ひび割れる黒い世界 上
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「ランドール、貴方バネッサに手を上げたというのは本当なの!?」
時は遡り舞踏会の二日後、黙々と朝食を摂るランドールに母が半狂乱に叫んだ。彼は、そんな母の方をチラリと見ると吐き捨てるように言った。
「婚約を解消して下さい。」
対する夫人は、目を見開きテーブルを両手で叩く。
「そんな事は、しないと言っているでしょう!それより今の貴方がすべきは、バネッサのお見舞いに行く事よ!」
「行きません。」
「何ですって!?行って、バネッサに謝罪するの!それなら、まだ話が納まるわ!」
「私から彼女に謝罪するつもりは無いし、今後私がトゥール家に行く事はありません。以上です。」
ランドールは、吐き捨てるように言うと席を立って足早に出て行こうとする。
「ランドール!!」
息子に縋るように服を掴んだ母を、強引に引き離してさっさと食堂を出た。後ろから、ヒステリックに叫く母の声を聞きながら…。
そのまま、屋敷を出ようとすれば今度は父親の待ったがかかる。
「ランドール、話をしよう。」
「…、急いでいますので。」
「仕事より、大事な家族の事だ。今日は、休んでトゥール家へ行くんだ。」
「行きません。」
「ランドール…!」
「私が自らの意思でトゥール家に行く事も無ければ、バネッサに会うことはありません。二度と…!」
「舞踏会で、お前達に何があったんだ…?」
「あの下品な女の話など、金輪際したくもない…!」
興奮気味にフーフーと肩で呼吸し、苦痛な表情に歪む息子の姿に圧倒された父は、返す言葉も無かった。
「もう、行きます。」
無言に立ち尽くす父を置いて、ランドールは待たせていた愛馬に股がる。そのまま、愛馬を走らせて王宮へと向かった。
途中、ハドソン公爵家付近で遠くドラメント伯爵家の馬車が走るのを目撃して思わず愛馬を止めた。
(乗っているのはヘンリエッタ…、なのか…?)
その懐かしさに、その愛おしさに、馬車を眺めるランドールの胸は焼けるように苦しい。
(会いたい…、一目だけでも…。声を聞きたい…、一言だけでも…。)
馬車に近付くように、愛馬を促そうとしたランドールの手綱はピタリと止まる。ドラメント伯爵家の馬車は、ゆっくりとハドソン公爵家の門を潜っていったのだった。
◇◇◇◇◇
灰色の色の無かった世界はいつしか真っ黒な闇へと変わった。
無心にやる仕事があって、救われる。例え上司が、イリウスであろうとも、目の前の仕事を捌いていればランドールの心は幾分冷静さを取り戻した。
イリウスには、聞きたいことがある。だが、その答えを聞くのは酷く恐ろしく足が竦む自分がいるのだ。
それよりも、両親に頼めない分自分の身辺を自力で一掃する方が先だ。
(ヘンリエッタの事を考えるのは止そう…。今の自分では、どうにも出来ない事だ。)
ランドールは、焼けるような気持ちをどうにか抑えて仕事を終えると家路に着いた。
しかし、帰った彼を待っていたのは怒りに頬を朱に染め体を震わせる母と、眉間にしわを寄せて難しい顔をする父だった。
息子の顔を見た母は、開口一番に叫んだ。
「バネッサを殴ったというのは真実なの!?そのせいで、私達まで疑われたのよ!」
睨みつけてくる母の強い視線に、ランドールは内心怯む。けれど、何とか冷静さを保ち聞いた。
「あの女が、そう言ったのですか?」
「あの女では無く、自分の婚約者でしょうが!!」
息子の問いには、父は首を振って答える。
「今日は、バネッサ嬢には会えなかった。顔を腫らして舞踏会から帰ってきた後から、自室に籠もっている様だ。お前には、会いたがっていると…。」
「行きません。」
パシンッ!!
ランドールの左頬に、痛みが走る。
「スカイラ!少し、落ち着きなさい。」
「何が不満だと言うのよ!!」
息子の頬を張った右手を握り締め、怒り狂う母が叫んだ。
「貴方が行って、謝れば済む話じゃないの!私達が伯爵家なんかに、頭を下げることは無いわ、絶対に!」
(違う…。)
「これまでの、セニアル家の歴史に泥を塗るつもり!?貴方一人の我が儘のせいで!」
(違う。)
「幼稚な甘えなら、さっさと捨てなさい!いつまでもそんな事、許されないわよ!」
(違う!)
「全部、貴方のためを思って言っているんだから!!」
(は…?)
ランドールは目を見開き、時が止まったかの様な錯覚を覚える。
怒りに震え何かを叫び続ける母、その母を抱き留めこちらを見る父。そして、主達をはらはらと見守る使用人達。
それらは一瞬歪んで、また鮮明な映像として認識された。
(あぁ…。)
ランドールは、急に訪れたその時に驚き一人立ち尽くす。
それは彼の一番深い奥底で、静かに、けれど確かに自分の核となっていた物にひび割れが入った瞬間。
それはもう、戻す事は出来ないと気が付いてしまった瞬間だった。
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次回投稿は明日20時です。




