晴れ渡る空の様な青いドレス
サクッと楽しんで下さい。
ヘンリエッタが、ハドソン公爵家に通う初日。ドラメント伯爵家はその日、朝方からそわそわと落ち着かない空気に包まれていた。
アンは、珍しく緊張気味な顔をしているヘンリエッタの艶やかで豊かなブロンドに丁寧に櫛を入れていく。
「お嬢様、昨夜はよくお眠りになれましたか?」
「まぁ、何とか…。」
「緊張されてますね。」
「ええ…。ディナーには帰ってくるんだし、気分は少し楽なのだけれど…。」
そう言った所で、主は漸く目の前に置かれた新聞の束にいつもの様に手を伸ばした。
「敵地に行くわけではありませんし、ご心配な事はありませんよ。ハドソン公爵夫妻も、イリウス様も、お嬢様の事を大事に思われているのが分かります。」
「そうね…。」
「私も、お側におります。」
「ええ…。」
それきり、主は黙ってしまった。
新聞を読んでいる風だが、多分いつもの様に内容は頭に入ってはいないだろうと容易に想像出来た。
(今の私の言葉では、お嬢様の愁いを晴らして差し上げられない…。)
長年、付き従う侍女は主の不安が何となく分かる。
ハドソン公爵家は家族仲が良いことで有名だし、それは先日アンも公爵夫妻や普段のイリウスの様子を見ていて納得した。
十年もの間、家族の温もりなく生きてきた主は、自分がその場に馴染めるのかを危惧しているのだ。
(今朝のお支度で、公爵家に向かわれるお嬢様のお心の、少しでも力になれるようにしよう。)
アンは、ヘンリエッタがハドソン公爵家に通う事が決まってからあれこれと考えて準備をしてきた。
いつも以上に気合いを入れてクローゼットに入り、ぎゅうぎゅうにとはいかないが、保管されている数々のドレス達の中から意中のドレスを引き抜く。
それは、今日の晴れ渡る天気の様に目の覚める青色のドレス。
長袖の部分が、大振りの薔薇の模様を遇ったレースを使い、腰より少し高い位置で切り返しがあるAラインの物を選んだ。ヘンリエッタのスタイルの美しさと上品さを引き出してくれ、そしてこのドレスは彼女の母が生前に着ていた物の一枚。
「それは、…。」
侍女が出してきたドレスを見た主は、僅かに目を見開く。アンはにこりと笑って彼女に言う。
「お嬢様には、奥様が付いておられます。何も、心配なさることは御座いません。」
その言葉に、ヘンリエッタは微笑んで頷いた。
◇◇◇◇◇
(これは、…。)
家令のセルマンは、階段からゆっくりと降りてくる年若い主の姿に息をのむ。
それは、本来の屋敷の主の妻であった夫人を思い出す様なヘンリエッタの姿だった。
(ああ…。)
セルマンは、納得した。
漸く、ヘンリエッタの背負ってきた責任に外見が追い付いたのかと…。
十年前、妻が急逝したドラメント伯爵は青白い顔で領地から娘を連れ帰った。彼の鬼気迫る姿に、出迎えた従者達は夫人を追って伯爵まで旅立ってしまうのでは無いかと心配したほどに…。
しかし、それは周りの杞憂であった。
杞憂ではあったが、それからのドラメント伯爵は当時十歳であった娘に領地管理から経営手法を教え込む事になる。
当時は、周りから見ても伯爵が何かに取り憑かれた様な異様さであったが、誰も彼を止められる者はいなかった。古参の、当時王都の屋敷の家令であったノートンでさえも。
しかし、彼の娘はそれを拒否することなく受け入れた。半年後、伯爵は娘の能力を確認すると、一切を娘に任せ王命と称して逃げるように外国へと出国していった。
屋敷には、不安げな従者達と十歳の少女が残された。
職場の行く末に不安があって、辞めていった従者達も多い。少女一人相手に、横柄な態度になった従者もいた。彼女を、売り飛ばそうと画策した者もいた。
そんな、敵か味方か混沌とした一時期の屋敷内を、ノートンを始めとする忠誠心ある数少ない従者達がヘンリエッタを守り、彼女はそんな我等や領地を守る為に闘う事になる…。
「リタさん、綺麗…。」
リュシウォンの声に、セルマンはハッと我に返った。
「ありがとう、リュシー。」
笑顔でリュシーのハグを受ける主に、セルマンも言った。
「よくお似合いで御座います。若かりし奥様の姿を、思い出しました。」
ヘンリエッタは、僅かに目を見開いたがにこりと笑んだ。
「いってらっしゃい、リタさん。」
「ええ、ディナーで会いましょう、リュシー。セルマン、ユリア、リュシーを頼むわね。」
「「畏まりました。」」
セルマンは、馬車に乗り込む主に手を差し出して言う。
「今日は、ガスパリオのキャラメルを準備して帰りをお待ちしていますね。」
家令のセルマンの言葉に、ヘンリエッタは笑う。
「ええ、行ってくるわ。」
そうして彼女は、アンを連れてドラメント伯爵家の屋敷を後にした。
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