真っ赤に吹き出した怒り 上
サクッと楽しんで下さいませ。
ハドソン公爵一家に見送られて、ヘンリエッタとリュシウォンは無事に王都の屋敷へと戻った。
彼等が王都へ帰って来るのは来週…。良い気分転換になったのか、リュシウォンがやる気で課題の山に手を伸ばす様子に微笑んでヘンリエッタも、自身の堪った仕事の山に手を伸ばした。
その中に、領地のノートンからの手紙を見付ける。そこには、領地の様子が細かく記されており、最後には領地で過ごす父親の事が書いてあった。
『伯爵は、連日大工を呼び屋敷の納屋に籠もっておられます。』
(何かを作っている、という事よね?でも、何を…?)
ヘンリエッタは、手紙を前に首を傾げる。やっぱり、父の考えとやる事はさっぱり分からなかった。
(それより、もう直ぐ麦の刈り取りが始まるわ。今年は、天候不順も無かったし実り具合は良好か…。今年の麦の質次第で、取り引きの額を改訂したい所ね。…ウィンが戻り次第、養蚕も始まる。彼等が何処まで両立出来そうか見極めて、最初の規模を決めないといけない。婚約の事もあるし、やっぱり一度領地に行く必要があるわ。)
ヘンリエッタは父とノートンに夫々返事をしたため侍女に渡す。
「アン、悪いけれど今日中に出して頂戴。」
「畏まりました。」
アンを見送ったヘンリエッタは、表が騒がしいのに気が付いた。窓から外を見れば、そこにはセニアル侯爵家の紋章が入った馬車が止まっているのが見える。
(どうして…?)
目を丸くするヘンリエッタに、執務室のドアがノックされる。許可と共に、若い執事が飛び込んできた。
「どうしたの?」
「申し訳御座いません。セニアル侯爵夫人が、お越しです。」
「セニアル侯爵夫人が…?会うお約束はしていないわ。何と仰っているの?セルマンは?」
「お嬢様に会わせろと、仰っています。セルマンさんは下で夫人に対応しておられます。」
「…セルマンでは、止められないわね。リュシーをユリアの傍に置いて、部屋から出ないようにと伝えて。」
「はい!」
出て行く執事を見送ったヘンリエッタは、溜め息を付いた。
(夫人がドラメント伯爵家に来たという事は、ランドールが何も言わずに家を出たという事。そして、家族に未だ彼の居場所が特定されていない…?)
そこまで考えた所で、ヘンリエッタは応接室の扉の前まで来た。扉の向こう側の、興奮した夫人がわめき散らす声と宥めるセルマンの声が聞こえる。
ヘンリエッタは深呼吸し、不安げにこちらを見てくる使用人達に笑顔を向けて言った。
「お客様に、お茶とお菓子の準備をして頂戴。」
そして、開かれた扉の中に入っていった。
部屋の中では、毅然と振る舞うセルマンに噛み付かんばかりのセニアル侯爵夫人がいた。彼女の従者達は、後ろで青い顔をしてまごまごするばかり。
(不安に駆られて、立場を見失っている…。)
「お掛けになりませんか、侯爵夫人。今、お茶をお持ち致しますから。セルマン、ありがとう。」
「お嬢様…。」
ヘンリエッタの静かな声に、セニアル侯爵夫人はキッとこちらを見た。それは彼女を突き刺さんばかりの眼差しだったが、ヘンリエッタは何とか持ち堪えた。
背筋を伸ばし、両手を重ねて握り締めありったけの精神力を総動員させて相手を見詰めた。
確か、侯爵夫人を見たのは陛下の舞踏会。あの時は遠目からでも、『社交界の美姫』ともてはやされた彼女の美しいさや優美さが見て取れた。だが、今はどうだろうか…。
しっかりと化粧を施された顔、羽根飾りや生花をふんだんに使って最新の流行を取り入れた髪型、スカートにフリンジとレースをたっぷりと入れたドレス。
それは、どれも侯爵夫人の美しさとセンスの良さを最大限に引き出す絶妙なバランスで組み合わされている。
はずだ…。
動かず声も発さない侯爵夫人に、
ヘンリエッタは近くにある緑色の長椅子を示してもう一度言う。
「侯爵夫人、お掛けになりませんか。」
セニアル侯爵夫人は、ヘンリエッタを鼻で笑って言った。
「いいえ、結構よ。そんな長居するつもりは、ありませんので。」
「それでは、お約束も無い訪問のご用件を伺っても?」
「単刀直入に言うわ。息子を何処に隠したのか、教えなさい!」
「私が、ランドールを…?」
侯爵夫人は、カッと目を見開いて叫んだ。
「馴れ馴れしく息子の名を呼ぶなんて、何様なの!格下の小娘が!」
言い放った夫人から、ヘンリエッタは少し視線をずらして言った。
「私は、ランドール様に何も申し上げていませんし、何処におられるのかも知りません。」
「嘘をついたら、ただじゃ置かないわよ!」
ヘンリエッタは首を振る。
「私はランドール様が婚約されてからは会っておりませんし、やり取りもありません。私より、婚約者のトゥール伯爵嬢に伺う方が宜しいのでは?」
「ランドールに、入れ知恵したのは貴女でしょう!貴女の言うことなど、信頼出来るとお思い?」
「ですが、事実ですので。」
「息子を誑かした、貴女のせいであの子は変わってしまったわ!」
「誑かすなんて…、私達は貴女が思う様な関係ではありません。一友人です。」
「一友人の家に、男が四年も通うはず無いでしょう!」
「ですが、…。」
「お黙り!!言い訳は、聞きたくないわよ!」
シンッと張り詰めた空気が、部屋を包む。二人を見守るセルマンも、気が気では無い。
ヘンリエッタは、静かに深呼吸すると話し出した。
「ご子息を心配されるのは分かりますが、ドラメント伯爵家でどんなに騒いでも、貴女のご希望は何も解決しません。それに、ランドール様は私に入れ知恵されるほど愚かな方では有りません。」
「分かった風な口をきかないで頂戴!この阿婆擦れが!」
今度は、ヘンリエッタも強く侯爵夫人を見返した。
「これ以上、ドラメント伯爵家で騒がれるなら、こちらも黙ってはいませんわ。出るとこに、出ましょう?受けて立ちます。」
「くっ…。」
二人は一刻睨み合ったまま、動かない。そうする内に、セニアル侯爵夫人が言った。
「他を当たります。本当に時間の無駄だったわ。」
「そうして下さい。セルマン、侯爵夫人がお帰りです。お送りして。」
「畏まりました。」
ドレスの裾をバサバサと振り乱して部屋を出て行く夫人の後ろを、セルマンは追った。
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次回投稿は、明日20時です。




