赤く腫れた拳 上
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イリウスはランドール向かい合って座り、暫く黙ったままで俯きがちな彼を見ていた。ムーアスはイリウスの後方に静かに座っている。
そして、その沈黙を破ったのはイリウスだった。
「何故、ヘンリエッタがお前を助ける事になった?」
その言葉に、ランドールの体がピクリと揺れる。黙ったままのランドールに、イリウスは再度問う。
「何故だ…?」
ランドールは、躊躇いがちに言った。
「ヘンリエッタは、私の危険を知って駆け付けてくれたと聞いています。」
その言葉に、イリウスは間髪入れずに言った。
「ランドール、ちょっと外に出るぞ。」
イリウスはにこりと微笑むと、ジェスチャーでランドールにテラスから外に出るように促した。
部屋の直ぐ外は、手入れされた芝生が綺麗にうえられており先に出たイリウスは後から続いたランドールを振り向くと…。
ゴッ…!
イリウスは、ランドールを殴り飛ばした。衝撃で地に伏したランドールが、ノロノロと起き上がろうとするのを右足で肩を踏み付け阻止する。
「うっ…。」
「お前の弱さが、ヘンリエッタを助けに来させた。…違うか?」
イリウスの静かな言葉に、ランドールは固まり答えられない。
「自分の立ち位置が不満であろうが、家族や婚約者と上手くいっていなくても。お前は、それに向き合わなかったんだろ。」
「それは…。」
「負傷した護衛がドラメント伯爵家に、ヘンリエッタに助けを求める事をお前は予測していなかったと?」
「それは…。」
「実家も、婚約者の家も頼らないんじゃあ、助けを求める先は決まってくる。お前達は幼なじみだからな。」
イリウスの言葉に、ランドールは視線を逸らした。
「ヘンリエッタを世間の晒し者にして、満足か?」
ランドールは目を見開いて、イリウスを見上げた。
イリウスは、ランドールの肩から足を下ろす。軽蔑と怒りを込めた視線を送り、言った。
「休みなら、幾らでもくれてやる。逃げる事が必要な時もある。だが自分の始末を付けない奴を、俺が傍に置くと思わないことだ。」
ランドールは座り込み、小さく頷いた。
「よって、ランドール…。お前は、俺の側近の任を解く。異動先は、追って報せる。」
「はい…。」
ランドールは、その場に踞る様に頭を下げた。その体は、僅かに震えている。
ランドールは、ヘンリエッタを望んでいた。
有りと有らゆる手を駆使して、少しずつ懐柔して離れられない様に。
だが、それは最終的には叶わなかった。ランドール自身が身を置く状況がそれを許さず、彼女自身もその違和感に気が付き、流されず拒否した。
ランドールは頭を下げたまま、震える声を絞り出すように言った。
「申し訳、ありませんでした…。」
「俺は、お前をさっき殴った分で帳消しだ。謝るなら、ヘンリエッタに謝れ。…会うことが有ればな。」
イリウスは、そう言うとランドールを見向きもせずに部屋を後にした。
◇◇◇◇◇
イリウスは部屋を出ると、始終無言で二人のやり取りを見守っていたムーアスを振り返って聞いた。
「何故、私を止めなかったのですか?」
ムーアスは微笑んで、イリウスに言う。
「そりゃ、女の為に闘う男を止めることは出来ません。それは正当な権利ですから。それに、ヘンリエッタ嬢は私にとっても他人では無いので…。」
ムーアスはヘンリエッタと話した時の事を掻い摘まんで彼に伝え最後に言葉を添えた。
「彼女は、とても稀有なご令嬢です。私だってヘンリエッタ嬢を慕う者であったなら、彼を殴ってましたよ。」
ムーアスは笑って言うと、ファイティングポーズから鋭い切れのある右ストレートを披露した。
イリウスは、苦笑いして思う。
(あ、喰らったら吹っ飛ぶやつ…。)
「一応、王族の方への対応として伺いますけれど、その、大丈夫ですか?私が同行していたにも関わらず、貴方が負傷したとなれば私の首なんて簡単に飛びますから。」
ムーアスが、イリウスの赤くなった右手を指差す。人を殴った事が無い、その色白の手は僅かに赤くなっていた。
イリウスは、右手を撫でながら苦笑いして言う。今になって、赤くなった場所がじんじんと痛み出した。
「そんな事、しませんよ。」
イリウスの言葉に、ムーアスは笑って「頼みますよ。」と言った。
そんな彼を見ていて、イリウスはハッと気が付く。
「ですが、隊長の目的は果たされたのですか?」
「ええ、お陰様で。ありがとうございます。ランドール氏は、問題無さそうですね。」
「ランドールは?」
ムーアスは、顔を引き締めて頷く。
「あまりにも機密度の高い話になりますから、続きは帰り道で致しましょう。」
二人はロズベルグ伯爵夫妻に礼を言って、屋敷を後にした。
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