう結果を出しても受け入れるしか無い。私達の婚約が、公になる前だっただけ良かったわ。)
そして、ヘンリエッタは振り向く。闇ばかり続くその先に向かって話し掛けた。
「ねぇ私を呼んだのは、貴女でしょう?私と話がしたいなら、隠れてないで出ていらっしゃいよ。」
闇の中から、ぼぅっと小さな人影が現れる。ヘンリエッタは微笑んで、努めて落ち着いた声で相手に言った。
「言いたいことがあるなら仰いよ。ヘンリエッタ…?」
その小さなヘンリエッタは、余程の不満を溜め込んでいるのだろう。頬を朱に染め、真っ直ぐにこちらを睨みつけていた。
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次回投稿は、明日20時です。




