残り火の煙は灰色に染める 下
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「お嬢様…。」
帰宅したヘンリエッタの姿に、出迎えたセルマンは呟くように言ったまま凍り付いた様に固まった。彼の後ろに控えていたアンは、言葉も無く青ざめてよろよろと座りこむ。出迎えた他の使用人達からも、嘆きの声が上がった。
二人の護衛は、青い顔で俯くしか無い…。
ヘンリエッタの美しいブロンドはバサバサに乱れ、その左側は肩の上辺りで無残に切られていた。
「まぁ、皆無事だったわ。」
「「お嬢様!」」
セルマンと、アンがヘンリエッタに詰め寄った所にパタパタと足音が近付いてくる。
「リタさん!!」
リュシウォンは、しゃがんだヘンリエッタ飛び付いた。細い首に腕を回し、ぎゅっと痛いほどに力を込める。
「ただいま、リュシー。心配掛けてごめんね。」
ヘンリエッタの肩に顔を埋めたリュシウォンは、無言で首を振る。その小さな体は、僅かに震えていた。
ヘンリエッタはその小さな体を抱き締めて、安堵の溜め息をつく。
(とにかく、皆が無事に帰って来られた…。それだけでも、十分に良かった。)
◇◇◇◇◇
ハドソン公爵家からは、状況が落ち着きを取り戻すまでは安全確保の為帰還出来ないという連絡が入る。ドラメント伯爵領地からは、対応に困ればこちらに来るようにとの事だった。
そして、セニアル侯爵家からは何も音沙汰は無かった。
しかし今回の騒動で、社交界の麗しく秀才の名門侯爵子息とメルトン国内屈指の有力者であるトゥール伯爵家の泥沼化した婚約解消事情が明らかとなった。
今回の騒動の詳細だけに留まらず、両家や婚約者同士の不仲と力関係、これまでの二人揃っての社交界での様子、学生時代の事まで…。
社交界の一大スキャンダルにまで膨れ上がった今回の騒動に、各紙はこぞって特集を組んだ記事を上げた。
そして、今回の騒動解決にドラメント伯爵家の関与が取りだたされ、ヘンリエッタの存在を記者達は追うこととなる。
「今日も、記者が門の周りに押し寄せています。」
お茶を運んできたセルマンの言葉に、さっさと新聞を閉じたヘンリエッタは溜め息をつく。
「事態が、沈静化するのを待つしか無いわね。話した所で、そのままが記事に乗るわけでは無いし…。」
「それよりは、虚偽の内容が記載されて良からぬ噂が一人歩きしないかが心配です。」
「けれど、それに反応すれば新聞記者の思う壺ね…。」
ヘンリエッタの言葉に、セルマンは難しい顔で頷く。
「ハドソン公爵家の方々がいつご帰還されるのか分からない今、こちらが動くのは危険かと思います。」
ヘンリエッタは無言で頷き、灰色に澱んだ窓の外を見上げる。
(このままでは、多分…。)
ヘンリエッタは、両手を握り混み静かに目を閉じた。
「お嬢様…、領地に行きませんか?」
「え…?」
「旦那様の返事にも有りました。『対応に困ればこちらに来るように』と。今がその時では無いでしょうか?」
「今…。」
目を丸くするヘンリエッタに、セルマンは力強く頷く。
「これ以上屋敷にいても、暫く騒ぎは収まりません。それより悪くなる一方かもしれません。今なら、まだ貴女を屋敷から領地へ送れます。」
「セルマン…。」
黙って俯くヘンリエッタに、セルマンは言った。
「こちらにいても、この騒ぎではお嬢様がイリウス様にお会いする事は叶いません。」
ヘンリエッタは、セルマンを見る。セルマンは主を見詰め返し、そして頭を下げた。
「どうか…、どうか、ご決断を…。」
(ああ…。)
セルマンの姿に、ヘンリエッタは呆然と立ち尽くす。
ランドールを助けると決めた時…、自分でもこうなる未来は何処かで分かっていたはずだった。けれど、…。
(イリウス…。)
貴方に会いたいと、思った。けれど、…。
ヘンリエッタは静かに言った。
「領地へ、行きましょう。早い内に…。」
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次回投稿は、明日20時です。




